第4話
翌日。彼女が大学に行く時間を見計らってアパートの前に行くとどこからか図体のでかい屈強な男性が僕の前に立ちはだかった。
「おい、お前が優衣のストーカー野郎か」
その男は僕の彼女を名前で呼んだ。少々不愉快だが人間の名前というのは他者から呼ばれるためにあるので多少は仕方のないことである。
「彼女にはそう呼ばれるけど、自称はしていないよ」
「確かにめんどくせえ野郎だな。とにかく優衣にこれ以上まとわりつくな。それでもまとわりつくんなら覚悟しろよ」
どうやら彼女は本当に人を呼んだらしい。彼は握りこぶしを見せつけながら覚悟しろよと言うのでそれは暴力に訴えるという意味なのだろう。僕は今まで体を使っての喧嘩などしたことがなかった上に、体格もいいわけではないので彼に喧嘩で勝つことは不可能だろう。
しかし彼の方でも実際に僕が意識を失うまで殴るようなことは法を恐れてできないのだろうから彼のことなど多少の痛みを我慢すれば無視してしまっても構わない。
「わかった。覚悟はしておくよ。して、君の名前は何というんだい? 優衣さんとの関係は?」
「俺は大山だ。優衣とはサークルが同じで相談されたんだよ」
「そうですか。なんだかご迷惑をおかけしてすいません」
「馬鹿にしてんのかお前は!」
そういえばまだ付き合っていた頃彼女のサークルの先輩で変に言い寄ってくる男がいたという話を聞いたことがあるがその先輩の名前というのが大山雄太だった。
彼女は大山に対して好印象は抱いていなかった。というより悪印象を持っていたようだったから彼に相談をしたのは意外である。きっと彼の暴力をもって物事を解決しそうな雰囲気が気に入ったのだろう。僕の存在を生活から排除するためにはこの男に相談をすることも辞さないという僕の嫌われようと言ったら本当に悲しくなってくる。
「あ、失礼」
彼女がアパートから出てきたので彼女の方に走って向かう。彼女は僕の存在を視認すると目を見開いて表情が強張った。明らかに恐怖の表情だろう。
「おはよう優衣さん」
「おらあ!」
ガツン。と大山さんが僕の頭を殴りつけた。痛いには痛いが怪我をすることはないだろう。優しいものだ。
「え、大山先輩に止められてるのに来たの。永井くんほんとすごいね。気持ち悪い」
「優衣。こいつは俺がしめとくから先行っててくれや」
「あ、はい。ありがとうございます」
そう言って彼女は行ってしまう。間違いなく大山さんのことを好きでいることはないだろう。暴行だかなんだかで捕まってしまえば生活の中からうざいやつが二人同時に消えてラッキーとでも思っていそうなほど扱いがてきとうだ。僕も大山さんについては少し見苦しい見た目だし発言や行動も粗野であまり好きではないのでその扱いは適当だと思う。
「おう永井てめえちょっとこっちこいや」
「いや僕も大学行かないと」
「優衣のストーキングのためだろうが。一回わからせてやる」
そう言って人通りの少ない路地に連れ込まれ関節技をきめられた。なるほどこれは痛い。しかも跡も残りづらいから脅しには最適だ。さしもの僕も脂汗を垂らして耐えることしかできない。
この程度で彼女への誓いを破るつもりも振り向いてもらうことをあきらめるつもりもないが大山さんは僕が当初想定していたよりも障害として大きそうだ。
「これに懲りたらもうやめろよ。次また来たら殴るからな」
「はい、わかりました」
用事ができたので今日は自主休講だ。
「こんにちは大山さん。これだけ会う機会が増えるとなんだか大山さんに会うために彼女の家に来ている気がしてきますよ」
「お前……狂ってるぜ」
大山さんに会ってからかれこれ一週間が経った。
大山さんは予告通り二日目からは僕のことを殴ってきたが入院するほどの暴行は受けないのでこうして彼女のアパートに通い詰めることができる。
それにここ二日くらいの大山さんは僕をアパートから離れた位置に連れて行くことはあっても殴ろうとはしない。これだけ顔を合わせる機会が多いと情がわいてきたのだろう。それは大変ありがたいことだがいくら殴られなくなったとはいえ依然として彼女に近づけなくなる障害として大山さんは君臨している。
どうにかしてこの男を排除する必要がありそうだ。
「大山さん、僕は優衣さんと恋人関係にあるんですよ。それなのにこんな仕打ちをして本当に酷いですよね」
「何言ってんだお前、優衣とはこれから俺が付き合うことになるんだよ」
「え、そうなんですか」
「ああ、めちゃくちゃ頼ってきてくれたし、お前のストーキングが落ち着いたら食事でも行こうって言われててな。たぶん、付き合うことになると思う」
雑談の中からとんでもない発言が飛び出して来た。なるほど、彼女は付き合うことを仄めかして大山さんをいいように扱おうとしているらしい。思わせぶりな態度に簡単に騙されてしまうこの大山という男に僕は若干のおかしみを感じてきた。
「大山さん、それは嘘ですよ。彼女は大山さんのことなど好きなわけありません。大山さんのことはむしろ嫌いな部類であるって話を以前していましたよ」
「あ? お前あんま調子に乗るなよ」
「先輩こそ。優衣さんはとても美人ですよ。大山さんよりよっぽどかっこよくて性格のいい男だって周りにはいるはずです。大山さんを選ぶわけないじゃないですか」
「……そんなことねえよ。優衣はちゃんと俺のこと見てくれてる。確かに外見じゃかなわねえやつもいるし俺も性格がいいわけじゃねえけど、優衣は俺を愛してくれてるぜ」
「へえ……」
この程度の挑発では気にしないようだ。よっぽど彼女の言葉や態度が秀逸だったのだろう。うまく大山さんをコントロール下に置いている。
「ははは。勘違いも甚だしいですね。付き合っている僕と大山さんだって外見から性格から何もかも違うじゃないですか。優衣さんの好みのタイプは少なくとも大山さんではありえないですよ」
「調子に乗るなと言ったよな」
ずぶりと。大山さんのこぶしが僕の腹に食い込む。どうやら挑発するにも加減を間違えて僕自身に怒りを向けさせてしまったらしい。痛くてしょうがないがこうなってしまったからには仕方ない。痛みを受け入れよう。
「大山さん、げっほ、ごほ、ごほ、優衣さんに好きだと言われたことないでしょう」
「ねえけど、そういうのは態度で分かるもんだろ」
「ははは。げほっ、先輩は騙されてますよ。優衣さんは基本的には嘘をつかない人です。好きかどうか聞いたら答えに詰まるはずですよ」
「……そんなわけねえよ」
「もし好きだと言われたとしても、人としてって頭の中で思われてますよ。僕のことが済んだら捨てられるにきまってますよ大山さんは」
「お前、いい加減に」
「それに大山さん、優衣さんのアパートに入れてもらえたこともないでしょう。優衣さんは言ってましたよ、特別な人しかアパートに入れないって、僕は入ったことありましたけどねはははいて、いててててて、ちょ、骨が折れますそれ」
大山さんは関節技も惜しみなくきめてくる。
「ああ痛い。とても痛いです。こんなナイトがいたんじゃとても優衣さんには近づけないな。優衣さんを追いかけるのはやめようかな」
「ああ、そうしろ。これ以上お前の顔見てたら殺しそうだよ」
「ええ、それじゃあ僕はこれで」
それから僕は彼女について回るのをやめた。
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