4話 お茶会で交流を!(2)

 翌日、アルテシアはいつものように厨房へ向かってクッキーを作り始めた。毎日それをしているからか調理の早さも正確さも上がり、今では料理長の監修なくキッチンの一角を任されている。それでも危険だからとオーブンは任せてもらえないのだが。

 生地をクッキーの形にし、ジャムを加えてあとは焼くだけになると、アルテシアは「じゃあお願いね」と料理長に言ってその場を離れた。ふんふん、と鼻歌を歌いながら与えられた客室へ戻る。

 その道すがら、ふと不穏な話し声が聞こえ、思わず立ち止まった。


「ほんっとう、あの陛下にはたまったもんじゃないよ。親殺し兄弟殺しのくせに、まっとうな人間の振りなんてしやがって」


 ――あの陛下。その言葉が指すのは、今現在この王宮ではたった一人だけだ。

 アルテシアはそっと目を伏せた。きゅ、と手を握り込む。オズワルドが即位した経緯については、つい先日ユイリアから報告を受けたため知っていた。どうやら彼はクーデターを起こし、自分以外の王族を殺して一夜のうちに国を掌握したらしい。


 それは悪いことだと、アルテシアが非難することはできなかった。なにせ王宮に来る道すがら見たシュミル王国の光景、これほどまでに衰えているのに他国から攻められなかったのは、それほどまでに衰え過ぎており、この国の領土を手に入れたところで意味がないからだ。そんな国を建て直すためにはもう強引な手段しかなかっただろう。オズワルドもつらかったに違いない。


 そう思いながら、アルテシアはそっとその場を離れた。今はとりあえずこれからのお茶会のことを考えよう。

 ……少し、胸がもやもやとした。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 オズワルドが執務をしていると、勢いよく扉が開けられた。


「失礼するわ!」


 すでに日常と化してしまったアルテシアの声。特に何も反応を示すことなく、書類に目を落とし続けた。どうせ彼女は毎日お手製のクッキーを作って持ってくるだけだし、その後はこちらに配慮してくれているのか、少し会話をするだけで、どうせ今日も同じだろうと思っていたのだ。

 しかしそうではなくて。


 オズワルドが書類の整理を続けていると、突然手首を掴まれた。「は?」と思わず声を漏らして顔を上げれば、なぜかいつもとは違ってドレスをまとったアルテシアがいる。視線を動かせば、いつもあるはずのクッキーや鉄製のカートがなかった。

 ……なんとなく嫌な予感が背筋を伝う。思わず手を強引に離そうとしたのだが、その前にぐいっと引っ張られた。それは決して元軍人であるオズワルドにかなうものではなかったが、なぜか振り払うことができず、椅子から立ち上がることとなった。そしてアルテシアに引き連れられ、部屋を出ていく。


「おい、何をする」


 廊下を歩き、時折すれ違う使用人たちに目を見開かれながら、オズワルドは前を歩く彼女に尋ねた。その問いに、アルテシアはふふん、と得意げに笑う。


「お茶会よ、お茶会」

「は?」


 理解不能な返事に、オズワルドは声を漏らす。お茶会という単語はもちろん知っているのだが、どうしてその返答になるのかが分からなかった。もしかして今からお茶会をするぞ、ということだろうか?


(ありえない……と言いたいところだが……)


 それが正しいような気がする。本来ならばアルテシアは客人であるためお茶会を主催したりなどしないだろうが、この王女はなぜか一応招かれている状態の他国の王宮でクッキーを作るような人物だ。常識とか慣習とかを無視しても不思議ではない。


(そう言えば昨日、働きすぎだとか言っていたな……)


 その対策がお茶会、ということだろうか? お茶会を主催してオズワルドをそこに招くことによって、無理やり執務をしない時間を作る、という考えなのかもしれない。

 そんなことに考えをめぐらせていると、どうやらお茶会の会場に着いたらしかった。王宮の中庭、そこに純白のテーブルと、椅子が二つ、そしてパラソルがあり、テーブルの上には飲み物の用意といつものクッキーが置かれている。パラソルの周りには何人かの衛兵にメイド、そしてレオンがいた。へらりと笑いながら、こちらに向けて手を振っている。


 その姿に苛立ちを覚えながらも、オズワルドはアルテシアに促されるままお茶会の席に座った。「さて、」と彼女が口を開く。


「お茶会を始めましょう! と言っても私はお茶会なんて経験ないですけど」

「……よくそれで俺を連れてきたな」

「だって気分転換にはこれが良いでしょう? ほら、これはハーブティーよ。疲労回復に良いらしいわ」


 そう言ってアルテシアが目配せをすれば、侍女がティーポットを持ち、オズワルドの前にあるティーカップに注ぎ始めた。ふぅん、と思いながら、持ち手に指を引っ掛け、カップのふちに口をつける。いつも飲む紅茶とは違ってすっきりとした味だ。これはこれでいいかもしれない。

 ふむ、と頷き、テーブルの中央にあったクッキーに手を伸ばした。そちらはいつものベリーのクッキーだった。噛むとサクッと崩れ、ホロホロと口の中に甘さが広がる。思わず口元を緩ませた。

「あ、」とアルテシアが声を発した。なんだ、と思い、彼女のほうを見る。彼女は笑顔で言葉を紡いだ。


「やっと笑ったわね」


 ……それが? と思い、首を傾げると、彼女は補足するように言葉を足した。


「あなたっていっつも私のクッキー食べるときは眉根を寄せるでしょ? だからどうにかしてそうならないようにしたかったのよ。この短期間でそれを成し遂げるなんて、さすが私ね」


 ふふん、とさほどない胸を反らすアルテシアに、オズワルドは思わずぽかん、と口を開けた。眉根を寄せていると言われても自覚なかったのだが、どうやらそうらしい。そして先ほどクッキーを食べたときに笑ったものだから、彼女は喜んでいるのだそうだ。

 ……理由は分からないが、なんとなくこそばゆくて、いたたまれなくなった。その気持ちを誤魔化すためにハーブティーを口にする。それでも胸に生まれた感情は消えなかった。




 その後お茶会は何事もなく終わった。ぽつぽつと会話をしながら……というよりはアルテシアが色々と話をするのを聞いて、オズワルドがそれに相づちを打っていると、しばらくしてクッキーの乗っていた皿が空になった。もう用はないと立ち上がって「帰る」と言葉を残して去る。

 けれど数歩進むとぴたりと足を止め、振り返った。アルテシアは心の底から楽しそうな様子でにこにこと笑いながら、だけどオズワルドが立ち止まった理由が分からないのか首を傾げている。これは言ったほうがいいのだろうか……と思いながらも、そっと口を開いた。


「うまかった」


 反応を確かめることなくその場を離れる。するとお茶会中は離れたところから見守っていたレオンが近寄ってきて、数歩後ろをついてきた。どうやらオズワルドとともに執務室に戻るらしい。

 無言で歩いていると、レオンの声が背後から届いた。


「それにしても変わりましたね。まさか陛下が女性を褒めるなんて」

「…………別に。正当な評価を下しただけだ」

「そうですか」


 端的な言葉だったが、レオンの声にはどこか嬉しそうな響きが感じられた。それがむずがゆい。それを紛らわせるようにズンズンと歩みを進めた。

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