人は心が愉快であれば③
結局、肝心の滝口は現れず、僕は大学の講義の時間になってしまったので立ち去ることにした。それまでずっとかおりや順平の雑務の手伝いや神社の清掃をしていたので、神社のご厚意として昼飯をご一緒した。久々に食べるご飯とみそ汁、主菜、副菜といった日本らしい食膳はうまかった。
「滝口にはよくいっとくからな」
「いいな―キャンパスライフ。私も進学すればよかったかー」
見送ってくれた二人はそんなことを言っていた。しかし仲の良い父娘である。
神社から大学のキャンパスへは近い。徒歩で十五分ほどだ。
僕は特に急ぐこともなくゆっくり歩いて向かった。門をくぐり講義棟の一つへと入る。三階へと階段を上り、比較的大きめの講義室へと入る。そして室内の中ほどの右寄りの席へと座った。まだ講義が始まるまでは早く、人もまばらだ。皆おもいおもいに過ごしているが、ざわざわと雑談する様は活気あるように思える。
「青春だねえ」
僕は誰ともなくつぶやいた。周りの人間たちに軽く耳を傾けたら夏の予定について話し合う声が多かったからだ。海にキャンプに合コンと、大いに夏を満喫する気のようだ。後ろの方にいる女性の一団からヨーロッパという単語すら聞こえてくる。どうやら海外旅行のようだ。
「おーい久我、元気か」
たそがれるように生気を失っていく僕に横合いから声がかけられた。見ると男性が二人、僕の方へと歩み寄ってくる。
「冒険の旅に出ようぜ」
「阿呆かお前は」
「ああ阿呆だな」
男の一人が突飛な提案をしたらもう片方がきつい口調でたしなめたので、のっかるように続いておいた。しかし言われた本人は嬉しそうにヘラヘラ笑っている。
変な男である。
そしてこの変な男の名は高木悟という。髪を染めてチャラチャラと複数のアクセサリーを体のいたるところに纏うその姿は、どごぞの秘境の部族のようだと勝手に思っている。
「ごめんな、もうずぐ夏休みじゃないか、この三人でどこかいっておくのも良いか
と高木と話していたんだよ」
こちらは高木とは違い大人びた格好の男だ。スマートというか落ち着いたその風貌は大学生とは思えない。名を大倉翔という。
二人は僕の学友であった。正直、大学において唯一交友のある人物だと言っていいほどである。大抵この二人はセットで行動しているようなのだが、こうやって機会があれば僕もつるませてもらっている。
「んでさ、何がいい。俺はさ、ツーリングしたいわけよ、久我はたしか自動二輪免許持ってただろ?」
「持ってるけどバイクがないよ」
「俺にいたっては二輪免許もないぞ」
「いいじゃん原付で」
ツーリング自体は非常に魅力的な誘いであった。何を隠そう、僕は大学に入った当初よりオートバイで日本を回ることを野望していた。なので、なけなしの貯蓄を教習料金として使い果たし肝心のオートバイはまだ入手できていない。道のりは険しく遠い。
「んじゃ電車でどこかいく……男三人で、うへぇ」
「久我は泊りがけで旅行にいくといってOKが出るような女子は知らないのか?」
「大倉やるねぇ、そこを聞いちゃう?」
大倉が眼光を鋭くして訪ねてくる。落ち着いているように見えるがこの男は野獣なのだ。
というか泊まりがけなのか。
「いや泊りがけは無理だ」
「それじゃあ百歩ゆずって日帰りで」
「そこで百歩も歩かないといけない君はなんなのさ」
身を乗り出して聞いてくる大倉に身をのけぞらせながら、僕は一人の心当たりを述べた。
「二十一歳、巫女」
「それだっ」
「バイトの知り合い?」
興奮したように声を荒げる大倉を呆れたように見て高木が訪ねてくる。僕はそれに頷いて返した。まあ彼女と性格が一致するかは二人次第である。なにせ彼女はナンパしてきた男を無一文にしてかえすような女だ。財布の中身はすべて彼女の胃袋の中に収まることになる。実に恐ろしい。
本当はもう一人女性の知り合いがいるにはいるが、そちらはこいつらに、特に大倉などには紹介できるはずもない。
「それでまあ、その人に声をかけることはできるんだけど、実はさ――」
そこで僕は二人に懸念していることを伝える。遊びに行くぶんには構わないが詳しい日取りなどは決めかねるということ。残念ながら僕は夏休みの予定の大半をアルバイトでうめるつもりであった。一日ぐらい大丈夫だろうとは思うのだが、できるのであればそちらを優先して予定を決めてしまいたい。そうでなければ夏休みにおける貯蓄目標を達成するのは難しいのだ。
貯蓄目標なんて言えば聞こえは格好いいが、ようは来年度の学費を稼がねばならぬのである。これができなければ賃貸アパートを解約して野宿暮らしでもしなければ大学に在籍できなくなるだろう。
その旨を二人に伝える。
そうすると二人は残念そうにしながらも了解してくれた。
「まあ久我はマジでやばいしな」
「その代わり必ずその巫女の娘に声をかけてくれ頼むぞ」
二人がそう言って話にきりがついた。そのときにちょうど講師である准教授が姿を現す。僕たちはそそくさと席に着く。そのままつつがなく講義は始まったのであるが、途中、僕の視界に一つのウインドウが表示された。『高木からイメージの共有を申請されています。許可しますか?』というその文章に僕は特に深く考えずにイエスと操作する。
すると視界の先で教鞭をふるっていた初老の准教授がバーコード頭の禿げになった。
僕と大倉は同時にふきだしだ。
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