閑話2 侍従と侍女の作戦会議

 オズワルドの執務室を勢いよく飛び出したレオンは、すぐさまある場所へ向かった。迷うことなく慣れた足取りでいくつもの角を曲がり、複雑な経路を進んでいく。そうしてたどり着いたのは、多くの人が出入りをするエリアの中でもかなり王族のプライベートスペースに近い、王宮の中にいくつかある空き部屋の一つだった。あたりに誰もいないことを確認して、するりと部屋の中に滑り込む。

 そこにはすでに先客がいた。


「遅いですよ、レオン様」

「すみません、ユイリア殿。陛下があまりにも鈍感で、つい……」


 アルテシアの侍女であるユイリアはいつもの無表情で「そうですか」と言うと、すぐさま本題に入った。

 レオンとユイリアは互いの主のため、少し前からこの場所で情報交換を行ってきていた。最初のころこそ当たり障りのないものばかりだったが、今では主や国の情報をつまびらかにして会話――作戦会議をしている。

 その作戦とは、互いの主を結婚させよう、というものだった。どうやらアルテシアはオズワルドに好意を抱いているらしく、ユイリアはそんな主に幸せになってもらいから協力したい、との旨を申し出てきたのだ。レオンはオズワルドがひそかに抱いていると思われる淡い恋心を叶えるため、それを受け入れることにし、かくしてこの同盟が成立した。


(陛下がアルテシア姫以外の女性と、これほどまでに親しくなれるのかは分かりませんからね。捕まえておかなければ)


 国王ともなれば正妃はもちろんのこと、愛妾なども抱えていることが常である。それなのに、当のオズワルドは過去の経験から女性嫌いになってしまっていた。そんな中現れた、彼が今まで見てきた女性とはまったく違い、時折思考が斜め上の方向へぶっ飛ぶアルテシア。彼女を逃したらオズワルドはおそらく結婚をしないだろう。それでは外聞が悪い。ただでさえ親殺しだのなんだの言われているのに、不能などと、そんな新たな噂が加わるのはよろしくない。全力で拒否する。


 そのため、レオンはオズワルドになんとか恋心を自覚させようと奔走していたのだ。ユイリアにも協力してもらい、外堀は埋まりつつある。あとは彼がアルテシアを受け入れるか否か、という問題だけだ。

 ……あまりにも鈍感すぎて、というかずっと恋心を自覚しないため、今日はあんなふうに強引に叫んできたが。

 若干遠い目をしていると、「聞いていますか?」とユイリアに尋ねられた。はっ、として慌てて彼女のほうを見れば、冷たい瞳がこちらを見上げていた。


「すみません、聞いていなかったです」

「そうですか。ではもう一度言います」


 ユイリアの口から出たのは、アルテシアに告白を決意させることができた、というものだった。やばい、と思い、背筋を冷や汗が伝う。彼女はここまで来たのに、オズワルドは未だ恋心を自覚していない。アルテシアの告白を成功させるためには、最低でも自覚はさせなければならないだろう。果たして先ほどの説得とも言えないもので、あの鈍感な男が自覚するだろうか?

 表面上は笑みを浮かべながら、だけど心の中では頭を抱えてレオンは考えをめぐらせた。もしもオズワルドが自覚しなければ、どうすれば良いのだろう? まったく分からない。

 ううーん、と唸っていれば、「それで、」とユイリアが口を開いた。


「そちらの状況はどうですか?」


 オズワルドとアルテシアを結婚させるためには、正直に話さないわけにはいかないだろう。躊躇いがちに、レオンは口を開いた。


「アルテシア姫に恋をなさっていることを指摘し、きちんとご自身の感情と見つめ合ってください、と言ってきましたが……まだ、どうなるのかは分かりません」

「そうですか……」


 そう呟くユイリアの表情は、いつも無表情なのではっきりと断言はできないが、心なしか曇っているように見えた。アルテシアが告白したとしても、オズワルドがそれを受け入れなければすべてがご破算となる。そんな未来になる可能性がまだあるのだ。不安になっても仕方ないだろう。

 目の前の彼女と違って不甲斐ない自分に心の中で悪態をつきながら、レオンは口を開いた。


「とりあえずは、今後の予定を立てましょう」

「……そうですね」


 彼女は静かに頷き、ピン、と人差し指を立てた。


「私はアルテシア様にデートに誘っては、と提案します。そこで告白するよう説得してみせましょう。それでよろしいですか?」

「はい、大丈夫です。…………陛下は受け入れてくれますかね?」

「それは分かりかねます」

「ですよねぇ……」


 淡々とした返事に、思わず遠い目をする。本当にどうすれば良いのか分からない。オズワルドがなんとか恋心を認めてくれれば良いのだが……。

 そんなことを思っていると、「頑張ってください」と無表情で言われた。正直応援されている気がまったくしない。彼女はもう少し感情を出せば良いと思う。

 そのとき、「そういえば、」とユイリアが言う。


「告白するにはどこがよろしいでしょう? シュミル王国で鉄板のデートスポットや、景色の美しい場所……とりあえず告白に良い場所を教えてください。そこをアルテシア様におすすめしておきます」


 ああ、とレオンは頷き、考え込んだ。近ごろ廊下などで耳にした貴族たちの噂話が脳内を駆けめぐる。誰と誰が恋仲だとか、二人きりで出歩いていたとか、そういう些細なものだ。オズワルドの治世を安定させるためにはそんな一見無駄にも思える噂だって重要な情報源であるため、常にあちらこちらの会話に意識を向けていて、記憶している。それも役に立つのだな、と改めて思いながら考え、そういえばよく耳にする場所があったことを思い出した。ぽつりと口にする。


「ハウザー公園はどうでしょう?」

「ハウザー公園……ですか?」


 確かめるように聞き返すユイリアに、「はい」とレオンは頷く。


「見事な花畑があり、カップルには人気の場所だと聞きます。噂が駆けめぐっているため人が多いですが、……まぁ、その日だけ公園の一部を立ち入り禁止にすれば良いかと。そうすれば告白ができると思われます」

「それは良いですね。分かりました、そこで告白をするよう伝えます。規制の手配はお願いしてもよろしいですか?」

「はい、もちろん」


 むしろ未だオズワルドに自覚させることができていないのだ。これくらいの手伝いはしたい。

 そんなことを思いながら細々と細かい予定を決め、この場がお開きになろうとしかけた。そこでふと、肝心なことを聞き損ねていたことを思い出す。


「そういえば、レーヴェン王国の王太子殿下とはどんな人物なのですか?」

「王太子殿下、ですか?」


 訝しげにユイリアが繰り返す。わずかに眉根が寄っていた。彼女の言葉に「はい」と頷いて答えを待てば、彼女は言葉を選ぶようにたどたどしい口調で話し始める。

 曰く、聡明で素晴らしい人物らしく、執務の大半は彼が担っているらしい。国の利益になることならばどれだけ忙しくても実行し、使えるものはすべて使うという合理的な、言い換えれば冷淡な人物だとか。


 ふむふむ、と頷く。どれも知っている情報ばかりで大したことはなかった。まだ国にとって重要な情報を漏らしてもらえるほどには信用されていないのだろう。

 そんなことを思っていると言葉が途切れたため、もう終わりかと思ったら、「ここだけの話ですが……」と声をひそめてユイリアが喉を震わせた。


「国王陛下よりも王太子殿下が治められた方が国が豊かになると思います。国内でもそう考える者が多いそうで、一時いっときは国が二分しかけたことがあったそうです」

「そうですか……」


 レーヴェン王国内でそんなふうに考えられている、という情報はなかった。どうやらその情報を流してもらえるほどには信用されているらしい。

 そのことにほっと息をついていると、ユイリアが「もうそろそろよろしいでしょうか?」と尋ねてくる。


「早く戻らなければ、アルテシア様に怪しまれてしまいます」

「ああ、そうですね。戻っても大丈夫ですよ」

「では、失礼します。……頑張ってください」


 激励の言葉は、おそらく、オズワルドに恋心を認めさせることに対してだろう。そのことにお礼の言葉を述べる前にユイリアはそそくさと退出してしまった。

 一人きりになった部屋で、レオンは考える。レオンもオズワルドもレーヴェン王国の王太子とは会ったことないものの、彼とは浅からぬ関係があった。あまり表立っては言えないのだが。


 関係ができたのは半年ほど前、オズワルドを中心にレオンを含めた腹心何人かが、このままでは民が死んでしまう、ということでクーデターを起こそうと思っていたころだ。そのとき突然レーヴェン王国の王太子の使いだと名乗る人物が現れ、武器を提供すると言ったのだ。その代わりにクーデターを起こしてくれ、とも。


 彼の真意は分からなかったが、季節は秋の終わりで、間もなく多くの者が死に絶える冬が来ようとしていた。無意識のうちに誰も彼もが早くクーデターを起こさなければ、と焦っており、その場で武器を受け取ることに決めたのだ。

 そして武器が届いて以来、レーヴェン王国の王太子から連絡はない。


 はぁ、とレオンはため息をつき、前髪をがしがしとかき乱した。彼らしくない仕草だったが、そんなこと気にしてられない。

 なにしろ、つい先刻入った情報でまだオズワルドにも報告していないのだが、どうやらその王太子がレーヴェン王国の王都を出て、北に向かっているらしいのだ。


 ――つまり、ここシュミル王国に。


(いったい、何が起こるのでしょうね……)


 王太子は有能な人物らしい。もし、ここまでの流れすべてを見通していたら……。そう思うと、背筋を冷たいものが滑り落ちた。

 ふるふると首を振り、嫌な予感を打ち消してそろりと部屋を出る。しかし不安は影のようにつきまとっていて、ひどく煩わしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る