第5話
あれから僕は大山さんをつけている。
今度は彼女に対するように会うためにつけているのではない。隠れている。
初めの方こそ大山さんは大学内でも彼女のそばにいることが多かったが、僕が彼女に会おうとするのを諦めたと思われたのか彼女は大山さんに対して冷淡になっていった。
仮にも助けてもらったのにひどい仕打ちだ。
もっとも、大山さん自身もあまり褒められた人物ではないようだから一時的にでも彼女のそばに居られて幸せだったろう。
その幸せを噛みしめてこの先一生生きていければよかったのに大山さんときたら高望みをしたらしい、今大山さんは彼女のアパートに押し入ろうとしていた。ちょうど僕が大山さんをつけ始めてから二週間目の夜である。僕は少し離れたところに身を潜めている。
「なあ優衣、俺のこと好きって言ったろ。たまには家にあげろ」
「ごめんね、今家汚いから」
「いいよいいよ気にしねえよ」
「私が気にするのよ。あんまりしつこい人は嫌よ私」
「なあ今日が護衛の最後なんだし一回くらいさ」
「もう三日前から終わりでいいって言ってるじゃない。それに夜に女の子の部屋に上がろうとしないで」
「お前だってその気があったんだろ、いいじゃねえか」
「何の気よ。ないわよ」
「あ? じゃあ俺はただ働きってわけか」
「明日食事奢るから。ほんとに家だけは勘弁して」
「おい!」
大山さんは彼女の腕をつかむ。
「痛い痛い痛い! やめてよ!」
「ストーカー野郎が言うには特別な人は家にあげてたらしいじゃねえか、俺は特別じゃないってのか? こんなに守ってやったのに」
「痛いから離して!」
「入れてくれるんならそうするよ」
「わかったわよ、ほんとにすぐ帰ってよね」
「ああ、わかった」
大山さんは半ば強引に家に入ってしまった。ちなみにここまでの会話が聞こえているのは大山さんが自習スペースで寝入っていたとき彼の上着に盗聴器をつけたからだ。あとは機を待てばいい。
「ねえ、もう帰ってってば」
「なんだよ優衣。お前を守ったナイト様に向かってその言い草は」
「……本当にありがとうございました。だけどもう帰って」
「まあ、お前も酒飲めよ」
「飲みません。ほんとに帰ってください先輩」
「俺も優しくしたかったんだけどなあ」
「え?」
直後からビシバシと人を叩く音が聞こえてきた。大山さんはこのように暴力で人を支配しようとする傾向がある。人間として劣悪な人だ。でもこれで彼を排除することができる。
僕はアパートの扉をそっと開ける。幸いカギはかかっていなかった。もっとも合いカギは作ってあるが、余計な音は立てないほうが好ましい。そっと部屋の中に入ってみると大山さんは既に彼女を殴るのをやめていてズボンを脱いで下半身をあらわにしていた。はたから見ると情けない姿ではある。そっと近づく。
「ぎゃあ!」
そして大山さんの首にスタンガンを当てた。そのまま数秒間当て続ける。携帯しやすいよう比較的小型のものを選んだが効果は抜群だ。大山さんはのびてしまった。三週間ほど前自主休講をして買いに行った甲斐があるというものだ。
「やあ優衣さん、ひさしぶり」
「なんで、永井くんが……」
「優衣さんのピンチを察知して駆けつけたのさ」
「嘘よ、ほんとはずっとつけてたんでしょう」
「いいや、優衣さんのことをつけていないよ」
そんな話をしていると大山さんががばりと起き上がった。効果はてきめんかと思ったが小型スタンガンで気絶するほど彼の図体は見掛け倒しではなかったらしい。
「ざけんじゃねえぞストーカー野郎!」
大山さんが僕に殴りかかる。あまり素早いので僕は反応できず思い切り顔面を殴られて横っ飛びに飛んでしまう。狭い部屋なので壁にぶつかり何か物が落ちた。彼女に申し訳なく思う。
大山さんが馬乗りになってこようとしたので催涙スプレーを顔に向けて噴射する。うまく当たってくれたようで彼はうずくまってしまう。好機なので取り出した警棒で大山さんを殴打する。復讐心を燃やされると困るから穏便に済まそうと思っていたが部屋に入った時点で下半身が裸の状態になってしまっていたので落ち着いて話し合うという状況でもなかった。こうなってしまったからには復讐しようと思わないくらい痛い思いをさせるしか方法がない。
「やめろよ! やめろって、もうやめろ!」
このように相手が怒っている状態で暴力を止めたりするとたちまち反撃されてしまうのが道理である。なおも殴打を続けていると「もうやめて!」と彼女が言うのでまだ少し足りないと思ったが一旦暴力を止める。予想に反して大山さんは反撃してくるということはなかった。少し悪いことをしてしまったと思う。
「大山さん、強姦未遂なんてことをしてしまったのだから今後優衣さんに関わるのはやめてくださいね。もし優衣さんに危害を加えようとするなら僕が黙っていませんよ。さあ、早く出て行ってください」
大山さんは這う這うの体といった様子で出て行ってしまった。
いくら警棒で殴打したと言っても僕は非力だし手加減も一応はしたので骨折まではしていないだろう。わからないけれど。とにかく、今後大山さんが僕が彼女に振り向いてもらう努力を邪魔することはなさそうだ。
「優衣さん、間一髪だったね、たまたま通りがかったらアパートの中から声がしてさ、助かってよかったよ」
「なんなの、なんなの、もうやだこんなの」
「大丈夫だよ、大山さんはもういない。これからも僕が優衣さんを守るよ」
「大山先輩も……本当に気持ち悪かった。けど」
「うん、僕は大山さんのように無理強いなんてしない。ただ優衣さんとの誓いを守るだけさ。そして優衣さんに嘘つきになってほしくないから、優衣さんがまた運命で宿命で永遠の関係を肯定してくれるように振り向かせる努力を続けるんだ」
「もう無理よ。ほんとなにもかも無理」
「無理だろうと何だろうと、僕は生きている限り優衣さんのことを愛し続けるよ。僕は優衣さんのことを愛しているし、自分の誓った言葉を嘘にしたくないからね」
「もういいよ、そんな言葉忘れてよ……それで永井くんを受け入れてくれる人を探してよ……私じゃ無理だよ……」
「……そっか。じゃあ今までよりも控えめにするから。それでいいだろ」
「私の人生から消えてほしい……」
「ははは。辛辣だあね」
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