子供が描く絵

 僕たちが向かったのは大学近くの公園だった。比較的都心に近い場所で人通りも多く、遊歩道が整備されて大きな池まである。


 当初こそ、自宅近所の小さな公園で満足していたありすであったのだが、こちらの方が絵のモチーフがたくさんあると知ると、少し遠出をするようになった。


 しかし、そうは言っても昨今の公園にはオブジェ自体が少ない。そんなのはとっくの昔に拡張現実へと置き換えられている。そうなると脳内端末を持たないありすのために、絵の題材は大木たいぼくなどの自然物に限定されるのである。


 よって僕たちは公園の池が見渡せる木陰こかげの下に座り込む。公園側も、ここが座る場所に適していると分かっているのだろう、ミストシャワーが近くに設置されているからありがたい。


 そこで僕は画用紙と色鉛筆を手にとった。


 なんのことはない、僕も『お絵描き』に参加するのだ。最初はありすが筆を動かしているのを眺めていただけだったが、一人でほうけるのにも飽きたので、いつからか彼女にならうようになった。


 そしてありすは宝塚に買ってもらったクレヨンを、ギミックはウインドウ画面をたちあげてデジタル画を、それぞれに準備する。


「画伯、今日のテーマは何がいいかね?」

 

 ギミックが問うと、ありすが気取った口調で答えた。


「それじゃあ今日は『夏』でいきましょうか」


 その一言で題材が決まる。

 僕たちは一枚の画用紙に『夏』を表現しなければならない。

 

 それからはただ黙々と手を動かすだけの時間が流れる。


 耳に聞こえるのはジージーとうるさい蝉の声、目に見えるのは犬の散歩などで通り過ぎていく人々の雑踏。あとは日光がジリジリと辺り一帯を焼いているのが肌で感じられる。時折ときおり、木陰の裏からヒュウと吹き抜けていく風がミストシャワーの水滴を巻き込んで、僕たちに涼を感じさせてくれた。


 悪くない時間だった。


 すると途中で、僕の視界にポップアップが表示される。ウインドウを開いてみると、学友である高木から『今どこにいる?』というメッセージが届いていた。居場所を伝えると、数分もしないうちに、大倉と二人連れ立って公園までやってくる。


「おー……暑い中によくやるなぁ」

「ありすちゃんは何を描いてるんだい?」


 二人は気負いもせずに声をかけてきて、そのままありすの画用紙をのぞき込んでいる。彼らとありすは初対面ではなかった。夏休みが始まった当初、年端としはのいかない少女を相手にどう対応すればいいか分からなかった僕が、彼らに応援を頼んだことがあったからだ。


 そのときはギミックの提案で『缶蹴かんけり』という聞いたこともない遊びに興じることになったが、脳内端末が存在しない頃のいっそ古典的ともいえる遊戯は、あれで中々に白熱した。ありすには体格的なハンデがあるので不利にも思えたが、ギミックがあらゆる妨害を用いて彼女に味方すると太刀打ちできる者はいなかった。


 ありすが画用紙を僕にだけは見せないようにして立ち上げる。


「こんなの」

「ほー」

「んで、久我はどんなのを……ふむ、ありすちゃんに教えてもらったら?」

「うるせえよ」

「私のは見なくてもいいのかい?」

「いや、ギミックのそれは写真じゃないの?」


 高木と大倉はしばらくの間、やいのやいのと僕たちと雑談を交わすと、ようやく本題に入る。


「んでさ、前に言ってた旅行の件なんだけど」

「ああ、大丈夫。準備はできてるよ」

巫女みこさんの方はどうなった?」

「大倉……お前なぁ……まあいいや。声かけたら『オーケーよろしく』だって──」


 そうしたやり取りを済ませると、用は無くなったのか高木と大倉が公園を後にする。なんでも長期旅行に備えて買い物をしに行くらしい。


 手を振りながら去っていく彼らを見送ると、残った僕たちはお絵描きの続きを再開することになる。とはいえそろそろ、それなりに時間が経過しているので、あまり間も置かずに仕上がった。


 互いに作品を披露ひろうしあう。


 僕とギミックは同じ構図の写生しゃせいであった。池があり、その奥には公園の木々たち。手前には遊歩道を歩く人々がいる。技量の差こそあれども、描いているモチーフについては二人とも変わらない。


 違いがあるとすれば、僕の絵の方が『夏』というテーマが強調されていることだろうか。陽射しを際立たせてみたり、蝉の姿を描いてみたりしている。しかし、まさに『下手へた横好よこずき』というか……ゴチャゴチャと小手先のモチーフを並べ立てているだけの絵はチープでもある。


 対するギミックの方は、極めて写実的であった。まるで、とある一瞬をありのまま切りとったようで──実際の写真をイラスト風に加工したかのような出来栄できばえだ。

 その技量については窺い知れるところではあるのだが、しかし──


「なんか……気持ち味気あじけないな」

「やはりガッちゃんもそう思うかい?」

「なんだよ、急にしおらしくなって」


 ギミックの絵はなんというか無味乾燥むみかんそうな気がした。具体的にどこがと問われると困ってしまうが、描いた本人も自覚しているようなので、あながち間違った指摘でもなかったのだろう。


 ギミックは言う。「これでも想像力を働かしてみたんだけどね」


 なんでも他人の絵の傾向を学習して、模倣をするだけならば大得意であるらしい。だが、自身が描きたいものを描くとなると、途端に自信がなくなるという。その感覚はよく分からないが、まあ誰にだって得手不得手えてふえてはあるものだろう。


「んじゃ画伯は?」

「うーんとね──こんなの」


 そして最後にありすの絵を見せてくれと催促すると、彼女は笑顔で画用紙を掲げてくる。


「ほう……」

「へぁー」


 思わずギミックとともに感嘆の息をついてしまった。彼女の書き上げた絵画は、素人目しろうとめに見ても理解できる素晴らしいモノであったから。


 なによりも特徴的なのは──というか、そもそも僕とギミックとは被写体がまるで違うのだ。


 えがかれているのは池の先にある一本の木。

 その根元には画用紙と画材らしき物体が散らばり、そして、手前の野原では四つの人影と一匹のウサギがワチャワチャと躍動的に描かれている。一つの空き缶を囲みながら。


 それはおそらく池の向こうから、ここにいる僕たちの様子を描いたものだった。


 僕らはお絵描きを中断して、遊びに来た高木や大倉とともに、缶蹴りに興じているのだろう。そんなストーリーを容易に想像させてくれる。見るものが楽しめるような、そんな絵であった。


 脳内端末が普及して、見えないモノが見えるようになった現代において、それを持たないはずの彼女の方が、誰にも捉えられない情景を描いた。そんなところにちょっとした驚きを感じてしまう。


 ──この子の目には、いったい何が写っているんだろう?


 僕はつい、彼女の目に映る世界がどんなモノなのかを想像してしまう。

 しかし、子供の想像力を大人になった僕が思い描けるはずもない。


「題名は『缶蹴り』です」


 よって鼻息を荒くして題名を宣言するありすに僕は思う。

 

 ──けれど『夏』というテーマを表現できているのは僕の絵のほうだな。


 それはちょっとしたくやまぎれである。

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