恋のしかけ
恋のしかけ①
私は思う。
私ことギミックと、『ガっちゃん』こと久我哲生という青年は似通っている。
彼は天邪鬼であった。
心根として寂しがり屋でありながら、他人との深い関りを持ちたがらない。面倒見がよく人の機微に敏い。そのくせに人を知ろうとしない。対して私はというと、心底利己主義的でありながら人を気にする素振りをする。孤独を好みながらも渋々と他者と交わる私もまた天邪鬼なのだ。
結果、両者は似通ったものになる。
私と彼の違いは御飯茶碗に味噌汁をぶちまけた食べ物か、味噌汁椀にご飯の塊を沈めた食べ物かの違いしかないのである。
そんな彼に対して興味を覚え、このところ彼の行動をからかいつつ観察していたのであるが、一人の女性が改めて現れたことにより大変に動揺していた。動悸、息切れ、過度な不安と興奮。
あれだ、恋というものだ。
本人は自身の精神を安定させるためにもその事実に目を背け続けているが、間違いないだろう。そうなるように仕向けてみた私としては成果の程に満足する。
しかし、彼という人間は本当に興味深い。私と似ていると思ったからこそ色々とちょっかいをかけ続けているが、時折に私が考え付かない言動をとる。私が予想した結果と違うことになる。
予想では彼は早々に私とありすとの関係を断っているはずだった。その持ち前の天邪鬼ぶりを発揮して、気になりつつも遠ざかっていくはずだった。しかしそうはならない。私にはそれが不思議だった。私が観察した人間の中で、予想通りにならない者はそれなりにはいるが、彼に対しては自信があった。私ならばそうしたからだ。
当たり前だが、いくら似ているといっても違う自己をもつ個体だ、私が知りえない要素がいくらでもあるということなのだろう。
御飯と味噌汁はまるっきり違う食べ物なのだから。
●
私たちは九州中を駆け巡った。
東に湯に浸かりに向かった次には南に美食を求めて向かう。そんな具合に無軌道にあてもなくプラプラとした数日を過ごしていた。今日は雄大な阿蘇の自然を、レンタルした四輪と自動二輪で突き抜けて、暗くなったからその場で適当に宿をとった。いかにも昔ながらといった、年季の入った安宿である。
レンタルとはいえ念願のオートバイクで走行した興奮からか、ガっちゃんは温泉に一人むかっていく。浴場施設は宿とは違う棟にあり、しばらくは帰ってこないだろう。その時間をつかい、私たちは一つの卓を囲む。雀卓である。
「では会議を始めようじゃないか」
洗牌をしつつ右隣で佐藤かおりがのたまう。風呂上がりの艶やかな黒髪が美しくあった。彼女はそんな己をジッとみている大倉翔へと質問した
「では顧問殿の『当人達の気持ちを無視するのはよくない』という、実にお利口な意見について、そこのところはどうだい?」
「大丈夫です、俺の見立てでは間違いなく黒です」
その言葉に大仰に頷くとかおりはこちらを、つまりは私が肩にのっかっているありすへと向ける。
「というわけで計画を実行してもいいかい?」
問われたのはありすである。彼女はというと「うー」と唸り声をもらして難色を示した。
この数日というものガっちゃんを除いた私達は、彼と彼の想い人である佐野もとみ嬢とを如何にしてくっつけるかの話し合いに興じていた。その計画は粗方に組み立てられており、あとは顧問にまつりあげられたありすが承認することにより始動する。
「でも佐野さんの方はわからない」
「ああもう可愛いなこの子、食べちゃいたい」
そう言いつつ高らかに「チー」と宣言するかおり。向かいに座る高木悟が苦笑する。
「別に気にしなくていいと思うぜ、嫌われてりゃ断られるだけだし、隣の男と違って断られても人様に迷惑かけるような男じゃない」
「うるせえロン」
大倉の宣言によりぎゃいぎゃいと騒ぎ始める二人を横に、ありすはというとムスリと口を閉ざしていた。この話題になると彼女はどうやら不機嫌になる。彼女には脳内端末がないためにそれがどうしてなのかが私には知りえない。
ありすが口を開かないために全員が話題を止めて、黙々と牌を打つ作業に専念しだす。かちゃかちゃと響く音だけがしばらく続くと唐突にありすが口を開いた。
「ガっちゃんに彼女さんができても、まだ私と遊んでくれるかな?」
それは勿論そうだろうと他三人が言葉を合わせる声に、ありすはむずがゆいように口端を緩めると言った。
「それならいいよ」
その言葉にホッと息をする一同。
「メンピンイッパツツモイーペコーイッツ―チンイツ」
続くその言葉に凍り付く一同であった。
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