最近はどうにも夢見がいい。

 僕は夢を見ている。


 夢であるからして、脳はとりとめのない事柄について考察を始めた。それは自身でも気づいていない、僕の隠された信条に対するものだった。


『自分が何者であるのか、探求することこそが人生の意義である』


 ──というのが僕の持論じろんであるらしい。


 なんだか……恥ずかしいので誰にも打ち明けたくはない本音だなと思った。しかし、同じような思いを持つ者は少なからずいるだろう。


 僕には幼少のころ、なりたいと願った人物像があった。

 僕は『警察官』になりたかった。

 理由は単純、父がそうだったからである。


 正義感にあふれた父は僕にとってあこがれの人で「いつか父のようになりたい」と考えたのは、子供としてごく自然な感情だったように思う。


 しかしその憧れは、殉職じゅんしょくした父のひつぎの前で、泣き崩れる母を見たときにあきらめた。


 暴漢から市民を守るために父はその身をあっけなくささげた。

 立派である。

 しかし、あえて言うならば短慮たんりょでもある。


 僕はあの時の母の背中を忘れることができない。だからこそ、残された彼女をないがしろにすることは躊躇ためらわれた。これ以上、僕が社会にじゅんずるわけにはいかなかった。


 そうなると、僕は誰に対して憧れを抱けばいいのか分からなくなった。


 僕はふさぎこんでいた。

 多感な時期に父親を亡くしたのだから仕方のないことである。


 それを知っていたからこそ、周囲の人間の誰もが、僕に関わろうとはしなかった。同級生たちは僕をれて痛々しいもののように扱い、担任教師に代表される大人たちは僕をいつくしむべき対象として隔離差別かくりさべつした。


 今になって振り返ってみると、その感性は「根性がひんまがっている」と言える。だが、当時の僕にとっては、噓偽りのない真実だったのである。


 味方なんてこの世に誰一人としていやしない。


 しかし、そんな風にやさぐれていた僕へと関りを持とうとする人物が一人だけ現れたのだ。




 ──それじゃあ、あなたは『ガっちゃん』ね!




 そいつは少女だった。くわえて非常に破天荒な人であった。


 その所業について詳細を述べると顰蹙ひんしゅくを買ってしまうので控えるが、悪戯いたずらの限りを尽くすような悪童であった。僕は彼女から『子分こぶん』の名誉を頂戴すると同時に『ガっちゃん』というあだ名を拝命したのである。


 二人でそれはもう色々とやった。


 その暴挙のほどは保護者会の議題にのぼるまでに至った。「近所で噂の悪ガキどもがいる」と取り沙汰されるほどに。しかし、当時の日々は僕にとって痛快であったことを覚えている。母も僕の愚行に怒りはしても、どこかしら安堵あんどしていたようにも思う。


 僕の『親分』は、決して、下を向いて歩くことをしなかった。常に堂々と顔をあげて人生の行路を歩んでいた。「向かうところに敵はない」と言うかのように。

 僕はそんな彼女に憧れたのである。


 けれども、そんな日々も長くは続かなかった。彼女は早々に僕の前から去っていった──引っ越したのだ。そうなると、またもや『憧れの人』を失くした僕は大人しくなる。


 かくして僕は『ガっちゃん』という名前だけを残して、凡庸ぼんような日常へと戻ったのである。


 そして時は経ち、現在になって、再度そんな久しい『あだ名』で僕は呼ばれている。『ガッちゃん、遊ぼう』と。


 はたして『ガっちゃん』という人物はいったい『何者』なのだろうか? そう呼んでくれる小さな少女に、憧れを抱かせるまではできなくとも、何かしらを残してやれるような、そんな人物になる事はできるのだろうか。

 そんなことをふと考える。


 すると遠く頭上から、アラームの音が聞こえてくる。


 ああ、あれは目覚ましだ。僕はそろそろ夢から覚めるのであろう。

 そう思った途端に目蓋まぶたが開いた。

 しばらくはぼんやりとしていたが……次第に頭がはっきりとしていく。夢の内容は例のごとく覚えていない。ただ、どこか懐かしく心地よい、そんな夢だったと思う。


 最近はどうにも夢見がいい。

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