ギミックをしかける⑦
世界総人口というものを可視化するとこうなるのかと、僕は圧倒されながらそんなことを考えていた。東京の過密人口ぶりにさえ苦痛を感じていた僕としては目の前の現実を到底受け入れきれない心持ちなのである。いや、決してここは現実ではないのだが。
そんな風に思考をあらぬ方向に旅立たせていると、ギミックによる口上が続いていく。
これだけ多種多様かつ大勢の人々が一同にそろっているならば、何事もなく物事が進むなど有り得ない話なのだが、誰一人として問題を起こすことなく、ギミックの話は進んでいく。そこに作為的な何かしらがあるのは明白であった。よって現状の説明はサクサクと進んでいく。
ギミックによって招かれたこの空間は、元々は彼の創造主である、ありすの母親が研究していたモノ。人々が意識を共有して集まる仮想空間。その技術を応用したものだという。かつて僕ともとみが迷い込んだものと同一であるらしい。そこに人々の思考や望みを網羅したギミックが手を加えた。
結果、生まれ落ちたのは、人々が望んだ理想郷。
人が想像しうるすべての世界を内包したワンダーランドであった。
「ここには君たちが望むもの、そのすべてを用意した。ユートピア、桃源郷、エルドラド、アルカディア、極楽浄土、なんとでも呼ぶがいいさ。君たちを阻むものは何もない。間違いだって起きやしない。だってここは夢の中なのだから」
ギミックはそう言って話を締めた。
そう言われても、はいそうですね、と受け入れることは難しいだろう。これだけはっきりと感じられる実感にこれはすべて夢幻であると理解できる人間は稀である。事実、ギミックの話が終わっても人々はザワザワと困惑するばかりで、誰も明確な行動を移す者はいなかった。皆、現状の把握に勤めるばかりである。僕には、だれが最初に行動を起こすのか、それを見合っているように感じられた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前はギミック。人工知能だ、人間ではない。『ウサギミック』とでも呼んでくれ。そして彼女が『カエルありす』、そして彼が『おサルのガっちゃん』だ」
「こんにちはっ」
「おい……あ、いやどうも」
ありすは名前を呼ばれて元気よく、そして僕は奇天烈な呼び名を告げるギミックに物申したくなるが、すぐに目の前の大勢に気づいて、そう一言だけ述べた。
ギミックはそれに満足すると、大衆に向かって仔細については「ウサギ」に尋ねろと言う。見ると人々の合間にチラホラとウサギの仮面を被った者がいる。それらは皆子供達で、いつかの夏祭りで僕ともとみが出会った少年と同一人物の様に見える。きっとギミックの手先なのだろう。
僕達はギミックの号令によりその場より姿を消す。そして再び視界が戻ったと思ったならばそこは空中であった。ちょうど人々がザワザワと困惑している様を見物できる直上に浮遊する、小さな浮島だ。そこには、これまた小さな庭園が存在していてテラスの上には三つの座席とテーブル。そしてお茶の用意がなされていた。
「まずは一服しよう」
「ギミックも飲むの?」
「ああ、今日ばかりはご一緒できるよ」
「やった! そしたら私がお茶入れるね」
ありすは嬉しそうに駆けて行く。その元気一杯な様子は、近頃の沈んでいた彼女の様を全く想起させない。きっとこの状況を純粋に楽しんでいることと、ギミックが傍にいるからであろう。子供らしい現金な態度は喜ばしい。
僕たち三人は席につくと、下方に拡がる人々を眺めながらお茶にする。蠢く人々のざわめきは地の底からの音の様に重厚に響いてくる。この光景だけで悪夢に出てくるかもしれない。
「ギミックの言う通りに、そうですねと、状況を楽しむなんてできないんじゃないか?」
「そうでもないよ。現実世界での混乱でだいぶ頭がハッピーになってる者も多くなっていたことだし。状況を打破しようとしても、まずは情報調達からだ。否が応にもこの世界に潜り込んでいかないといけないさ。『ウサギ』達にもテコ入れするように指示しているしね」
「そんなもんかね」
「はい。がっちゃんとそしてギミックの分」
「ありがとう。おおこれは美味しそうだ」
ありすの手によって並べられたカップにそれぞれ手を付ける。口の中がスッキリとしたところで会話を再開させた。
「それでここにはどんな場所があるんだ?」
「すべてだよ。人が行ってみたい思った場所。こんな世界があればと夢想するところ。それらを片っ端から再現したからね。時間もかかったが、なんとか形になったよ」
「へえ、ちなみにどんなモノが一番人気があったんだ」
「お国柄や年代差も色々あったからねえ。一概には言えないけれど、既存の寓話や逸話。小説や漫画、絵画、映画、歌劇の世界観を再現することは多かったかな。もちろん要望があればこれから作成することもやぶさかではないさ。いやはや人の想像力というものは果てがない」
「ちなみに俺たちのこの格好はどういうことだ?」
「ああ私の酔狂だよ。元々あの作品をみて思いついたことに端を発するからね。ああいう風に人種関係なく、入り混じって楽しむ世界を造りたくなったのだよ」
「その趣向は別に構わんのだが、動きにくいんだ。着替えてもいいか?」
「おう、それは悪かったね」
言ってギミックがパチンと指を鳴らすと、僕の着物が変更される。それまで大僧正のような立派な袈裟であったものが、虚無僧の様に簡素で動きやすい衣装に変更される。意地でもおサルの僧侶にしていたいらしい。
「ねえ、もうお話は終わった?」
僕とギミックが話しているとありすが聞いてくる。見るとカップの中身は既に空になっていた。今は、落ち着きなくウズウズとしている状態だ。早く出かけたいらしい。
「わたし、遊びに行きたい」
「ああ。そうしようじゃないか」
「それじゃあ、他にも呼ぼうか?」
「ううん。この三人がいいの」
僕はありすの知る他の友人達、つまりはかおり達のことを連れ合いとして呼ぶことを提案するが断られてしまった。まあこれから幾日かあることだし、顔を合わす機会もあるだろう。
僕はふいに気になって脳内端末を起動させると、目の前にウインドウ画面が表示される。どうやら夢の中でも同様に使用できるようだ。そして気がついたのだが、不在着信やメッセージがひっきりなしに僕に届いているのが確認できた。どうやらギミックとありすと一緒に矢面に立ってしまったことによる結果だ。その数は相当な量になる。バイト先の関係者や今は疎遠な旧友達を含む、微細な知り合い総出で連絡してきている。中には覚えの無い者、はてには某国の諜報機関と名のる者さえ、僕に連絡を取りたいと申し出ていた。
なにこれ、怖い。
僕は母やもとみなどの、ある程度事情を理解していて、かつ緊急に連絡が必要だと思ったものにだけ簡略に連絡を取らせてもらう。それが終わると二人に振り向いた。
二人は既に立ちあがり、いまかいまかと僕を待っていた。
「おまたせ。それじゃあどこから向かおうか?」
「地獄を見てみたい!」
「もちろんあるよ。多種多様に、軽めから重めまで」
「重め!」
「なんでだよ」
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