たとえ頭に機械を埋めようと、人の営みは変わらない②

 デリバリーのアルバイトを終えると即座に自宅へと戻ったが、ゆっくりとできる時間はあまりない。なけなしのき時間を仮眠にあてると、僕はまたも家を出る。


 天上はすでに薄ぼんやりとしていた。


 もう七月であるからには日の出の時間が早い。とはいえ早朝であることには変わりないので、外を出歩く者の数は少なかった。裏路地へと入ればすぐに人がいなくなる。


 そんな無人の小道を一人だけで歩いていく。


 歩道橋を越えると川に出て、そこにかかる河川橋を渡る。道路の橋に、川の橋。二つの橋を渡るこの道行みちゆきが僕は好きだった。少しの時間だけ、橋の上からの広い景色を堪能すると、再び歩き始める


 そうして最寄り駅へと到着する。さすがに駅近辺からは人の往来が多くあったが……誰も彼もが眠たそうに視線を下へと向けている。気持ちは分かる。人はなぜ、気づいた時には地面を見てしまうのだろうか、そこに何かが落ちているわけでもないのに。


 そんなことを考えながらにホームへと上ると、ちょうど発車しようとしている電車を見つけて、それに飛び乗った。


 しばらくの間、電車に揺られる時間が続く。


 そうして、たどり着いたのは──大学のキャンパス駅だった。そこから通路をぬけて大学構内へと入る。だが、僕の目的はここではなく、そこを通り抜けた先である。大学はただの通りがかりだった。

 よってキャンパスをまっすぐ縦断すると、またしばらく歩くことになる。

 そうして家を出てから約一時間半が経過して、ようやく僕は目的地へと到着した。


 そこは神社である。


 大きな神社だとは言い難く、比較的、小規模なやしろが鎮座しているが、その佇まいには厳かさがあった。決して寂れているわけではない、古式な雰囲気。威厳のある風貌が来る者に「ここに御坐おわします神仏は、きっとご利益が顕著であるに違いない」と思わせる。


 そんな神社の境内にて、白衣に緋袴ひばかまをきた女性を見つけたので声をかけた。

 

「おはようございます。かおりさん」

「おー、おはよう。久我くん」


 すると、覇気のある声音が微塵みじんも隠せていない、気持ちのいい挨拶が早朝の境内に響き渡った。


「久我くんはあいかわらず元気だねえ……たまには寝坊くらいしようよ。わたしゃ眠くて眠くて」

「そんなこと言いつつ、僕より早いじゃないですか」

「いちおう本職だからね、寝坊したら示しがつかんのさ。残念なことに」


 彼女はこの神社の巫女であり、名前を佐藤かおりといった。

 特筆すべきはその長身であろう。僕と同じぐらいの背丈がある。僕であっても人よりも高い方であるのに。そして、そんな恵まれた体格の割には控えめな性格──なんてこともなく、ただただ豪気な人物であった。性格も竹を割ったような人だ。


 そんな彼女が「はーやれやれ……」などと、くたびれた風を装っているからには「これはツッコンで欲しいのかな?」と思って、尋ねてみる。


「かおりさんって、としはおいくつでしたっけ?」

「あらやだよ。女性に年齢なんてきくもんじゃないぞー、青年よ……まあ、二十ですけど何か?」

「俺よりいっこ上なだけじゃないですか、なにを年寄りぶってるんですか」

「ええい……! 年若としわかくて綺麗きれい乙女おとめだろうが、眠いもんは眠いっ!」


 自分で自分のことを『綺麗』だとか『乙女』だとかのたまっているかおりさんは、そのまま豪快に大あくびをかましていた。僕の真正面で大口を開けているものだから『のどちんこ』が見えている。

 そんな彼女の様子に、僕はつい苦笑してしまった。


 この人はこういう人である。つまりは男女を問わずにしたわれるような素敵な女性だった。


 そして彼女が境内の落ち葉をかき集めていることに気づくと、僕も竹箒を取ってきて、彼女同様に掃き掃除を始めた。かおりさんも何も言わずに作業を続けている。

 しばらくはそんな風に、二人で無言の作業をこなした。


 そして落ち葉が粗方あらかたに集まった頃になって、かおりさんが尋ねてきた。


「なー久我くん。手伝ってくれるのはありがたいんだけど……自分の仕事の方はいいのかい? まさか何の用事もなく、参拝しにきてくれたってわけじゃないだろう?」


 確認するの遅くない? まあいいけど。


「竹箒とるついでに社務所で聞いてきました……滝口さん、まだ出勤してないらしいんですよ」

「そういえば……滝口のおいちゃん『今日は午後からだ』って言ってたな……んじゃなんで君は、こんな朝早くから来たのさ?」

「なんでも……時間外に何か作っておきたいものがあるらしくて、その準備の手伝いをちょいと頼まれたんですよ」


 滝口さんというのはこちらの神社に雇われている用務員の方である。年配の男性で、僕は彼の元で『お手伝いの若衆わかしゅう』というアルバイトをしているのだ。人手ひとでがいるときにだけ呼ばれるという、なんともアバウトな労働でもあったが、こうしたアルバイトを、僕は大学における研究室の先輩から受け継いだのである。


「ただまあ──あの人はご存知の通り、時間にルーズですから」

「いっぺんガツンと言ってやんなよ。それとも私の方から言っとこうか?」

「いやいやいや、いいですいいです」


 拳を振りかぶっているかおりさんに言う。

 ここでの労働に不満はないと。


「そういうのも含めて、僕は満足しています」

「本当にー?」

「そうですよ……だって昨日なんてですね――」


 そうして僕はかおりさんに、昨日のデリバリーでの顛末を語る。客から受けた仕打ちに対して、僕が仕返しに何をしたのかまで。すると彼女は話を興味深そうに聞いたていたかと思うと、最後にはプリプリと怒り出した。


「何だそれ信じらんないな。どこのどいつだよソイツ。私が呪っといてあげるから住所と名前教えなさいよ」

「個人情報なんで詳しく言えないんですよね、これが」

「そっかー……せっかく──」


 するとかおりさんは境内の隅に置いてあった、一つのビニル袋を持ってくると、中身を開いて僕に見せてきた。


「──呪いの道具一式が、ちょうどよくあったのになー」


 その中には「いかにも!」といった五寸釘に藁人形が入っていた。つまりこれはアレである──うしこく参り。人が脳内に機械端末を埋め込むような時代に……よくもまあ。


「どうしたんすか、これ?」

「ん、今朝、そこのイチョウに打ちつけてあったのさ。いやー……さすがの私も、これには引いちゃったからね。こうやって笑い話にしないとやってけないわ──あ、これで呪いが久我くんにうつっちゃっても私にはせきはないからね」

「いや、なんつーもん見せてくれるんですか」


 かおりさんのあまりの物言いに、うすら寒い思いをしながらも苦笑する。確かに、こんなものを見てしまったのなら、笑い話にでもしないと気分が悪いだけである。僕もそのうちに『厄払い』として誰かに話さねばなるまい。


 そのようにかおりさんと雑談に興じていた。すると、社務所の方から人がやってきて、渋く低い声音で僕たちに呼びかけてくる。


「なーにを騒いどるんだ朝から、口じゃなく手を動かせ手を」


 紫色のはかまを着た神職の方が、厳しい視線でこちらを見ていた。細身で痩せているが、もし喧嘩したとしても絶対勝てない自信がある。中年のインテリヤクザのような男性である。 


「おはようございます。順平さん」

「あ、父さん。どうする? こんなのあったんだけど」


 彼はこの神社の神職で、名を佐藤順平という。「父さん」と呼びかけるかおりさんの言葉通り、彼女の実の父親であった。


 そして順平さんはかおりさんが差し出すビニル袋の中身を確認すると、眉ひとつ動かさずに言ってのける。


「ん、ああ。燃やすゴミに入れとけ、釘は燃えない方な」

「え、いいんですか?」


 思わず確認を取ると、順平さんは「何がだ?」といぶかしげな顔をする。


「いや……供養くようとかおたき上げとか」

「それは玉串を納めたものにしてやるもんだ。いいんじゃないか? 都営の焼却炉だろうと、最後には燃えるだろ」

「それで私たちに厄が降りかかったらどうすんのさ、父さん」

「大丈夫だって、丑の刻参りだろ? 怖えのは人形よりも、やってる本人の方だよ。何回か見たことあるが……ありゃ尋常じゃねえなあ」


 そう言いながら「ちっ……古傷が痛みやがる」などと横腹をさする順平さんに、僕はというと、冗談だとわかっているのだが、彼の持つ雰囲気からして本当にそこに刺し傷の跡でもありそうで……全然笑えなかった。


「何それ、こわっ! しかも、おもんない」


 するとかおりさんが僕の気持ちを二言で表してくれる。さすがは親子である、会話のやり取りに遠慮がない。

 そうしてかおりさんは「まいっか。わかったー捨ててくるー」と、ビニル袋をもって去っていく。


 僕と順平さんはそれを見送りながらも、なおも話をつづけていた。


「──なあ、ところで久我よ。お前……『こっち』の方はいるんだっけか?」

「何ですか、急に?」


 小指をたてた拳をこちらに差し出して、真顔で聞いてくる順平さんに、僕はいったい何の話だと尋ねる。その手の形から『男同士の下卑た話』なのかと一瞬、身構えたが、それにしては雰囲気が真面目まじめである。


「いやよ。お前さんが少し、やつれてるように見えてなぁ──」


 すると順平さんは「他人から指摘されないと、気づかないこともあるしな」と前置きしてから言う。


「お前は最近の若者にしちゃあ……殊勝しゅしょうに働いてくれる方だとは思ってるんだよ。ただな、体を壊さずにほどほどにしとくのも大事だぞ」


 そう言いながら苦笑する順平さんは、僕の体を労わってくれているようだった。その心遣いに感謝する……が、そこまでひどい様子ではなかろうと思って聞いてみた。


「そうですか? 体力的にはまだ大丈夫だと思うんですけど……」


 一度、本当に倒れるまで働いたことがあったので、自分の限界やらキャパシティやらは把握しているつもりである。ちなみに、そのときに比べれば、今は体感で七、八割といったところだろう。

 それを伝えると露骨に渋い顔をされるが、最後には「まあ、いいだろう」と何かしらの納得をされる。


「お前はさっさと彼女でもつくって、その娘に慰めてもらえや。お前も男だし……若いからそれでフンバレんだろ──それとも、そういう店につれてってやろうか?」


 すると今度こそ下卑た話になったと確信して、僕はいつも通りの断り文句を述べた。


「ああ~……興味はあるんですけど金欠なんで、すいません」


 その手の話は金がかかると相場が決まっている。つまり僕には縁がないのだ。


「馬鹿野郎、それぐらい俺がもってやるよ」


 ──なんと!?


「マジっすか!」


 僕は思いがけないその言葉に食いついた。

 瞬間に僕の脳内を駆け巡った『あんな考え』や『こんな妄想』は、僕の名誉のために伏せさせてもらうことにする。


 しかし──


「――あ、でも、ちょっと待てよ……まあ……そのうちに期待して待ってろ」


 そこで順平さんは急に勢いをなくして言葉尻をすぼめる。

 その様子にはなんだか、そこはかとない悲哀を感じてしまった。


 それも仕方ない。彼はこれでも奥さんの尻に敷かれているのである。きっと僕をお店につれていくための予算はおりることはないであろう。

 よって僕は、期待をしないで待つことにした。


「よろしくお願いします」

「ああ。ところで何だが――」


 すると、そう言って順平さんが話を切り替える。そして彼の視線をたどってみると「ぶえっくし!」という大声が聞こえてきた。


 見れば、境内の先の方でかおりさんがくしゃみをしている。

 その姿は『弁慶の最期さいごもかくや』というほどの仁王立ちであった。


「お前……あいつに興味があったりするか?」

「いえ、僕にはもったいないくらいの素敵な女性ですので──」


 丁重にお断りさせていただいた。

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