8話 街中デートで落としたい(1)
その翌日のことだった。オズワルドが執務をしている途中、レオンがなにげなしに口を開く。
「ところで陛下、昨日言ったことですが、どうなりましたか?」
その言葉に、オズワルドは思わず眉根を寄せた。昨日、自分がアルテシアへ向ける感情を見つめ直せとレオンに言われて色々と考えたが、彼女に対する感情は〝特別〟の一言に尽きるという結論に達した。彼女は他の女性とはまったく違うし、だからこそ自然な対応ができたのだ。明るく、陽気な性格で、裏でこそこそと悪巧みをしていないというところも好ましい。他の貴族女性とは違って〝特別〟な彼女が眩しかった。
このように自らの感情はきちんと冷静に分析できているため、見つめ直せと言われても何をすればよいのか分からない。それとも自覚がないだけで、ちゃんと分析ができていないのだろうか?
昨夜もうんうんと唸りながら考えたが、やはりきちんと分析はできていて、見つめ直す必要などないと思われた。だったらこれ以上こんな些細なことに時間をとっていても無駄だろうと判断し、オズワルドはその後すぐさまベッドに潜り込んで考えるのを先送りにした。レオンには恋をしているとも指摘されたが、アルテシアに対して抱く尊敬の感情はそんなぽわぽわとしたものなどではないからありえない。
結論として、結局オズワルドの感情は今までと変わっていなかった。
そんなことを思っていると、表情だけでレオンは察したらしい。はぁ、と重たげなため息をつく。その様子が、幼いころ、オズワルドの教育に苦労していた乳母にどことなく似ていて、やはり親子だとひっそりと思った。
レオンは疲れた様子で「そうですか」と言うと、ぶつぶつと文句を言い始めた。陛下は鈍感だとか、バカだとか、めんどくさいとか、一国の王に対してありえない暴言の数々だ。普段ならどこに人の目があるか分からないと警戒してこのような口の利き方はしないのだが、どうやらよほど鬱憤が溜まっていたらしい。国王になる前のこと――主に幼少期を思い出して、懐かしいな、と思い、オズワルドは口元をほころばせた。昔はこのように気軽に話し合えたのだが、今では一国の主とただの侍従だ。なかなかできやしない。
胸が温かくなり、苦笑を浮かべながらも、オズワルドは「レオン」と厳しい声色で呼びかける。その途端、ここがどこなのか思い出したのか、はっ、と、レオンは慌てて口を噤んだ。バツの悪そうな表情を浮かべ、恐る恐るといった感じにこちらを見ている。その様子に思わず笑いながら「報告は以上か?」と尋ねれば、「いえ、まだあります」と言って慌ててまた別の報告をしてくる。
「アルテシア姫からの要望です。今度一緒に街へ行きたい、とのことでした」
「そうか……」
街へなにをしに行くのだろうか? よく分からないが、とりあえず了承の返事を送っておいたほうが良いだろう。……それに、最初のころとは違って、アルテシアといるのはそれほど苦ではなくなっていた。むしろ居心地が良い。溜まった書類の処理が大変になるだろうが、その日はお茶会を取りやめて街へと出れば、息抜きにはちょうど良いだろう。
(街の様子も直接見ることができるしな)
文官から市場の値段などの情報は報告されるが、実際にそのに住む人のことは直接見なければ分からない。しかも何人かの文官を通しているため、情報が歪められている可能性もまたある。街をこっそり見て回るのは統治の面でも必要なことだった。
レオンに了承の返事をするように頼み、ついでに何人かの騎士を見繕っておくように命じる。街中へ出るのだ。護衛は何人いても足りないだろう。
「頼んだ」
「かしこまりました」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
時は少々遡り、その日の午前中。アルテシアは対面に座るユイリアの言葉に思わず目を
ゆっくりと、喘ぐように口を開く。
「…………デ、デート?」
「はい、そうです」
動揺するアルテシアとは対照的に、ユイリアは淡々とした声色で返事をした。
つい先ほど、いつものように部屋にいると、ユイリアにオズワルドをデートに誘ってはどうか? と提案されたのだ。そのときに告白すれば良い、とも。
「……いやいやいやいや、無理無理。そんな、デートなんて……」
「もう、一度していますが」
「そ、そうだけど、それとこれはちが――」
「一緒です。今回向かうのは城の庭園ではなく、城の外の街ですけれど」
ユイリアはこともなさげにそう言うが、アルテシアにとっては大きな違いだった。庭園で一緒に行動したのは、オズワルドが元々庭園によく行っていたので、それに便乗させてもらった形だ。しかし今回行くのは城の外にある街である。それならばお忍びという形になるだろう。それに誘うというのは、好意があることを大っぴらにしているようで恥ずかしい。
それに、あのときは恋心を自覚していなかった。自覚し、結婚もしたいと思っている今とは誘うのに必要な覚悟が全然違う。
うう、と頬を真っ赤にしながら唸っていると、ユイリアがわざとらしくため息をついた。
「アルテシア様は告白すると決めたのでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「デートの最後に告白をすれば、成功の確率も高まると思います。
確かにその通りだ。告白して自らの幸せのためにも頑張ると決めたのに、ここで立ち止まっていてはなにもしていないのと同じである。……決心しなければ。
すぅ、はぁ、と深呼吸をすると、アルテシアは気持ちを切り替えてユイリアを見た。
「そうね。……分かったわ。デートをして、最後に告白する」
それを聞き、ユイリアは小さく口元をほころばせた。目が細められ、優しい視線にむずがゆくなる。「良かったです」という声色は柔らかくて、愛おしさに満ちていた。
視線をさまよわせていると、ユイリアが口を開く。
「ある人から聞いた情報なのですが、この国ではハウザー公園という場所が良いデートスポットらしいです」
「ハウザー公園?」
「はい。見事な花畑があり、カップルで溢れているようですが、当日はその知り合いの手を借りて一部を立ち入り禁止にする予定です。そこで告白するとよろしいと思います」
その言葉に、アルテシアはほっと息をついた。告白するとはいえ、衆人のいる中そんなことなんて、恥ずかしすぎてできない。
「確かにそうね。その前はどこに行こうかしら?」
「お買い物と、食事をなさいましょう。お買い物はシュミル国王陛下のことも考えて、当日に決めてはどうでしょう? 良いレストランについては今度調べてまいります。予約いたしますね」
つらつらとデートの予定を決めていくユイリアに、アルテシアは思わず感嘆の息をついた。こんなふうにすぐに決められるのがうらやましい。アルテシアが最初から一人で考えるのならば、あれもいいこれもいい、となって、おそらくなにも決められないまま当日を迎えただろう。
そんなことを思っていると、「まぁ、とりあえず」とユイリアが珍しく――いやもう珍しくもなんともないが、とにかくにこりと笑顔を浮かべて言った。
「シュミル国王陛下にデートの誘いを出しますね」
「…………分かったわ」
デートの誘いを出せば、もう後戻りはできないだろう。一世一代の大告白までのカウントダウンが始まり、心臓が強く脈打った。
そうしてユイリアを通してオズワルドと会話をし、デートは三日後に決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます