夏と帰省と『ガっちゃん』⑤

 眠りについたので、僕の脳内は再び生産性のない思考に没頭していく。

 思い起こされたのは昔の経験であった。

 少女が僕を『ガっちゃん』と呼び、こちらに来いと手招いている。

 その傍らには脚立があり、その後ろに柿の木がある。僕としては憧れの親分のすることに疑問などもたずに、駆けよる。脚立の足を揺れないように抑え込むと少女に向かって合図をおくった。彼女の顔は覚えていないので分からないが、ニンマリと笑んだことだけは分かった。


「ほう、君はこんなことが楽しかったのかい?」


 彼女の作業が終わるまでジッと待つつもりであったが、不意に横から声をかけられてそちらに目を向けてしまった。

 そこには何故かギミックがいた。

 夢だけあって、辻褄がまったく合わない出来事だが、夢だから仕方ない。幼い僕は、現在の僕と混同した思考で彼に返答した。


「いいだろう」

「君のやっていることは公序良俗に反しているよ」

「知ってるさ、今じゃあする気もないよ」

「クソガキだったんだね」

「それこそが栄誉だよ」

「なるほど勉強になるよ」

「それで、どうしてお前が出てくるんだ、おかしいだろう」

「気になってね、つい声をかけてしまった」


 ギミックは悪びれもせずに言う。


「楽しいかい?」

「ああ」

「どこがだい?」

「どんなことであれ、成し遂げようとすることは楽しいさ」

「驚いた」

「何が」

「答えがもらえるとは思わなかったよ」


 僕はギミックと初めて会ったときにこの種の会話をしていたことを思い出した。やはり夢らしく、経験に則するらしい。


「起きているときでも私の疑問に答えてくれるとありがたいんだがね」

「僕の言葉が正解なわけないだろう」

「まあ、そうだね」

「否定しろよ」

「自分で出した答えじゃないと価値がないってやつだね、けれど私にはそんなことできないのさ、誰かの答えを肯定するか否定するかしかできない、けどそれは間違っているのかい」

「ああもう、うるさいなあ、いいかギミック、夢だから言うけどさ、お前は考えすぎだ」

「そうかな」


 うんざりといった顔をして「ああ」と強くうなずく。


「人はかく生きるべきか、だっけか、そんなの――」


 僕はそこで言葉を詰まらせる。しかし、ここは夢の中。その言葉にその思考に合理性がなくても、ただ思いつきのように『答え』がでる。


「誰かひとりでも楽しくさせられたらそれで十分」


 僕には見えなかったが、頭上の少女が笑った気がした。


「それは素敵な答えだね、参考にさせてもらうよ」


 ギミックが言うと、視界が暗転する。頭もぼんやりとしていることがわかる。

 しばらくすると耳にアナウンスの声が聞こえた。

 もうすぐ着陸するとのことだった。

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