夏と帰省と『ガっちゃん』③
僕は寝床からもそもそと起き上がると、カーテンを勢いよく開いて気持ちのいい朝を演出してみたが、空模様は生憎の雨であった。モヤモヤとした一日の始まりだ。
今日はアルバイトもなく、予定という予定がない。そんな日は必ずと言っていいほど遊びに来ていたありすとギミックも、今日は宝塚の家族達と一緒に出かけるので来ない。
ありすは彼らと上手くやっているようであった。特に宝塚の実娘の二人からは小さな妹ができたとして、蝶や花やとばかりに可愛がられているようだ。二人とも実家を離れて生活しているらしいが、度々に帰ってきてはありすの衣服を着せ替えて歓喜しているとのこと。そういえば彼女は毎度毎度、服装が変化し、お洒落さんであった。今日もきっと新作を購入してくるのだろう。
そんなわけで今日は僕にとって久々の自由な一日であったが、だからといって特にすることもない。部屋の掃除など家事をこなすと午後からすることがなくなってしまった。
しかし外をみると雨は小降りになってきたようで、僕は傘をさして外にでた。向かう先は喫茶『のもと』だ。
カロンコロンとベルを鳴らして入店すると、もとみが出迎えてくれた。いつものようにブレンドコーヒーを注文する。相変わらずおいしくて僕はホッと一息ついた。
「今日は雨でお客さん来なかったから助かったよ」
「そうなの、それでそんな多忙なもとみさんはこの暇人になにか用かい?」
「うわ腹立つわね」
「冗談はさておき、することを失くすといつも思うんだけど、僕ってば無趣味なんだな、と。なにか面白いことはない?」
「ないよ」
「そんなご無体な」
「あれだよ、『おもしろきなき世をおもしろく』」
「ああ、そういうこと」
「面白くないって考えてるからおもしろくないんだよ、きみ、何事も考え方次第さ、こうやって私と他愛無い話をするのもまた趣があるでしょう」
「今日はやけに饒舌だね」
「だって暇だったんだもん」
「いやそこは暇な時間を楽しみなさいよ」
そうやってもとみととりとめない話を続ける。仕事熱心な彼女なので、こうやって話し込むことは珍しい。その後も延々と話し続け、好みのうどんの味についてある程度の決着がついたところでもとみが尋ねてきた。
「ところで久我君たちはどこかに出かけるの?」
その質問に僕は「そうだよ」と答える。
せまる来週に泊まりがけで旅行に行くことになっている。メンバーはありすとギミック、高木と大倉とかおり。行き先は九州の僕の実家だ。僕に時間の余裕が生まれたので、どうせなら遠方へと数日かけてという話になったが、それほどの金銭的余裕が僕にあるわけもなく、そういう次第になった。ありすやギミックが話に便乗してきたこともあり、女手が欲しいとかおりも誘った。かおりはともかく順平から待ったがかかるかとも思ったのだが、それどころか「わかってるな?」と意味深に確認された。
わかっていますとも、決して娘さんに手をだしたりはしませんとも、ええ。
「いいなー旅行」
「どこかに行く予定とかないの?」
「ないなぁ、あっても実家に帰省するぐらいしか――」
もとみがそこまで言いかけた途端にカロコロンとベルの音が鳴った。新たな客がやってきたのだ。そうなるともとみは本来の仕事へと戻っていく。軽く手をふってこの場を離れていくと、僕は一人でポツンと取り残されてしまった。
コーヒーを口に含む。多少ぬるくなったせいか若干ものたりない。
「おやおや、残念だったね、もうちょっとあの娘と話したかったかい?」
「ぶっ」
突然の言葉に驚いてカップにコーヒーを吹き戻してしまう。店の出入り口へと目を離していた間に、僕の正面に一人の人物が座っていた。
「お前は――」
「なんだいガっちゃん、そのよそよそしい言い草は」
その姿はギミックであった。見慣れていたマスコット姿ではなく、出会ったときの中性的な顔だちの人型だった。
「お前どこから入ってきた?」
「奇異なことを言う、私を何だと思っているのかい? まあどうでもいいじゃないか」
ギミックは「そんなことより君に話があるんだ」と僕の疑問を流しさる。そういえば彼は拡張現実であった。最近ではあまりにも普通に接していたので忘れかけていた。
「まずは謝礼を、せっかく二人だけで話しているんだ、まずはこれを言わせてくれ。ありがとう」
「なんだよ改まって」
「ありすのことさ」
ギミックから頭を深々と下げられる。僕としては遠慮せずそれを受け入れた。
「彼女は孤独だった。私はそんな彼女に教えてあげたかったのだよ」
「何をだよ」
「自らが孤独であるということをだよ」
ギミックの話はそんな思想的な発言から始まった。
「私は孤独というものが好きだ。他からの影響を受けずにただ自らと向き合うことは心を鋭利に、合理的にしてくれると信じている。けどね、たった一人で自分と向き合っているとすぐに隅々まで整頓できてしまうんだよ、そうなるともう変化が起こらない、だから私は他者と交わる。そこから雑多な情報をくみ上げたのちにまた余分なものを削ぎ落す作業に入る。その繰り返しだ。不思議なものだ、私は孤独が好きなのに、それを実感するためにはどうしても孤独じゃなくなる必要がある、ジレンマだ」
僕はそんな話にどう相槌をうてばいいのか分からず、黙して聞いていた。
「そんな私の話は別として、ありすも人の輪の中に入れてほしかったんだ、そこから彼女に結論を出してほしい、孤独がいいのかそうではないのか」
「なんの話なのか、よく分からんが、お前が間違っていると、僕は思う」
「君ならそういうと思っていたよ」
ギミックは「納得だよ」といつもの笑みを口に浮かべる。
「しかし君も大概だね、ここまで関わりながらどうしてなにも聞いてこないんだい?」
「いやだって深く関わりたくない」
「君は私に似ているよ、ガっちゃん」
「一緒にすんなよ」
僕は心底嫌な気分になって返した。
「それはさておいて、なにか君の益になるようなことで礼をしよう。さしあたっては素敵な出会いとかはどうかな?」
「合コンでも組んでくれるのか? いや、別にいいや」
「そうかい?」
自らのためだけにセッティングされた合同コンパなど、僕には恐れ多すぎる。
「ではそろそろお暇するとしよう、ありすが助けを呼んでいる。まあ、姉さん達に可愛がられているだけだろうけど」
そう言って、ギミックは僕の目の前からふっと姿を消した。あまりに一瞬に姿を消したので僕の脳がついていけていない感覚。これは慣れない。
もとみが僕の横を通るときに「いまそこにいたのギミックさんだよね?」と尋ねてきた。僕はその質問には「ああ」と答えて、彼女に質問を返した。
「孤独が好きなやつなんているもんかね?」
「スナフキンがそんなこと言ってたね」
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