恋のしかけ②

 連日においてせかせかと会議をしていたにもかかわらず、いざ具体的に何をするかとなると、これが非常にザルであった。どうやら私以外の者たちはとにもかくにも二人きりにすれば勝手にできあがると思い込んでいるらしい。獣畜生でさえ、雌雄を檻の中に入れたからといって番いになるとは限らないというのに、実にスカスカのザルだと言える。

 よって私が一肌脱ぐことにした。これまで人の恋愛については幾度となく観察してきた私だ。特に問題などもないだろう。

 私たちは阿蘇からいったん、拠点であるガっちゃんの実家へと戻る。今後はもとみ嬢を誘ったのちに近場のどこそこへと足を向けるとガっちゃんへ伝えた。彼はその宣言に胡乱なまなざしを向けてきたが、ありすがねだるとすぐに折れた。簡単な男だ。

 もとみ嬢に連絡をとると快諾を得た。どうやら彼女も暇を持て余していたらしい。

 そうして現在は、国立の博物館に向かうために電車に揺られている。

 都合よく、国宝の展示が催されるというので足を向けた次第であるのだ。ちなみに展示される国宝は『鳥獣戯画』という。有名な甲巻は二足歩行の獣たちが戯れる姿が描かれる、ユーモラスな絵巻物だ。まるで夢物語の中のような世界だが、現代ではこのような光景も再現可能だろう。まあ全て幻であるのだが。

 そのようなわけで、私はいつものウサギのようなマスコットではなく、墨汁で描かれた妙に滑稽なウサギ姿で表示されている。興がのったのだ。


「うーん、それにしても不思議だなぁ」

「なにを不思議だと思うのかい、お嬢さん?」


 私は対面に座るもとみ嬢に問いかける。ありすは今、後方の座席で他の面々と歓談しているため、私たちは二人きりである。本当ならもう一人、ここにいるべきなのであるが、そそくさと「ちょっとトイレ」と言い残し席を立っている。不甲斐ない。


「ふと我にかえったというか、『あれいま私ってば何してるんだろう?』って思うことないかな」

「ないね」

「そんなすげなく」

「いや理解はしているよ、私はしないというだけで」

「どうして私ってば人工知能さんとこうして普通に会話してるんだろうって思っちゃてさ」

「貴重な経験だよ、甘受したまえ」


 そう返すと「あはは」と笑う彼女だが、どこか覇気がない。


「何かお悩み事でも?」


 聞くと、彼女は躊躇ったようだが、すんなりと心の内を明かしてくれた。こういう時はこの素っ頓狂な格好も役に立つものだ。


「もしかしなくても、私、避けられてるよね?」

「ああそうだね」


 別に嘘をついて慰める気もないので、正直に答える。


「いやまあ、ね。それは私もそうなんだけど」

「煮え切らない物言いだね、はっきり言ってくれないと私も返答のしようがないよ?」

「ギミックさんはそんな物言いだと女の子にもてないよ?」

「失礼、改めるよ」


 私の軽口のあいだに幾分か気を落ち着けて考えがまとまったのか、もとみは悩みを語ってくれる。

 曰く、自らがガっちゃんと昔馴染みであると判明したのはいいが、大いに戸惑っていること。そしてそれは彼もそうだと気付いていること。曰く、これからどうすればいいのか分からないこと。


「今まで通り『久我くん』と『佐野さん』でいるべきか、それとも『ガっちゃん』と『親分』に戻るのか、いるべきかいざるべきか、それが問題だよ」

「なるほどそれは確かに問題だ」


 その問題に対する答えは私としては決まり切っている。『いざる』べきだ。理由は私がそちらを見たいと願うから。実に私らしい利己的な理由だ。だが、しかし、ここで私の思考に常にはないノイズが混じる。それは『誰かを楽しくさせる』というどこかの誰かが答えた言葉だった。


「では、私からの答えを示そう」

「はい」

「君は『久我くん』と『ガっちゃん』のどちらが好きだい?」

「選べませんね」

「だから悩んでいる」と彼女は言う。

「では選ぶ必要なんてないさ」

「と言いますと?」

「当たり前だが、どちらも同じ一人だよ。わけて考える必要はないさ。大事なのは

君が今、彼と関わる気があるのかということ、嫌いかい?」


 少し答えづらそうにしながらも「いいえ」と答えるもとみ。


「ならそれなりに付き合ってやってくれ、他人に色んな『タグ』を付けてカテゴライズするのは便利だけど、荷札しか見なくなるようでは目利きの腕が落ちる。誰か一人ぐらい、あるがままを見てやるのも悪くないさ」

「ご高説ですね」

「最近ね、ふと思いついたことだよ。すべからく人に荷札をつけて分類してきた私だからね、これが存外に新鮮で面白い」


 私の言葉に感ずるものがあったようで頷くもとみ。


「まあ似たようなことを彼も考えてるだろうから、私からも言っておくさ」

「お願いします」


 殊勝に深々と頭を下げるもとみに、私は大仰に頷いてみせる。


「ではウサギの相談教室もこれにて終い。あとは自らが面白おかしいと思うことをすればいい。笑っている人は妬まれるけれどそれだけの価値がある。誰にも憚る必要なんてないよ」

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