人はいかに生きるべきか?

 眠りについたので、僕の脳は再び生産性のない思考に没頭ぼっとうしていく。


 思い起こされたのは昔の経験であった。


 夢らしく何もない『白い』場所。そんな中で一人の少女が僕を「ガっちゃん!」と呼んで、こちらに来いと手招てまねいている。そのそばには一本の柿の木があって、架けられているのは脚立きゃたつであった。


 ──ああ……懐かしいな。


 彼女は僕の『親分』だった。

 もう、どんな人だったのかは覚えていない。それでも僕にとっては大事な人だった。だから、夢を見ながらに少年の姿をかたちどった僕にとっては、彼女の言うことは絶対である。疑問をさしはさむことはせずに駆けよった。そして脚立の足をつかんで揺れないように固定すると、少女に向かって合図をおくる。すると彼女の顔がニンマリと楽しそうに笑んだことだけは理解できた。


 少女は脚立を勢いよく登っていき、嬉しそうに柿をもいでいく。

 僕はそんな彼女を見上げながら、作業が終わるのをジッと待っている。


「ほう……君はこんなことが楽しかったのかい?」


 すると不意に横合いから声をかけられて、そちらに目を向けてしまった。そこには何故なぜかマスコットみたいなウサギ──ギミックがいる。

 夢だけあって、辻褄つじつまがまったく合わない出来事できごとだ。しかし夢なのだから仕方ない。

 幼い僕は、現在の僕と混同した思考のままに彼へと答える。


「いいだろう」


 自慢げな顔を見せつけてやると、ギミックは不思議そうに尋ねてきた。


「君達のやっていることは公序良俗こうじょりょうぞくに反しているよ?」

「知ってるさ。もちろん今じゃ、こんなことする気はカケラもないさ」

「クソガキだったんだね」

「それこそが栄誉えいよだよ」

「なるほど勉強になるよ」


 ギミックもギミックで、僕を助長するように、本気で感心した顔を見せるものだからタチが悪い。幼い僕はますます調子づいていく。


「それで……どうしてお前がこの場所に出てくるんだ? おかしいだろう」

「ガッちゃんがあまりにも楽しそうな夢を見ていたからね。つい、声をかけてしまった」


 ギミックは悪びれもせずに「許してくれたまえ」なんて言う。そんな彼の態度に、いつもの僕ならば文句の一つや二つは述べていたことだろうが、今はそんな気にならない。なんてったって気分がいい。


 ギミックの質問は続く。

 僕はそれに答える。


「楽しいかい?」

「ああ」

「どこがだい?」

「どんなことであれ、げようとすることは楽しいさ」

「驚いた」

「何がだよ?」

「君がちゃんとした答えをくれるとは思わなかったからさ」


 僕はふと、ギミックと初めて出会ったときのことを思い出した。あの時も、目の前の自称人工知能は極めてややこしい悩みを抱えていた気がする。それは確か──人はどうして生きるのか?


「起きているときでも、私の疑問に答えてくれるとありがたいんだがね」

「僕の言葉が正解なわけないだろう」

「まあ、そうだろうね」

「否定しろよ」


 彼の言葉へと反発を示しながら、僕は気づいていた。せせら笑うように声をあげるギミックは、もしかしたら、自分自身のことを笑っているのかもしれない。彼はいつも自らのことをこそ、馬鹿にしながら自嘲じちょうをしているのだ。


ぞくに言う『自ら出した答えじゃないと価値がない』ってやつだね? けれど私にはそんなことはできないのさ。自身で答えを生み出すことができない。いつも誰かの模倣もほうをすることしかできない。誰かの答えに『イエス』か『ノー』を突きつけることしかできない。けれど──そんな私は間違っているのかい?」


 だから僕は、そんなコイツのことが無性むしょうに腹が立つのだ。

 まるで自分自身を見ているようで──


「ああもう、うるさいなあ! ──いいかギミック? 夢だから言うけどさ」


 よって僕は大声を出して、目を丸くするギミックに言ってやる。「お前は考えすぎなんだ」と伝えるために。


「『人はいかに生きるべきか』だっけか? そんなのはな――」


 そこまで言ってから僕は言葉を詰まらせる。ここまではただ感情のままにしゃべっていただけだから『答え』なんて用意していなかったのである。

 しかし、ここは夢の中だ。

 その言葉に整合性がなく、その思考に合理性がなくても──ただ思いつきのような『答え』が出てくる。




「そんなのは──




 僕からは見えなかったが、頭上の『親分』が笑ってくれたような気がした。


「──そうか」


 ギミックは黙っていた。そしてジッと瞑目めいもくしたままに「そうなのか」と再度呟いた。


「それは素敵な答えだね。参考にさせてもらうよ」


 するとギミックの言葉とともに夢の世界が暗転する。『白い』場所が一転して『真っ暗闇』になってしまう。しかし不安はない。ぼんやりとした頭で理解する。


 これは夢から覚めるのだな、と。


 そうして思考が覚醒するのを待っていると、客室乗務員のアナウンスが聞こえてくる。

 どうやら、もうすぐ飛行機が着陸するとのことらしい。

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