恋のしかけ④

 私とありすが語らいあってる間に、私は分け身した拡張現実達をつかい、ガっちゃんともとみ嬢の会話を盗み聞いていたのであるが、これがなんとも仕様もないものであった。

 なにせ互いに警戒しあい、話題も無難なものに限定して話し合うので、普段喫茶店内で会話していたほうが格段に有意義な内容だったといえる。まるで忌み嫌われているものかのように昔の話をしない同郷の輩はてんで仲が良くはみえなかった。

 そんなつまらない一日も暮れて私たちは、もとみ嬢と別れ、ガっちゃん宅へと戻ってきたのである。危機感を覚えた我々はガっちゃんが風呂へと向かった隙を狙い、会合を開く始末である。


「それでどうだったの?」


 口火を切るのはガっちゃんの母親である。我々の企みを聞き、大喜びで協力してくれる御仁だ。敬意をこめてガッチャマムとでも呼ぶことにする。お茶を全員に提供してくれる彼女に私は諦めるように首を振る。


「まるでオママゴトのようであったよ、いや虚言でも睦言を交わすだけそちらの方がマシだと言える」

「あらいいじゃない、初々しくて」

「いやお母さん、中学生ならまだしも、僕ら二十歳を超えてますんで」

「そりゃ大倉ほどにがっつくとは思わなんだが、そこまで奥手だったとはな」

「だよなー、今日ぐらいにはブチュッと済ませてくると思ったんだけど」


 思い思いに意見を述べる面々に、ありすが告げる。「でも楽しそうだったよ」


「我々がつまらないのだよ」


 私の言葉に首肯する面々に、ありすは目を丸くする。この場においてお子様の意見は求められてはいない。


「これではいけないので、一度、大掛かりな仕掛けでも組んでみたいと思うのだがどうだろうね?」

『異議なし』


 全会一致で採決された私の意見。そうして私たちの企みは当人たちを除いて盛り上がっていくのである。


 ●


 企むにしても、当人たちの気持ちを知らずしては有効な手段も得られない。ことは妙を要する。よって私は二人と個別に面談をすることにした。しかし真正面に尋ねても必要な返答はないのは分かり切っているので、すこし工夫を凝らした。


「それで、どうして夢の中にお前が出てくる?」

「なんだい藪から棒に」


 すでにもとみとの対談を終えて、続いてはと訪問した際にガっちゃんに胡乱なまなざしを受ける。私は笑って答えた。


「私は君の心に住み着いているからね」

「今すぐ出ていけ」

「しかし今日も今日とて君の夢の中はどうにも殺風景だ、場所を変えよう」


 そう言って私は彼の夢に仕掛けを施す。送り込むイメージは喫茶『のもと』だ。すると瞬く間に場所はレトロな喫茶店内へと変貌する。

 卓を挟み、私と彼は向かい合う。

 私は目の前に置かれたコーヒーを手にとって口をつけた。香ばしい匂いが鼻孔に、酸味が口の中に広がる。


「なんでコーヒーなんて飲めるんだ?」

「夢の中だ、なんだってできるさ。深く考えない方がいい。それにこの味は君を通じて知っているからね」

「よくわからん」


 呟きつつも彼もカップに手を付ける。「うん、この味だ」と頷く彼をみて、再現をした私も満足する。


「では語り合おう」

「何を話すことがあるってんだ?」

「もとみ嬢とのことさ」

「放っておいてくれ」

「またどうして、こんなに私たちが頑張っているというのに」

「だからそれを止めてくれよ」


 深々と嘆息をつく彼は心底まいっているようで疲れ果てていた。まあ私たちも無遠慮に囃し立てていたことも否めない。だからといってやめる気は毛頭ないのだが。


「彼女に気に入らないところでもあるのかい?」

「そんなわけないだろう」

「では何故避けている?」

「それは……」


 口ごもる彼に私は言ってやる。


「ここは夢の中だ、誰が聞いているわけでもない、誰が答えを出すわけでもない、それならば、思いつくことをただただ口に出してもよいだろう、そうすれば自らの気持ちも単純に捉えられる」

「これが夢だってんなら、どうしてお前なんだろうな」


 苦笑しつつも「まあいいか」とガっちゃんは口を開いた。


「彼女のことは尊敬してる、それと感謝してるんだ。昔のことはもちろん、今だってさ、僕がくよくよしてたら、いつだって笑ってくれた、それがとても嬉しかったんだ」

「ふむ、それで」

「それで……別に避けているつもりはないんだよ、ただ、僕はこのままでいいのかなって、僕はずっと彼女に頼りつづけて、ずっと憧れる『親分』のままでいてほしいだなんて、そんなわけにはいかないんじゃないかって」

「ほうほう、それでそれで」

「あとは、彼女は僕のことをどう思っているんだろう、と気になる」

「何だか最後のが一番、赤裸々な本音に聞こえるね」

「うるさいな」


 赤面しつつ否定しない彼を堪能しつつ、私は思慮にふける。

 これは別に迷える子羊に道を示す相談の場ではない、もっと恣意的な仕掛けの場だ。道を示すなんて生ぬるい方法はとらない。牧羊犬が子羊を追い立てるように確実に誘導することこそが目的である。


「では君はどうしたい?」

「それは……仲を深められたら、いいなとは思うよ」

「うむ、承った。ではどういったシチュエーションが良いかね?」

「おい、ちょっと待て、お前は何を言っている?」

「いいじゃないか、いいじゃないか。これは夢の中だ。非生産的な最たるものだ。君は彼女と何処でどういったことをしてみたいかね?」


 私はすべて夢のせいにして細事であると言い切った。事実、夢の中であるのだから言い分はすんなり通る。


「夏だから縁日とか」

「うむ承った」


 聞くべきことをすべて聞き出した私は早々に退散することにした。ゴチャゴチャと追及してくる声が聞こえてきた。だが、すべて夢の中だ。問題なんてない。

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