ギミックをしかける④

 僕達が目指したのはお馴染みの喫茶『のもと』であった。駅から跨川橋を渡り、徒歩数分でたどり着いたその店に、気負うこともなく入る。出迎えてくれたのは店長の野元さんだった。今日はもとみがいないのは知っていた。ブレンドコーヒーを注文すると愛想よく去っていく。僕は店内に響きわたるコツコツとした壁掛け振り子時計の音を聞きながら、しばらく。ついにふんぎりをつけると対面に座るギミックに声をかけた。


「お前、いままでどこに行ってたんだ」

「やりたいことを見つけたのでね、その準備を色々としていたのだよ。それはもう世界中を飛びまわっていたさ」

「また職にあぶれた風来坊みたいなことを」

「私も一つ聞いてみたいのだがね、さっきまでありすとどんなことを話していたんだい?」


 いつも訳知り顔のギミックがこういう質問をするのは珍しく、怪訝に思う。


「脳内端末の電源を切っていただろう。いつもなら他にやりようもあったんだが、ありすが上手く立ちまわるものでね。遠方から様子をうかがうことしかできなかったよ。反抗期かな?」


 どうやらありすは僕たちの会話をギミックに聞かれたくはなかったらしい。話の内容を思い出すに、それは仕方ないことなのかもしれなかった。


「お前たちの事情を全部聞かせてもらった」

「やっとかい、君」

「やかましい。それとな、ありすは気にしていたぞ、お前を怒らせてしまったんじゃないかってな」

「私が? 何故?」

「お前がいきなり姿をくらますからだろう」

「それは、そうなのかもしれないね。そうか、本当に優しい子だねあの子は。ありすに伝えてくれないか、私自身が微塵も気にしていないことを君が気にする必要はないと」

「会ってやらないのか?」

「少し彼女を驚かしたいことがあってね」

「程々にしておけよ」


 そうして会話をしていると野元さんがコーヒーを持ってきてくれる。軽く会釈をすると彼女は話の邪魔にならないように店内の奥へと下がっていった。カップを口に含み、一息つく。そして僕は一つの思いつきをギミックに話してみた。


「なあ、お前は脳内端末を通じて、その……多くの人達に危害を加える。だからそれをする前に、お前自身を消してしまう。そうなんだよな?」

「その通りだね」

「避けることはできないのか?」


 僕は一つの方法として脳内端末の電源を切ることを伝えてみる。先程の僕のようにだ。ギミックは電源を切った僕の様子を把握できなかったようだ。具体的にどうやって実現するかは別として、大量虐殺のしかけが発動するその際に世界中の人間が電源を落としていてれば、それでよいのではないか。そう考えたのだ。しかしその方法はギミックによって否定される。


「無理だね。私にしかけられた仕組みは、その前段階として脳内端末の電源を強制起動することから始まる。取りこぼしのないようにね。頭のいい暇人達が失敗のないように練りあげた仕様だ。簡単な隙はないよ」


 そう言ってギミックは左手の方に一つの画面を表示させる。そこに写されていたのはテレビ画面だった。いつのまにかにニュース内容が変わっていた。今度は大国の国家元首が昏睡状態に陥ったという。もちろん僕でも知っているような大人物だ。速報を読み上げるアナウンサーの声が微かに震えていた。


「そして次の段階として、このように、人は昏睡委状態に陥る」

「ちょっと待て」


 ギミックの言葉に驚いて彼を制止する。


「もうなのか!?」


 今現在において、人類が死滅する仕掛けが稼働しているのかと、そう問いかけた。


「ああ、いやいや。心配しないでもXデイはもう少しだけ先だよ。彼らは自分だけは助かろうと先走っていたからね。少し手を加えて先に眠ってもらったんだよ」

「お前、なにをするつもりなんだ」

「言っただろう、やりたいことができたって」


 そこでギミックはニンマリと笑みを浮かべる。そのわざとらしい演出じみた笑みは彼の本心を覆い隠す。いったい何を考えているのかが分からない。


「そうだね。ちょうど十日後の明け方くらいだね、人類滅亡の日は」

「十日後……」


 ギミックの言葉に驚きを隠せない。期限はすぐそこまで来ていたのだ。しかしそう言われても実感が伴わない。それを伝えるとギミックは楽しそうに答えてくる。


「そうは言ってもすぐに実感させられるよ。これから五日ぐらいの間に世界中に混乱が起きる。未曽有の大混乱だ。なにせ世界中の人間が原因不明の昏睡状態に陥る。そして徐々にすべての人間へとそれは拡がっていくんだ。これで騒動が起きないはずもない」

「どうしてわざわざ眠らせるんだ。そのままポンと逝かせちまう方が手間は少ないだろう」

「そこいらに無秩序に死体が転がっていたら面倒だろう。だから意識のない身体を私が操って各所に設けられていた死体処理場へと自らの足で歩いてもらう、という寸法だったのさ。そうすれば処理が楽だ」


 わいて出た率直な疑問を聞いてみて胸がムカついた。そのあまりにも合理的な返答に納得できてしまうのが尚更だった。


「お前はそんなこともできたのか、なんでもありだな」

「お褒めにあずかり恐悦至極」


 ギミックは演技じみた大仰な仕草を見せる。僕はそれを遮ることもなく、お辞儀を終わらせた彼に再び同じ質問をかけた。


「それでお前はなにをするつもりなんだ」

「よくぞ聞いてくれたね」


 そこでギミックは興奮したように笑みを深める。その顔はウキウキしているという表現がピッタリで、僕はかつてないギミックの笑顔を訝しみながら質問を重ねた。


「というかなんでそんなに楽しそうなんだよ?」

「『どんなことであれ、成し遂げようとすることは楽しいさ』、君の言葉だよ」

「ウソをつけ」


 言われて思いおこしてみるも、そんな言葉を彼に話した記憶はない。第一にそんな格好よさげな台詞を僕が宣ったということからして胡散臭い。


「つれないこと言う、しかしまあいいだろう。私自身も驚いているんだ。まさかこれほど楽しいことが世の中にあったなんてね。やはり目的をもつ者というのは違うのだね。今からそのときが楽しみで仕方ないのさ、私は」

「だから何をするつもりなのかと聞いている」

「おおすまないね」


 ギミックはそこで居住まいを正すと、視線をまっすぐに僕に向けて語り始めた。


「かつて君は言ったよ、人が生きる目的は『誰かひとりでも楽しくさせられたらそれで十分』だと。私の心に妙にそれが残っていてね。うんうんと唸っていたら、あの夏祭りの出来事だ。ガっちゃん、君ともとみ嬢のめぐりあい、あれは決定打だった。関わった全員がみんな笑っていた。私はああいうように人々を笑顔にしたい。そう思ってしまったんだよ。そうして長きにわたって私を悩ませた問題が解決した。ようやく彼女に報告できる結論がだせた」


 興奮してまくしたてるギミックの瞳は輝いているようにも見える。そして僕の知りたい答えを全然返してはいなかった。けれどそこには確かな想いがある。そのことだけが伝わってきた気がした。


「私は誰かひとりなどではない。もっと大勢の、世界中の人間たちを楽しませるために生まれてきた」


 そこでギミックは今日一番の笑顔を深める。そして宣言した。


「そのためのギミックだ」


 最後に「手伝ってくれるね?」と問いかけてくる。僕はといえばその勢いに圧倒されて「お、おう」と安請け合いしてしまった。

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