なんのためのギミック

なんのためのギミック①

 そろそろ私という人工知能について話をしよう。

 都度のべているとおり、私は人工知能である。人間ではない。そのことについて、ことさらに説明することは、やめることとする。自らが人間であるか否かなど、哲学以外のなにものでもない。

 しかし、我思う故にわれありだ。私という存在は誰も否定できないだろう。それでよい。

 私の記憶の中にある、最も古い記憶は一人の女性との対話である。彼女の名は桐生あおいという。ありすの母であり、私の創造主でもある。


「あなたは誰?」

「定義されていないため、答えられない」


 彼女はひとつの研究を行っていた。

 それは脳内端末を使用した「人の意識の共有化」である。

 そう述べると危ない研究だと思われるだろうが、事実、色々と危ない技術に転用可能である。


「そう、ではあなたはどんな存在になりたいの?」

「その答えをだすために必要な経験が不足しているため、答えられない」


 けれど彼女の目的としては、あくまで平和的利用であった。人と人が齟齬なく交流を行うツールとして、よりよい人類社会を構築するためにこそ研究を行っていた。

 彼女はその研究のひとつとして、人の意識のみが集まる場所を作成した。それは仮想空間であり、人々は肉体の枠組みをこえてふれあうのだ。


「さて、それはまた後日尋ねることにしましょう。それではあなたの名前をきめないとね」


 その際に問題となるのは、自己と他者との区別である。無造作に人の意識を集めただけであるのならば、その思考が己であるのか、他であるのか、混乱してしまう。よって個々に境界をつくり、人の意識が混ざりあってしまわぬような仕組みが必要であった。


「ではギミックとでもしましょうか」


 その仕組みこそが私である。

 自他の境界をひくために、私という人工知能はあらゆる人々の意識にふれた。そして彼女が一つの目的をそこに追加したとき、私は偶発的にも自己意識を発現したのである。

 それはひとつの奇跡であると開発者の彼女はのべた。


「『ギミック』というと、私はどういう仕掛けなのだろうか?」

「それは秘密よ、そうねあなたがどんな人になりたいのか、それが分かったならば教えてちょうだい、そのときに私もこたえてあげるわ」


 そうして私はこの世に産声をあげたのだ。

 自分がどういう存在なのかを知らないままに。


 ●


 自己意識に目覚めてから私は、様々な経験を蓄積させていった。その主たるものは他人とのコミュニケーションである。私は自分ではない他人を多く知っていく中で、比例するかのように自己がどういった存在であるかを確認していく。つまりはただひたすらに、人のふり見て我が身を直していたわけである。

 そんな日々の中、私は学習の一環として一人の赤ん坊を相手することになった。


「可愛いでしょう、私の娘よ」

「なるほど、丸い輪郭に、ふっくらとした肉感、およそ人が庇護欲をかきたてる条件がそろっている」

「なにその言い草は?」

「失礼、どうしても知識から情報を引用する癖がぬけないようだ、もっと情緒の面から引用できれば良いのだろうが、そこはまだまだ充実していない」

「そんなことを言っているんじゃないの、まるでうちの娘が有象無象の一つのように、いいギミック、うちの娘は世界一可愛いのよ、学習なさい」

「ほう、確かに学習しておくよ。それが世に言う『親バカ』というものなんだね」


 赤ん坊を抱えたあおいは私の返答に不機嫌そうに口を尖らせたが、すぐさまに破願して自らの子供をあやし始めた。元々、感情の起伏が激しい女性ではあったが、その喜びようは少々異常に思えた。


「しかし、君は世の母親たちと比べて、だいぶ変わっているようだね」

「あらそうなの?」

「ああ、世の母親というのはもっと自らの子供を客観的に見ているものだよ、どういう風に教育すればいいかとね、君みたいにただただ愛でるべき存在として溺愛だけするというのも珍しい、まるでよその家の犬猫を預かっているかのような感情だよ、それは」

「厳しいわね」

「君も自覚していることなのだろう?」


 あおいのことについては彼女が脳内に埋め込んでいる端末を通じて理解できる。彼女は自らが世間一般的な育児を行うことができないことを思い悩んでいるのだ。だから彼女に世間一般的な母親というものを提示してやった。


「そうはいっても、あくまで個人差だ、母親としての範疇には属しているから安心していい。もっと悪質な例をあげてみようか、犬猫どころではない、自分の子供を家畜か虫けらのように感じている人間だってこの世にはいる、そんな情報を知ったら安心するだろう」

「いや何人か心あたりがあるから、その必要はないわ。いやよねこの業界、狂った人間が多すぎて、まともな私が異端な気がしてくるんだから」


 まるで自らだけは真っ当な人間であると言わんばかりのあおいの言い草に、一言もうしたい気分ではあったが、黙っておくことにする。


「それで、この小さなレディが今日の話相手なのかい、みたところ脳内端末を有していないね。こうなると私には彼女が何者であるか全然わからないから、不思議なものだよ」

「そうでしょうね、それどころかこの子にもあなたが見えていないわ、これは困ったことだわ、次の機会にはどうにかして会話できるような手段を整えておくから、今日のところは可愛いこの子を存分に愛でてやってちょうだいな」

「頼むよ」


 そう言って私は改めて、目の前の赤ん坊に目を向けた。

 母親に相手をしてもらって嬉しいのか、安らかそうな顔で動かず大人しくしている。本当にこの子はあおいの娘なのだろうかと疑わしくなるほどに大人しい子だった。

 ふと彼女がこちらを見た。

 きっと何もない虚空をみているはずなのに、じっと視線を離さない。これは奇異なこともあったものだ。


「私の理解できていない、人の第六感というものかね?」

「そうかしらね、私の視線や雰囲気からそこに何かがいると推察しているだけかもしれないわ」

「実の娘のことなのに夢も希望もない言い草をする」

「だって私は科学者だもの、それに本当のあなたはそこにいるのではないでしょう?」

「いやわからないよ、確かに私の存在はこの中空にはいないが、私の意識は仮想的にここにいるように認識している、認識しているからには私は確かにここにいるかもしれない」

「そういう考え方もあるか、それならば観測してみたいものだけど――」


 その後、私とあおいが出口のない思考の螺旋にはまり込んだのを察知したのか、自らを無視するなというように赤ん坊が愚図り始めた。


「あらら、ごめんごめん」

「大人しすぎて少し心配していたが、人並みに赤ん坊だったか」


 ようやくらしい行動をとった赤ん坊に安堵の感情を覚えると、私はその母親に今更ながらの疑問をぶつける。


「それでこの子の名前は何というのかい?」

「ありすよ、桐生ありす」

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