たとえ頭に機械を埋めようと、人の営みは変わらない③

 それなりに長いこと神社にて待機していたのであるが、結局、肝心の滝口は現れず、時間がきたので僕は立ち去ることにする。

 このままでは大学の講義に遅れてしまうのだ。

 しかし、ずっと雑務をこなしていたこともあってか、かおりさんや順平さんがご厚意として昼飯を用意してくれていた。よって社務所の奥にて、それをいただいてから向かうことになる。久々に食べる一汁三菜がそろった食膳しょくぜん美味うまかった。


「滝口には、よーく言い聞かせておくからな」

「いいなー……キャンパスライフ。私も進学すればよかったかー」


 昼餉ひるげをご一緒した二人はそんなことを言っていた。

 そんな彼らに内心で感謝する。

 思えば、今朝からなにかと体調を心配されたり……僕に対してアレコレと配慮をしてくれていたことは間違いないだろう。示し合わせた様子もないのに、息ぴったりに声をかけてくる様子は、本当に仲の良い父娘だなと感心してしまった。


 そんな二人に見送られながら神社をつ。

 さして時間もかからずに大学のキャンパスに到着した。


 人がごった返している広場を抜けて、講義棟の一つへと足を踏み入れると、大講義室へと向かう。室内のなかほどの座席が空いていたので、そこに腰掛けた。


 講義が始まるまでまだ時間があるからか、人の姿もまばらだった。周囲の学生たちも思い思いに過ごしている様子であるが、その誰もが──キラキラと活気に満ち溢れている。僕の目には、銘々めいめい薔薇ばら色のキャンパスライフを送っているように見えたのだ。


「……青春だねえ」


 まるで発光しているのではないかと疑いたくなるような学生たちを眺めながら、つい誰にということもなく、呟いてしまう。

 ふと前方に座る女子学生たちの会話が耳に入った。

 彼女らはどうやら夏休みの予定について話し合っているらしい。

 海にキャンプに合コンと、大いに夏を満喫する気のようだった。果てには「ヨーロッパ旅行」という単語すら聞こえてきて、真偽を疑う。どうやら国内に収まらずに、ワールドワイドなアクティビティを計画しているみたいだった。


 ──おかしい、同じ学生なのにそんな金がどこから出てくるのか分からない。あの娘らは、可愛い顔をして銀行破ぎんこうやぶりでも働いてきたのか?


 そんなバカなことを考えていたのなら横合いから声がかけられる。


「おーい久我、元気か?」


 そちらを見ると、男性が二人、僕の方へと歩み寄ってきていた。そして彼らは、黄昏たそがれるようにして生気を失っていた僕に対して、開口一番に言うのだ。


「冒険の旅に出ようぜ!」

阿呆あほうか、お前は」

「ああ、阿呆だな」


 突飛な提案をしてくる男子に、隣に立つもう一人がツッコんでいる。なので、それにのっかっておいた。しかし、言われた当人は嬉しそうにヘラヘラ笑っているのだから、変な男である。

 

 その変な男の名前は、高木悟たかぎさとるといった。

 髪を不自然なほどに明るく染めて、チャラチャラと複数のアクセサリーを身体のいたるところにまとうその姿は、オシャレというよりも、どごぞの秘境の部族のようだ。


「突然すまんな、久我。とはいえ……だ。もうすぐ夏休みじゃないか。『三人で何かやっておくのも良いか?』なんて高木と話していたんだよ」


 そして対照的に、理知的な雰囲気で語りかけてくる男の名は大倉翔おおくらしょうという。こちらは高木とは違い、落ち着きがあり大人びている。スマートな風貌ふうぼうは大学生とは思えないほどの色気があった。


 二人は僕の学友であった。


 正直、大学内においては唯一『損得関係のない友人』と言っていい。他は大抵『バイト先の同僚』だとか『講義レジュメの取引相手』というただし書きがつく。

 高木と大倉は、これでいて気でも合うのだろうか、大方おおかたはセットで行動している。そこに機会があれば、僕もつるませてもらっている形だった。


 高木が無邪気な笑顔を見せて尋ねてくる。


「んでさ──何がいいよ? 俺はさ『ツーリング』がしたいわけさね。久我はたしか『自動二輪の免許』を持ってただろ?」

「持ってるけど……肝心のバイクがないよ」


 しかし、その提案には否定するしかない。


 今日日きょうび、『自動運転』の機能もついていない乗り物を所持しようという者は奇特である。自動二輪バイクなんてそんな道楽品、僕が所持しているわけもない。


「というか、自動車免許なんてそんな『無用の長物』を持ってるお前らの方が珍しいからな……なんで持ってるんだよ?」

「そんなこと言う大倉は、夏休みまでに原付免許とっておいてな」


 そのままヤンヤヤンヤと掛け合いを演じている高木と大倉をよそに、僕は『ツーリング』というっていた魅力的な誘いについて考えていた。


 何を隠そう。『オートバイで世界一周』というのは幼い頃からの僕の『夢』である。理由は特にない。子供の夢とは元来そういうモノであろう。

 しかし、そうは言ってもだ。

 そんなのは『時間も金も有り余っている者の道楽』であることは、大人になった今ではよく理解している。現状では夢物語だ。けれど、往生際が悪いというかなんというか……なんとなく諦める気にはなれなくて、なけなしの貯蓄をすべて教習料金として使い果たしてしまったのは去年のことだ。

 よって僕は『自動二輪免許』だけは取得しているのだが……そうは言っても、肝心のオートバイが手に入らないのでは『無用の長物』扱いされるのも言い得て妙であった。


「んじゃ仕方ない。電車でどこかいくか……男三人で? うへぇ」


 高木が代替案を口にしかけて、変な声を出す。

 きっと僕も同じ顔をしていただろう。

 ツーリングをするというならまだしも、野郎が三人で電車のボックス席を埋めている光景を想像すると、辟易へきえきするしかない。そんなのはちょっとした視覚公害である。

 すると、大倉が眼光を鋭くして尋ねてきた。


「ところで久我は『泊りがけで旅行に行かないか?』と聞いて『OK』と出るような女子に心当たりはないのか?」


 その顔はとても真面目なようでいて……内心がとても不真面目であることは、僕もよく知っている。落ち着いているように見えるが、この大倉という男は『野獣』なのだから。


 ……というか、泊まりがけなのか。


「いや、泊りがけは無理だろ」

「それじゃあ、百歩ゆずって連絡先だけでも──」

「そこで百歩もゆずらないといけない君はなんなのさ」


 熱量多めに、身を乗り出して聞いてくる大倉に気圧されながら……僕は仲の良い女性の心当たりを一人、思い浮かべていた。しかし、彼女を大倉に紹介するのはどうしても嫌だった。


 ──仕方ない。


「二十歳、巫女みこ

「それだっ!!」

「バイトの知り合い?」



 興奮したように声を荒げる大倉に、そんな彼を「ようやるわ」と呆れたように眺めている高木。僕は二人に対して、大きく頷いて返した。


 仕方ないので、僕の紹介できる範囲での適齢女性──そのもう一人として、かおりさんを提案したわけである。つまり人身御供ひとみごくうともいう。

 しかし、あの人であれば何かあったとしても、大倉ぐらいならば軽く丸めこめるであろうから安心だ。

 なにせ彼女は『ナンパしてきた男を素寒貧すかんぴんにして帰した』という逸話を持つ女性だ。その人の財布の中身はすべて、かおりさんの胃袋の中に収まることになったらしい。実に恐ろしい、ちょっとしたホラーだった。


 彼女のことを御しきれるかどうかは大倉という人物の男ぶりにかかっているだろう。僕は「せいぜい頑張れ、大倉」と声をかけてから、二人に言う。


「それでまあ……その人に声をかけることはできるんだが、一つ条件が――」


 そこで僕は一つの懸念事項を伝えた。

 それは「詳しい日取りなどは、未だ決めかねる」ということだった。


 残念ながら僕の夏休みの予定は大半がアルバイトなのである。


 数日くらい遊び歩いたとしても大丈夫なのは、確かにそうなのだが……できれば、労働計画を優先して決めてしまいたかった。そうでなければ、夏休みにおける貯蓄目標を達成するのが難しいからである。


 貯蓄目標なんて言えば聞こえはいいが、ようは来年度の学費をかせがねばならぬ。これができなければ、僕は大学を休学して働かねばならなくなるだろう。

 そんなむねを二人に伝える。

 そうすると、高木と大倉は残念そうな様子を見せながらも、快く了解してくれた。


「まあー……久我はマジで苦学生やってんかんな。俺らが合わせるさ」

「その代わり、必ず、必ずだぞ。その巫女の娘に声をかけてくれ、頼むぞ」


 僕が「二人ともありがとう」と言うと、そこで話にケリがついた。すると、タイミングを見計らったかのように講義室の前扉が開き、初老の講師が入室してくる。僕たちも、周りの学生たちの流れに乗っかって、そそくさと席に着いた。


 そのまま、つつがなく講義は開始されたのであるが──途中、僕の視界に一つのウインドウメッセージが表示された。『高木からイメージの共有を申請されています。許可しますか?』というその文面を怪訝けげんに思うも、僕は特に深く考えずに『イエス』と操作した。


 ──すると講壇の上で、教鞭をふるっていた講師の頭部が『毛が三本の禿げ頭』になった。そして背景には『ばっかもーん!!』という漫画チックな吹き出しまで背負っている。


 僕と大倉は同時に吹き出した。

 講師の顰蹙ひんしゅくを買ったことは言うまでもない。


 ──高木のバカヤロウめ……小学生みたいなことをしやがる。

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