夏と帰省と『ガっちゃん』④

 八月も半ば頃。僕たちは空港の展望デッキの上に立っていた。青空の下、広い空間に、轟音が響く。飛び降りてきては去っていく鉄の鳥たちを眺めては、全員で「おおー」と感嘆の声をあげていた。今日こそは出発の日である。


「ありす知ってるか、あれに乗るときは裸足じゃないといけないんだ。土足厳禁」

「ウソをつく」

「そうだぞー久我君、いい加減なことは言うもんじゃない。ところでありすー、パスポートはちゃんと持ってきたかい?」

「もうっ」


 離陸し着陸する飛行機達を見つめながら、僕とかおりが声をかけるとありすはすねたようにむくれてしまった。「馬鹿にしないでっ」と叫ぶ。

 そうは言っても目を爛々と輝かせて飛行機を見つめ、時折に青い顔をまじらせながらジッと動こうとしない子供がいたのなら、正しい大人としてはそれをからかうのが役目である。僕に責はない。

 かおりと他の皆との顔合わせは先程に済ませていた。あまり心配していなかったが、かおりは早々に自らの立ち位置やら距離感など算出したようで、初対面の人間とも危なげなくつきあっている。期待した通り、僕達の目の届かないところでありすの面倒も見てくれるようだ。僕は安心してありすを彼女に任せ後方の野郎共のもとに向かう。


「久我、お前ってやつは――どうしてあんな人との関係を黙ってたっ」

「おーい高木、大倉が暴走している」

「ほっとけ、それよりギミック、うまいラーメン屋の目星とかある?」

「こんなのはどうだい?」

「おおー美味そう」


 大倉はおいておくとしてギミックと高木は脳内端末を通して食べ歩きの情報をやり取りしている、僕も見せてもらったが確かに美味そうである、とはいうものの僕はそこまでラーメンが好きではないのでそれなりに。


「座席決めをしよう」

「なんだよ大倉、中学生みたいなことを言い出して」

「かおりさんの隣がいいんだろ、別にそれでいいよ」

「いや、それでは面白みがないな、私が決めよう、安心したまえ公平公正に無作為決定してあげよう」


 大倉が狂っているのに便乗してギミックが提案してきた。僕や高木としても異論はない。一応ありすやかおりにも確認したが「どうでもいい」とのことで、その話は決定する。

 そうして時間も迫ってきたので出発ロビーへと移動する。

 大勢の人間の中でも、ありすは慣れてきたのか堂々として歩いている。時折かけだしそうな落ち着きのなさを見せるが、それは緊張や不安といった感情からではないだろう。

 手荷物検査を終え、搭乗口を通り越し、とうとう搭乗となる。そのときになりギミックより座席の発表となった。僕たちは三席ある座席を二列、固まって確保していた。その後列が右より大倉、高木、かおり。前列がありす、そして僕というように相成った。高木が右からの重圧に冷や汗をかいているのは言うまでもない。


「ではありす。私はしばらく大人しくしているので、そのように」

「うん」


 ギミックは現在ありすの肩の機器から投影されているが、離陸する前には機器の電源を落とすように空港職員から言われていた。


「ではガっちゃんも、私が恋しくなっても相手をしてあげられないからね」

「なんだそりゃ」


 そうはしなくても脳内端末をもつ僕達からギミックの姿は確認できるはずなのだが、何を思ってかしばらく姿を消すという。まあそうしないとありすが疎外感を感じてしまうからだろう。別に異論はない。


「ではまた会おう」

「あ……」


 ギミックの姿が消えた途端、ありすは不安そうに僕を見てきた。その様子は年相応の子供のものだ。僕は彼女を不安がらせないようになるべく明るい話題を用意したが、彼女は意気消沈したように「うん」としか答えない。

 これはまいったと、途方にくれていたならば、左手に人がやってきたことに気づく。


「あの、隣、いいですか――って、あ」

「え」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこに見知った人物が立っている。

 もとみだった。


「久我君、どうしてここに?」

「いやどうしてって」


 困惑してしばし動きがとまったが、通行の邪魔になるともとみが座席へと座る。その後、互いに状況を説明しあった。僕は実家を利用して旅行の一団をひきつれているのだと。彼女は純粋に帰省するのだという。

 まさかバッティングするとは、なんたる偶然であろう。


「ああ紹介するよ、この子が前に言ってた、ありす」

「こんにちは、ありすちゃん」

「こんにちは……えっと」

「彼女は佐野もとみさん」


 もじもじとして煮え切らない態度をとるありすは借りてきた猫のようだ。しかし、それでも新たな話相手の登場でぽつぽつと話すようになる。風向きがよくなってきたようだ。これ幸いと僕は二人が話すのに合わせて、要所要所で二人の繋ぎ役をつとめる、実に楽だ。だがそれもありすが僕の名を呼ぶまでだった。


「がっちゃん、トイレに行ってくる」

「あ、それじゃあついて――」

「いいっ」


 ついていこうと言いかけると頑なに拒否されてしまった。すると気を利かせてくれたのか「私もしたい、連れションしようぜー」とかおりがありすを引き連れて行ってしまう。助かるがその言い草はどうなのか。


「久我君って、『ガっちゃん』って呼ばれてるの?」

「え、ああうん、昔、そう呼ばれてたって言ったら気に入ったみたい」


 唐突にもとみが問いかけてきたのに答えると、彼女はそのまま何かを考え込むようにして、黙り込んでしまった。はて、何かしら言ってしまったかと思ったが、もう遅かった。戻ってきたありすもその雰囲気にあてられたのかまたもや口数少なくなってしまう。気まずかった。思わずギミックを心中にて呼んだほどだ。仕方ないので後方に助けを求めようにも、大倉がかおりに必死に話しかけているようだし、高木は寝ていた。

 そこで僕は、これはもう仕方ないと割り切って眠ることにした。高木を見習う形だ。

 両隣に「僕は寝る」と宣言して瞼を下したのであるが、度々にありすから起こされる。どれも大した用事ではなく、用事が済むと黙り込む。話したいのか話したくないのかはっきりさせて欲しい。


「ガっちゃん、ガっちゃん」

「はいはい……鳥に羽が生えているのはね、青いお空を夢見たからよ……」

「起きてーっ」

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