4話 お茶会で交流を!(1)
「そういえば、あなたってちゃんと休憩してるの?」
そうアルテシアは思ったまま口にした。その瞬間、言われた本人――オズワルドはぴくりとわずかに手を止めた。それを見て、たまたまその場にいたレオンはなぜか笑顔を浮かべる。
オズワルドの執務室。アルテシアがいつものようにクッキーを届けに行って、彼の執務の邪魔にならないようじっと観察したり少し話をしたりしていると、ふと、いつ行っても彼は椅子から動いていないことに気づいたのだ。記憶にある限り一回も、だ。シュミル王国に来て十日目、彼の執務室に通うようになって九日目にして、やっとこの事実に気づく。
もしかしてほぼずっと執務ばかりしているのでは……と思って尋ねたのだが、この反応からしておそらく――。
レオンが口を開き、笑顔のまま勢いよく話し始めた。
「そうなんですよ! やらなければならないことが多くあるのは仕方ないことなのですが、せめて少しでもいいから気を紛らわせてほしい、といつも言っているんですけど、陛下は――」
「レオン」
オズワルドが何でもないかのように執務を再開させながら、厳しい声を発した。
「休憩なんて必要ない」
「それはおかしいわよ!」
アルテシアは即座に言い放った。ふんっ、と鼻を鳴らし、腕を組む。そのままじっと見つめていると、オズワルドは大きなため息をつき、しぶしぶといった感じにこちらを見上げてきた。その顔はめんどくさい、と今すぐにでも言いそうなもので、不機嫌であることがありありと伝わる。
その態度に苛立ちが湧き上がってきた。今、自分が客人だということも忘れて、アルテシアは怒鳴る。
「体を休めるのも王の仕事よ! 今倒れられたら誰が書類をさばくの!? 困るのは罪のない国民よ!?」
「だが――」
「いいから休む! せめて気分転換はしなさい! 仕事漬けなんて精神が病んじゃうわ! いいわね!?」
しかしオズワルドはぷいっとそっぽを向くだけだった。
ぷちっと、何かが切れる音がした。
アルテシアは彼の執務机に近づくと、手を伸ばし、彼の両頬を挟み込んだ。そして強引に顔をこちらに向かせる。
彼はしかめっ面をしていて、明らかに不機嫌そうだった。しかし臆すことなく顔を寄せ、「いいわね!?」と再度尋ねる。
そこからは耐久戦だった。無言で互いに目を見つめ合う。先に目を逸らした方が負けだと、頭のどこかで誰かが言っていた。
……しかし何分経っても彼は目を逸らさない。迷惑そうに表情を歪めるだけだった。
(これは、強引にでも休ませたほうがいいわね)
きっとそうでもしない限り彼は休みを取らないだろう。それくらいの意志の固さが窺える。
そうとなれば、何をするべきだろうか。アルテシアは彼から手を離し、考え込む。気分転換にいいのはいったい何だろう?
うんうんと唸っていると、オズワルドは執務を再開させた。解放されたと思ったに違いない。
(とりあえずユイリアに相談ね)
そういう約束だから。アルテシアは強く頷くと、そのまま部屋から去っていった。
「それならば、お茶会はどうでしょう?」
「お茶会?」
アルテシアが聞き返すと、「はい、お茶会です」とユイリアは頷いた。
王宮に与えられた客室で、アルテシアとユイリアはいつものように向かい合って座っていた。そこでオズワルドが執務をしすぎているから休ませたい、とアルテシアが相談したところ、先ほどの言葉だ。
お茶会……と心の中で呟く。確かに気は紛れるかもしれないけれど、お茶会ごときでいいのだろうか? 相談した身だが、睡眠薬を使って強制的に眠らせる、という手もあるし、そっちのほうが効果的な気がする。
首を傾げていると、ユイリアがどこか得意げに説明を始めた。
「物騒な方法で無理やり休養を取らせたところで、あの御方のことです、次からは同じ手にかからないでしょう。それでは意味のないことではないじゃないですか。結局いつか倒れてしまいます。ですので今回はとりあえず、こういうなんとかあの御方にも受け入れられる方法でいいと思います」
「なるほどね……」
確かにそう言われると、強引に休ませるのは悪手だと思えてくる。目的はオズワルドに継続的な休養を与え、末永く生きてもらうことだ。強引にやったところで対策されてしまったら本末転倒と言えよう。
ふむふむ、と納得しながら、だけどアルテシアはどこかもやもやとしたものを感じていた。どこかどうとか、具体的なことは分からない。しかしその提案はなんとなく気に食わない……というほどではないが、いつものようにユイリアに感激することはなかった。
いったい何が嫌なのだろう、と考えるが、その正体は見えてこない。ただ漠然と、心の中でアルテシアの一部が「嫌だ!」と拒絶していた。
そんな心の動きに戸惑っていると、ユイリアが「アルテシア様?」と言ってきた。「なんでもないわ」と首を振って、「それで、」と続ける。
「お茶会ってどうするの? 私、やったことないんだけど」
ずっと静かに暮らしてきていたから、成人済みにも関わらずアルテシアは社交の場に一切顔を出していない。しかも誰とも結ばれることなく、レーヴェン王国の王宮に骨を埋めるつもりだったため、そういう知識も持ち得ていなかった。お茶会をするって言ったって、何をどうすればいいのかも分からない。
「そうですね……」とユイリアは口にする。
「お茶会と言っても参加者は二人ですから、簡単なものでいいはずです。レオン様にでも相談してみます。とりあえずは明日、王宮のどこか――執務室以外の場所で、シュミル国王陛下とお茶を飲む、とだけ考えておけば良いでしょう」
「そう……分かったわ」
自分の気持ちを持て余しながら、アルテシアは頷いた。
その後もしばらく考え……結局このことは置いておくことにする。今のまま考えたところで答えは出ず、何にもならない。それならばより有用なことを考えたり、話し合ったりしたほうが良いだろう。
そう判断して気持ちを切り替えると、「それはそうとして、」と声を発した。
「やっぱりユイリアも休みが必要よね。働き詰めじゃあ、大変だわ」
そのことにユイリアは顔を顰めた。
「以前も言いましたが、私はアルテシア様に仕えるのが好きなのです。休みなんてなくても……」
「そう言わないの。私の気が休まらないわ。あなたのことが大切だもの。ね?」
アルテシアがくしゃ、と顔を歪めながらそう言えば、ユイリアはそっと目をそらした。それでも目を離さずにいると、「……善処します」という言葉がため息とともに漏れた。
「ありがとう」と告げて、アルテシアは立ち上がった。固まった体をほぐし、ふとある考えが浮かんで口を開く。
「ねぇ、ユイリア。レオン様を呼んできてくれる? どうせなら三人で作戦を考えましょう」
「そうですね、分かりました。呼んで参ります」
「ええ、お願い」
ユイリアはそっと頭を下げると、そそくさと部屋を出ていった。
その背を、アルテシアはなんとも言えない表情で見送った。
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