恋のしかけ③

 大勢の人々が行列を作る中ほどにて私たちはゆっくりと歩を進める。じりじりと少しずつ進んでいき、やっとこさ目的の展示室の入り口前までやってきた。中での混雑を避けるために係員が人数を制限している。中での人数を一定にしているようだ。


「ではお入りくださーい」


 間延びした声にうながされ私たちは展示室へと踏み込む。するとそこで係員から制止を受けた。規定の人数に達したようで三人だけ先に中に入るか、全員でもうしばらく待つかを選べという。ことあるごとに二人きりにする機会をうかがっている私達はもちろん、ガっちゃんともとみ嬢を先に行かせる。それにくっつく様にありすと私も中へと入った。

 ここで改めて主張しておこう。

 私は人工知能である、人間ではない。

 人と同じように、私という自己は一つではあるが、それを共有する個体をいくつ持っていたとしても齟齬は生じない。私は私という存在が同時に複数存在していても問題ないのである。つまり端的に言ってしまうと「分身できる」というと、分かりやすく伝わるだろう。お望みとあらば私と私で漫才すらしてみせよう、まさに自問自答である。

 そんな私であるが、今回は仕掛けを施してみた。

 具体的には私という仮想現実を多数発生させ、配置。姿は老若男女、周囲に溶け込むように。何がしたかったというと、人数のかさ増し。そうして目的は達成された。

 現在、この展示室内にいる者は三人のみ。ガっちゃん、もとみ嬢そしてありす。かさ増しされた一団を切り取って係員が中へと案内したからだ。係員も周囲の人間も、当人達でさえ気づかない。それほど自然に、誘導した。

 彼らの目には子供連れの老人や、逢引き中の男女、社会科見学の一団などが写っているだろう、だがそれらは全て幻なのである。そんな実在しない者にぶつからない様に、譲り合うように、歩幅を合わせて彼らは動く。

 真実の光景を見る者ならば、そんな空虚な行いを訝しむことだろう。たった三人しかいない広い部屋の中での奇行、滑稽を通り越していっそ不気味であるとさえ言える


「ギミック?」


 唯一、そんな奇妙な真実を見る者が私に問いかけてきた。私が肩に乗るありすだ。


「いやなに、せっかくだから二人だけの世界に浸ってもらおうかと、ね」

「でも二人には人がいるように見えてるんでしょう?」

「人というのはどうしても周りを気にして動く生き物だよ。そんな中で互いのみを意識して時を過ごすというのは、これはまた難題だ。ならばどうするか、一つの解として、周りの人間が彼らに合わせて動けばいい。決して邪魔にはならず、適度な喧噪で孤独感をやわらげる。皆は二人のためにって寸法さ、まあ幻ではあるけれど」

「むなしいね」

「ではありす、君の目にうつる二人、いや、二人だけじゃないね、見てきただろ

う、今まで私に誑かされてきた人々を、彼らをどう思うかな?」


 私がこのような小細工を弄するのはこれが初めてではない。

 今まで何度となく行ってきたことだ。ときには目的があり、ときには戯れに、人の目や耳に幻をとどける。そしてそれに惑わされる人間を観察してきた。その行いはおとぎ話にある妖怪変化とかわらない。現代の狐狸といえば私のことだ。

 そしてそんな妖術が通じないただ一人の人間がありすだ。彼女は私に化かされる人々をずっと一緒に観てきた。その生まれ持ってきた両の眼で確かに。


「バカみたい、かな」

「まあそうだね」


 愚かなるこそは人間なり。有史以来、様々な愚行を残してきた生き物こそを人間という。自らこそは智ある者だと信じて疑わない者は1500㏄しかない自らの脳の処理能力の限界を知らず、自らこそは愚者と自称するものはそれを誇らしくする。


「そうなんだけど、バカみたいって面白いんだね」


 そう言ってありすはガっちゃん達からはぐれてトコトコと歩き出す。向かう先は一つの作品、この展示室の目玉である『鳥獣人物戯画絵巻・甲巻』である。動物たちの織りなす遊戯の描写は滑稽で面白みがある。確かに彼らの様子をみれば滑稽であることはどこか小気味よい。ありすの伝えたいことは私でも理解できる。


「私ね、お外に出て、思ったよ、みんなみんなバカみたいだって。見るべきものも見ずに、知るべきものも知らずに、何にも知らずにただ笑ってる、泣いてる、怒ってる」


 そう言って「にひひ」と最近になってよく見せるようになった、子供らしい無邪気な笑みをする。


「でもね、バカみたいってこうしてただ絵を眺めてるだけの私が一番つまらない、私も一緒に絵の中に入ってみたら本当に面白かった」


 彼女は空想と現実、絵巻物と自らの立ち位置と、すべてをごちゃ混ぜにして語る。その子供特有のまとまらない話は、漠然とだが、確かに私に共感する何かを覚えさせた。

 私は改めて絵巻物に目を向けた。

 主に登場する動物は三種類、ウサギとカエルとサル。彼らは水泳や的あて、相撲と躍動的に動き回る。他にもキツネやネコ、キジ、ネズミ、イタチ。二足歩行をせず擬人化されたものではないがフクロウ、イノシシ、シカもいる。それ以外の存在はいない。

 多様な生物がわちゃわちゃと描かれるその絵巻物は、なるほど確かに一つの世界観を現している感覚。彼女が想像の翼を広げるに足るモノであろう。


「ギミックがウサギでね、ガっちゃんがサル、そして私がカエルなの、わたし、ギミックを投げ飛ばしちゃうんだよ」


 すごいだろうと鼻息を荒げさせるありすに微笑ましい気持ちを覚えながら――


「こんなナリをしておいて言うのも恐縮だがね、私はウサギではないだろうさ」

「それじゃあなに?」


 私は彼女の言にどうしても譲れない点を覚え、否定する。


「蛇にきまっているだろう」

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