ギミックをしかける⑥
そこは日本では考えられないような丘陵が続く草原の大地であった。
そのひと際高い小山の上に僕は立っている。雄大な自然というものに圧倒される。先程まで高層ビルあふれる東京にいたという観念が更にそれを助長していた。
どこまでも続く様に拡がる緑の大地は、果てが分からない。はたしてこの世界には海というものがあるのだろうかと疑問を覚えるほどに果てない大地と青い空。吹き抜けていく風が爽快だ。まるで心の中にあった夢想の世界に入り込んでしまったかのような感覚だった。
いや事実、ここは夢想の世界なのだと思い直す。
なぜならその世界には到底現実には考えられないような光景も存在したからだ。
「うわ、凄いなこりゃ」
僕は上空を仰ぎ見ると感嘆の吐息を漏らす。
空は澄みきっていてとても青い。雲の影などは欠片も存在しない、だが、それに代わるようにして存在するモノたちが多数あった。それは巨大なシャボン玉のようであった。大小は均一ではないものの遠くよりこうして確認できるほどに巨大だ。それが無数に空を埋め尽くしている。
そしてその七色に光る球体の中身が確認できるのだ。
その中身は、様々な『別世界』の光景を映し出している。
『砂漠』の砂の黄金色きらめく世界があった。
漆黒の空間に瞬く光を内包しているあの球体はまさに『宇宙』である。銀河間に移動するのは宇宙船であろうか。
色とりどりの、そして全体的に丸こい物質が埋め尽くすあの空間はファンシーでそしてラブリーだ。僕にはとうてい馴染めそうにもないが『おとぎの国』といった所である。
明けない夜の国にそびえる古風な西洋城があった、そこは人々が騒々しく歩き賑やかだった。ただ現代日本においては考えられないような文化形態、いかにもといった風体をみるにあそこはきっと『魔法』の世界に違いない。
その他にも恐竜が闊歩する『原始』の世界や近未来を連想させる『未来』の世界。そこには多様性豊かに、無数の世界が浮き散らばっていた。
「うわあ……すごいねえ」
ふと僕と同じようにして空を仰ぎ見る少女がいることに気づいた。いつのまにかに隣に立っていたその少女はありすだった。
「どうしたんだ、その格好?」
「ガっちゃんも楽しい格好しているよ」
言われて自らの状態を確認する。なにやら動きが取りずらいと思っていたが、それも当然だった。僕はどうしたことか法衣を纏っている。いわゆる袈裟だ。そして頭部を触ってみるとなにか被り物をしている。自分ではなにを被っているのか分からないため脱いでみて確認しようとするも、それができない。なんとこの被り物には脱着するための継ぎ目というものが存在しないのである。
「おサルさんだよ」
「サル?」
四苦八苦していると、くすくすと笑いまじりにありすが教えてくれた。
彼女は僕とは違い可愛らしい恰好をしていた。青と白を基調とした装飾のついた西洋風ドレス。初めて会ったときに着ていた服にも似ていて、彼女の名の由来よりきた着想だというのは理解できるし、なにより似合っている。ただ何故か頭部にはキャラクター風に可愛らしくされたカエルの被り物をしているのだ。
カエル頭巾である。
僕の頭部にも同様の被り物が乗っかっているのだろう。
「なんでまた――ああ」
そこで僕が察する。カエルにサルの僧侶に、そしてギミックはやっぱりウサギなのだろう。そうなると想像できるのはいつか見た鳥獣人物戯画絵巻である。しかしそれが今なぜ出てきたのか、さっぱり分からない。どうせ出してくるのならばこの世界観から寄せてくればいいものの、この爽快な風吹く丘陵地は、どちらかといえばありすの名前の方に寄ってしまっている。わちゃわちゃしていて趣旨が分からない。
それを伝えると、ありすは気炎を吐く様にして重心を偏らせて見得をきる。それは件の絵巻でウサギを投げ飛ばすカエルの姿なのだとわかり、彼女が楽しそうで何よりである。
そうこうして二人でぼんやりとしていると、一つの影が丘の下の方より駆けてくるのが見えた。そいつは「忙しい、忙しい」と、さほど忙しくない様子を見せながら近づいてくる。
「ギミック!」
「説明を求める」
姿を現したそいつにありすは喜び、僕は呆れた様に物申す。
そいつはウサギの姿をしていた。
ただ、今まで見たことのないウサギ姿だ。
古風な紳士服に身を包み、身長は子供の背丈くらい。大きな足と耳が特に強調されて、今までより一番ウサギ感が強い。そして胸からチェーンのついた懐中時計をしきりに気にする仕草が鬱陶しい。
そいつは僕たちの前までやってくると白々しくもこう言った。
「やあ、お二人とも奇遇だね」
さも、たった今になって気づいたのだと言わんばかり。僕はそのことを指摘しようと口を開くも絶句した。彼の後方にある光景に気づいたからである。
「ようこそ人類。ワンダーランドへ。存分に楽しんでくれたまえ!」
ギミックは後方へと振り返って、声高にそう宣言するのである。
果てしなく続くように思えた緑の大地には、いつのまにかに、数えるのも馬鹿らしくなる程の大勢の人々によって埋め尽くされていた。
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