夏と帰省と『ガっちゃん』
空港に到着した僕たちはまず腹ごしらえをすることにした。それなので
高木がやたらとラーメンを主張したために、僕が知る限りで二番目に
昔ながらの赤いカウンターがある店構えに高木は歓喜して、差し出されるラーメンを口いっぱいに頬張っていた。ジャラジャラとアクセサリーを鳴らしながらの食いっぷりは見た目にもうるさかったが……案内した身としては気分がいい。
他の面々の口にも合っていたようで、嬉しそうに
食事をすませると街中をぶらりと歩きまわる。
僕や佐野さんにとっては多少の懐かしさはあれど、珍しくもないその景色はしかし、他の
ありすはキョロキョロと
「それじゃあ、そろそろ。我が家に向かいたいと思うのだけど――」
僕はぞろぞろとついてくる一団へと振り返り、その中の一人に問いかける。
「えっと……ウチまで来るの?」
「もちろん」
問われた佐野さんは「何を当たり前のことを」と言わんばかりに頷いた。
「
「
「ガっちゃん
ギミックとかおりさん、そしてありすが騒いでいるのを制しておく。「うっさいよ、そこ」
「っつーわけだから大倉。あの娘だけは諦めろ、な?」
「まあ、仕方ないか」
残る男二人も、何を確認しあっているのか?
僕はなんだか
●
地下鉄に揺られて三十分。そこからバスで
「ただいま」
玄関を開けると声をかけるが、返事はなにもない。といっても問題もない。僕はさっさと家へと上がり、各人へと部屋の割り当てを済ませると、皆にはゆっくりと
現在はリビングにて、六人と一匹が思い思いに足をのばしている。
「ただいまー……って、あら?」
お茶でも出そうと思って、僕が
「母さん、お茶ってどこにあるのさ?」
「あらアンタ、もう帰ってたの? 街を散策してから帰るって言ってたのに」
「みんな疲れてるだろうと思ってさ」
「まだ若いのに年寄り
リビングに大荷物を抱えて登場したのは僕の母である。彼女は荷物をテーブルに置くと、
「はじめまして。哲生君の友人で佐藤かおりと申します──」
そして僕の母へと、綺麗な所作で、宿泊のお礼を述べている。
その姿は非常に
しかし、普段のかおりさんを知る僕としては声を大にして言いたい──
かおりさんの挨拶を皮切りに、各々がそれぞれに母さんへと挨拶をする流れになる。母さんはというと、そんな賑やかな交流が嬉しいみたいで、終始ニコニコとしていた。
大倉が母さんに対して「どこかで見たことがある」と声をかけた。それを高木が呆れて
僕としても、自らの母親に粉をかける友人がいたのであればドン引きもいいところであるのだが、そうではないことは分かっていた。
母は元五輪選手で有名人なのだ。競技は体操。それを皆に説明すると母さんは「どうだ」と言わんばかりにふんぞり返っていた。我が母ながらに恥ずかしい。
僕としては『友人と母親が楽しくお
そんな風に
「あらまあ可愛らしい。お嬢ちゃん、お名前は?」
「桐生ありすです」
「ふむ、いい名前ね……語感がいい」
ありすの名前に対する感想が僕と同じなのが腹が立つが、何も言わずに堪えた。
「ガっちゃんのお母さん?」
「そうですよ、よろしくね、ありすちゃん」
「うんっ」
ありすはうちの母のことが気に入ったようで、元気よく頷いていた。そうして耐えること幾許か、話も一段落したのではないかと思い、僕は彼女にご退場願おうと口を開きかけた。だが、その前に母が感じ入るように述べた。
「しかしあんた、『ガっちゃん』ってまた懐かしいわね」
「そうでもないだろ?」
「懐かしいわねー、ほらあのあんたの親分、あの子につけてもらったんだって得意げだったじゃない、気に入ったのか自分から周りにそう呼ぶようにしてもらって」
母が大昔の、僕が子供だった頃の話をひきあいに出してくる。親分というのは当時、付き合いの良かった友人で、『ガっちゃん』の名付け親だ。
そんなことを言われても、そんな人物がいたなとは思いはするが、それがどこの誰かも僕は覚えていないのだ。相手だって僕のことなんか忘れているだろう。頼むから調子にのって友人たちの前で僕の過去の話をしないでもらいたい。皆、興味があるとばかりに注視してくるからなお悪い。
「ほら、名前はなんていったかしら――確か、そうそう」
早々に母の口を閉ざすために抑え込もうとしたが、腐っても鯛なのか、スルリと軽い身のこなしでかわす。僕が勢いあまってつんのめると同時に彼女はポンと大げさに手をうった。
そして母はついにそれを言い放ったのである。
「佐野もとみちゃん」
途端に場が水を打ったように静かになる。「あら」と首を傾げる母の声だけが響いた。
静寂は長くは続かないだろう。だが、誰もが先に言葉を発するのを控えるようにして僕ともう一人の彼女をみている。
僕はというと倒れそうになった体勢そのままにかたまってしまっていた。しかしあまりの場の静寂さに圧されるように、後方へと振り返った。
思い起こしてみれば、彼女だけ僕の家に来てからというもの、一言も発していなかった。
彼女はこのことを知っていたのだろうか、それならばいつから。まさか出会った当初からだろうか。そんなことを混乱する頭で考える。僕の心をうめるのは不安だった。
ただとにかく今は彼女の表情をみたい。久しぶりだという彼女は、いったいどんな顔をして僕と対面するのか。それを知りたい。
「えっと……そういうことみたい、お久しぶり『ガっちゃん』」
おそるおそると振り返り視線が合った彼女は苦笑していた。
それは悪戯がばれた子供のような微笑みだった。
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