ギミックをしかける⑧

 人が空想できるすべては現実にできるという言葉を残したのは誰であったろうか、今度もとみに会ったならば確認してみるべきだろう。新世界の光景をみて、そう思った。

 僕とありすとギミック。三人で世界という世界を渡り歩いた。

 それは旅行の様に気軽な行程であった、そして冒険の様に心躍る経験でもあった。僕はこのときの体験を生涯に渡り忘れることはないだろう。それは世界中の人間が同様に感じたことに違いない。

 旅というものは、それすなわち人生の糧となるものだ。


 ●


 まずはありすの希望により『地獄』を見た。

 そこには他者が誰一人としていなかったので刑罰を受ける者は皆無だったものの、伝わってくる恐怖というのは存在した。

 渇ききった荒野に赤黒い空。匂ってくる空気は生臭くもあり、油でむせこみそうなほど重たい臭いもする。そして何よりも筋骨隆々、いかにもといった地獄の獄卒たちが多数、闊歩しているのだ。その光景は異様そのものである。


「どうしてこんな世界造ったんだよ」

「いるんだよ、こういう場所を心から望んでいる者はね。決して多数派ではないけれど」

「それは……なんとも切ない事実だよ」

「日本人がイメージしやすい、いかにも雰囲気のある『地獄』に連れてきてみたけど、気に入ったかい。他にも色々あるよ。地獄には多様性がいっぱいだ。ひたすらに退廃的で堕落したものや、暴力と残虐の坩堝、中には楽園かと見間違うほどに綺麗で穏やかな場所もある」

「地獄なのになんで?」

「満たされてしまえば何事も起きることがないし、何も進歩しないからだよ」

「ふーん、変なの。あっわたし、あれやってみたい」

「やめなさい」


 ありすが指さした場所は獄卒がのんびりと暇そうにしているので他愛ないものと思えるが、彼らの持つ機器類を見るに口にするのも憚れることをする所だと断定する。よって足をむけたありすを必死に止めた。ギミックが言うには仮想世界なので「ちょっと痛い思いをしてもすぐに元に戻る」という。だが、そんな痛苦の繰り返しなぞ本当に地獄以外の何物でもない。

 何処にでも好奇心をむけるありすとそれに拍車をかけようとするギミック。そんな二人をなんとか抑え込み、僕は早々に『地獄』から退散することにした。しかし「蜻蛉返りはむなしい」という二人の言葉にまけて、それではと直接的な危険性はないという賽の河原だけは体験しておいた。

 積み上げた石を片端から獄卒によって崩される。そしてまたせっせと積み上げる。延々と繰り返されるその行為にストレスばかりがたまる僕であったが、どうしたものかキャッキャッと嬉しそうにはしゃぐのはありすである。その様子に地獄の獄卒の方が戸惑っているように感じられた。

 地獄も住処とは彼女のための言葉である。


 ●


 続いて向かったのは『魔法』の世界だ。

 希望したのは僕だった。興味は人並みにある。だが足を向けた最大の理由としては、早くこなしておかないと混雑すると思ったことにある。それほどまでに人が非科学的なモノにかける情熱を僕は確信していた。


「そんな床面積が有限なテーマパークみたいなことにはならないんだがねえ。まあこの世界観がアミューズメントというのは変わりないか」

「しかしここは、凄いな」

「人も多いねえ」


 訪れた場所は人々で活気あふれる石畳の街道であった。遠くにそびえる西洋風の城との繋ぎ道であるらしく、街道沿いには不思議な魔法の商品を陳列する店で賑わっていた。この世界に来ると、僕たち以外の人の姿も多く見られるようになった。人種の偏りもなく、他の人々も恐る恐るながらギミックの用意した世界群に触れ始めたらしい。この世界においては皆、キラキラと目を輝かせて探索する者が多かった。誰も彼もがまるで、ずっと夢見た場所にたどり着いた少年少女達のようである。


「街で魔法の実験に明け暮れても良し、荒野に踏み入って冒険の旅に出るもよし。およそ魔法の国と呼称できるイメージはふんだんにつぎ込んだよ」


 ギミックの言葉にそれは面白そうだと僕達も人々の群れに加わることにする。手始めに気になった魔法の店に飛び込んで魔法を教えてもらう。なんの必要があるのだと店員に問いたださなければならない魔法が多くあったが、適当な物を浮遊させる魔法を一つ覚えた。しかしよくよく考えてみればこの魔法も何の必要があるのだろうかと自問する。面白いから良しとしよう。ありすは変身の魔法を覚えた。それで先程からカエルやらトカゲやらと、小動物に変化しては僕の肩に乗りたがる。チロチロと僕の頬をなめては嫌がる様を楽しんでいるのだが、せめて哺乳類に変化していただきたい。

 そんな調子で夜の国を歩き倒した。

 魔法の国とは面白い所でまったく飽きが来ない。魔法の品々を眺めるだけで面白い。おかげで全然先へと進めない、やっかいな所だ。周囲の人々もそれは同様のようで「アブラカタブラ」だの「ビビデバビデブー」など現実ならば奇異な目をむけられる言葉を気にした様子もなく叫んでいる。魔法店の店員いわく、呪文というのは各個人の好きにしてよいそうで、個人創作を使う人ももちろんいたが、僕としては適当に「チンカラホイ」と言っていた。物を浮かすのであればやはりこれであろう。

 時間も忘れて遊びふけっていたが、ふと気になって脳内端末を起動する。すでにこの世界群に順応し始めた人が多数いるようで、大規模なコミュニティーがSNSなどを通して構築され始めていた。そのおかげか各世界の情報があれよあれよと更新し続けられている。どこもかしこもお祭り騒ぎのようだ。ギミックの狙い通りに人々が夢の世界を楽しみ始めている。そのことに嬉しい気持ちが湧いてくる自分に気づいた。どうやら僕もお祭り気分に浮かれている。

 端末を確認する中で、かおりと高木が一緒にこの『魔法』の世界に遊びに来ているということを知った。それなので連絡をとってみる。そして間もなく彼らはきた。

 箒にのって空からである。


「そうか。魔法ならばそれがあったか!」

「どうして箒なの?」

「形式美だなー、ありすー」


 どうしてそんなベタを忘れていたのかという悔しさに叫ぶ僕と、疑問を覚えるありす。僕達は同様の魔法を覚えるために魔法店へと飛び込んだ。自在に空を飛ぶことはいつの時代であろうと人の夢である。


「それじゃあどこに向かおうか?」


 高木がそう言った際に西洋城の方から大きな鐘の音が鳴り響く。周囲の人々が皆、何事かとそちらの方を見合っていたが、間もなくしてそれが何の合図だったのかは判明した。「城の姫様が魔物たちに攫われた。それを救い出す勇者を募集する」というお触れが早馬に乗った使者より声高に叫ばれたためである。誰も彼もがその新しい刺激に興奮した様子でわき上がる。


「なるほど、こういうのもあるのか」

「そうだね、こういうのも用意したよ」


 こういったヒロイズム的な願望は大きい欲求だったと製作者が語る。

 僕達はこの騒ぎに便乗するか否か、相談するも見送ることにした。それよりも少し遠い草原にユニコーンやグリフォンといった架空の生物が生息しているという話を高木から聞いた。それは是非とも拝んでみたいものだと、そちらに向かうことにしたのだ。


「出発しますか」

「うん!」


 僕達は箒に跨って颯爽と飛びたった。

 単独でふわりと浮き上がることへの不安と恐怖、そしてそれを上回る爽快感に僕は震えた。みるみる内に地面は遠ざかっていき、次第に大きく広がる一面の世界。その世界は、ここが仮想現実であることを忘れさせるほどに雄大なものであった。

 月明かりが煌々と降りかかる夜の空の下。機械的な光ではない街の明かりと、それ故に幻想的に瞬いているように見える星々の光がある。それの隙間を縫うようにして自由飛行する経験というのは、疑いもなく素晴らしいものだった。


 ●


 草原の上でユニコーンという生物のその好色な生態と格闘することしばらく、ついぞその背中に跨ることの敵わなかった僕は「そういえば大倉は?」と質問してしまった。そして、かおりの父親である順平と意気投合し一つの世界へと足を向けたという返答を得る。そうすると、それを知ったありすがそこに行きたいと言い始めたのだ。

『欲望』の世界。

 つまりは『快楽の園』である。

 僕は押し切ろうとするありすとギミックの勢いを止めることができなかった。苦笑するかおり達と別れて、その地に立つ。そして開口一番にギミックを批判した。


「ギミック、お前という奴はどうしてこう。倫理というものを無視したがる」

「それを気にし過ぎていたならば、未来永劫、人間は自分というものを見失うよ」

「なるほどわからん」

「はー、ここもすごいねえ」


 目の前に広がるのは世界というよりも、一つの街だった。

 燦燦と気持ちの良い日光が差し込む、まるで地中海沿いの石造りの街並みような光景。それが延々と直線状に続いていく。この世界はもしかして球体なのではなく平面なのかもしれない。そう思えるほどに海岸線と街しかない場所。そしてもう一つ、看過できない特徴があった。

 一糸まとわぬ人々。

 そのことに対する詳しい描写は控えさせていただく。芸術的な意図やなにかしらのやむおえぬ理由はまったく感じさせられない。ただただ一つの欲求のみを求めた人間の姿だった。

 しかしまあ、全員が全員というわけでもない。僕達を含めて衣服をまとった人々も多数いる。もれなくそいつらは街の住人ではなく、ろくでもない野郎だった。


「ありす、見ちゃいけません」

「でもどこを見ても裸ん坊だよ?」

「目をつむっていなさい」

「えーつまんない」

「いいじゃないか、これも一つの教育だよ」

「お前の教育方針はどこにある」


 一つだけ救いがあるとしたら街の住人に一欠片も陰鬱な感情がないことにあった。この燦燦たる太陽のようにみな明るい。だからこそ狂っているように見えるのだが。そういう特徴の地域なんです、と自分を騙せなくもなかった。彼らはきっと衣服の文化を持たない現地人なのだ。きっとそうだ。


「さてそれでは、口にするもおぞましい、変態的な人間の所業を確認しに行こう。ありすも人間の暗部というものに興味はあるかい」

「うん!」

「やめんか二人とも」

「「えー」」


 ギミックに聞けば、この町は海から離れれば離れるほどに異常快楽の巣窟となっていくらしい。少し気になってどんなものがあるのかと問えば、ギミックが僕にだけ耳打ちをしてくる。

 戦慄した。

 想像しただけで精神が狂いそうだった。僕ならば吐きだしそうな所業を求める人間がいるということが、ただただ恐怖である。人は目的を持ち残虐なことをするよりも、己が快楽のままに、したいことをするのみでここまで他人を恐怖のどん底に突き落とせるものなのだと確認した。


「あー私も聞きたい! いいもん、もとみちゃんにガっちゃんがだらしない顔してたって言うもん」

「やめてくれ」


 こっちは縮み上がって欠片もそんな気分になっていないのに、そんなこと告げられるなぞ、理不尽極まりないではないか。

 とにかく『地獄』のとき同様に、僕は無理やりに二人を連れて撤退することにする。ありすもここに来たという事実があれば、あとは存外どうでもいいようで、思ったよりも抵抗はしなかった。

 大倉と順平については放っておくことにした。案外、軽い気持ちで奥に迷い込んで痛い目にあっているかもしれない、なんて想像をする。その際には、大倉のだらしない部分が控えめになってくれるとよいと期待する。

 多分、ここは『地獄』よりも恐ろしい場所だった。

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