4話 お茶会で交流を!(3)
――うまかった。そんなオズワルドの言葉が脳内で反芻され、アルテシアは思わず笑みをこぼす。彼を笑わせることもできて、さらに嬉しい言葉ももらって、胸は達成感に満ち溢れていた。
ふふ、と笑いながら立ち上がり、シュミル王国から借りた侍女たちに片づけを頼んだ。彼女らは頷くと、そそくさと行動を始める。それがあらかた終わるまで何気なしに眺めてから、ユイリアを連れて部屋へと戻った。
気分が良くて、その場で小踊りをしたくなるほどだ。けれどそれは外聞が悪いので自重をしていると、ユイリアが「嬉しそうですね」と言う。
「ええ、本当に楽しいわ。今までに経験したことがないくらいよ」
それは心の底からの言葉だった。今が人生の絶頂期なのでは、と思うほど楽しい。理由ははっきりと分からないが、もしかしたら自分で何かやって、それを褒められたことがないからかもしれない。だからきっと楽しいのだろう。そうに違いない。
そんなことを思いながら、スキップでもしてしまいそうなほど軽い足取りで進み、やがて客室へと着いた。ユイリアに扉を開けてもらい、中に入る。
ウキウキとした気分でソファーに座れば、くすりと笑われた。
「少しは落ち着いてください」
「無理よ。ユイリアも分かるでしょ? なんだかすっごく嬉しいもの」
そう言って足をバタバタと上下に揺らせば、「はしたないですよ」と注意を受けた。だけどそんなこと気にならないくらい楽しいし、嬉しい。今すぐ二度目のお茶会を開いてもいいと思うほどだ。さすがにそれは無理だけれど。
溢れる気持ちをそのままに鼻歌を歌っていれば、「もう、アルテシア様は」とユイリアが楽しげに苦言を呈した。
「それほどシュミル国王陛下のことがお好きなのですね」
その言葉に、思わず鼻歌が止まった。ブラブラと揺らしていた足も固まり、微動だにしなくなる。ひゅっと息を吸う音がやけに大きく聞こえた。
……好き? ユイリアに言われた言葉を脳内で反芻する。あの男のことを? 誰が??
「アルテシア様?」とユイリアが不思議そうに首を傾げ、呼びかけてくるが、それに応える余裕などなかった。言葉がぐるぐると渦巻く。脳が理解することを拒み、受け入れられない。ドクドクと心臓の音がやかましかった。
……どれくらい経っただろうか。ひたすら声をかけ続けていたユイリアが、はた、となにかに気づいたようだ。「もしかして、」と口を開く。いつの間にかいつもの無表情に戻っていたが、瞳には心配の色が濃く浮かんでいた。
「自覚なかったのですか?」
「あ、あるわけないじゃない! というか、そもそも、どうして!? あの男、初対面の私に剣を向けてきたのよ! しかも国に帰れって!!」
「落ちついてください。冷静になりましょう」
「なれる訳ないじゃない!」
「あー!」とよく分からない叫び声を上げながら、その場で頭を抱える。自分で自分が分からない。どうしてあの男に好意を抱くことになった? そもそも自分は本当に好意を抱いているのか? ただのユイリアの錯覚では??
そんなことを思っていると、「アルテシア様」とユイリアに呼びかけられた。
「とりあえず深呼吸をしましょう。はい、吸ってー……吐いてー……」
その声に合わせて深呼吸をする。次第に落ち着き、心臓の音が小さく、ゆっくりとなっていった。何回かそれを繰り返したあと、ふぅ、と息をつく。
「……落ちついたわ。ありがとう、ユイリア」
「いえいえ、これくらいならいくらでも」
ユイリアはそう言ってわずかに口元を緩めたが、すぐに真面目な表情に戻した。
「とりあえず、恋心は受け入れられましたか?」
「それは無理よ!」
アルテシアはすぐさま反論した。落ちついたは落ちついたが、それとこれは別だ。あの男に恋なんてしていないし、そもそもそんなきっかけなんてなかったはず。ないったらない。ありえない。
そう納得し、一人頷いていると、ユイリアがこて、と首を傾げた。
「どうしてそんなに強固に言い張るので?」
「だってそんなのありえないじゃない。恋をするなんて、ましてやあんな男になんて、絶対にないわ」
そう述べれば、「……そうですか」という言葉が返ってきた。感情のあまり感じられない声色だったが、ぱちぱちとしきりに瞬きをしていることから、おそらく口ではそう言いながらも心の底では納得していないに違いない。
思わず顔を顰め、抗議をしようとしたが、先にユイリアが口を開いた。
「ですが、アルテシア様はシュミル国王陛下に褒められて嬉しいのでしょう? 今まで経験したことがないくらい」
「……まぁ、そうね」
それは事実なので頷く。今までにないくらい嬉しくて舞踊りたくなったのは記憶に新しい。それを否定する気分にはなれなかった。
すると、ユイリアがさらに尋ねてくる。
「それに、アルテシア様はかなり本気でシュミル国王陛下を落とそうとしてますよね」
「あ、あれは、あの男がムカつくから、仕返しをしてやろうと……!」
「本当ですか? それならばシュミル国王陛下の体調なんて気にかけなくても良いはずです。しかしアルテシア様はかなりあの御方のことを心配しておりましたよね? それこそ慣れないお茶会をするくらい」
「心配するのは、ふ、普通よ! あの男も人なんだから」
そう言いながら、アルテシアはそっと目を逸らした。ユイリアによって逃げ場がないように追いつめられているのを肌で感じる。頭の中で警鐘が鳴り響き、今すぐ思考を停止して彼女の話も聞き流したかったのだが、やはりそうはいかなかった。
はぁ、というため息が耳朶を打つ。呆れたようなもので、むっと顔を歪めた。「なによ」と問えば、ユイリアがしぶしぶといった感じに口を開く。
「強情だと思っただけです」
「事実じゃない」
するとまたもやため息をつかれた。苛立ちがふつふつと湧き上がってくる。強情なのはどっちよ、と言いたかったが、どうせ言ったところで彼女は認めないだろう。それこそアルテシアと同じように。誰に似たんだか、と心の中で呟いた。
パン、とユイリアが手を叩いた。
「分かりました。アルテシア様の言い分を認めましょう。アルテシア様はシュミル国王陛下に恋情など抱いていない。そうですね?」
「そうだけど…………絶対に納得してないでしょ」
「まぁ、してませんね。ですけど時間の問題でしょうし。嫌でもそうさせます」
「ちょっ、ユイリア!?」
思わずぎょっとして大声を上げたが、ユイリアはどこ吹く風というようないつも通りの無表情で椅子から立ち上がり、移動を始めた。まだ侍女の仕事が残っているのだろう。それは分かる。分かるが、彼女の言葉が不穏すぎる。嫌でも時間の問題にさせるって、いったい何をしようと考えているのだか。
そう思い、その後も声をかけ続けたのだが、ユイリアが話に取り合ってくれることはなかった。
(恋なんてしてないし……)
翌日。今日も今日とてお茶会用のクッキーを作りながら、アルテシアは心の中でそっと呟いた。あの男は初対面のときに手首を強く握りしめて剣を向けてきたし、その後も無視したりしてきたのだ。そんな人物に好意を抱くなんてありえない。
それに、恋なんて、アルテシアにとっては縁遠いものだ。父と母の馴れ初めは知らないが、それほど仲良くなかったと聞く。そもそも母は元々流浪の歌うたいらしく、国王である父からしたらただ気まぐれに手を出した相手だろう。二人の間に恋やら愛やらなんてなかったはずだ。恋なんて言われてもどういうものなのかよく分からないし、戸惑いばかりが大きい。
(どうすればいいのかしら?)
うう、と心の中で唸っていると、「アルテシア様!」とユイリアの声が鼓膜を揺らした。びくっと肩を跳ねさせて背後にいる彼女を見れば、手で額を押さえ、盛大なため息をついている。どうしたのだろう? と思いながら天板を見下ろし、――。
「あら?」
そこにはこんもりと山盛りになった生地があった。どうやら思考に没頭していたせいでクッキーの形を作る手を止めてしまっていたらしい。
久しぶりの失敗に、アルテシアは肩を落とした。今日もうまいと言ってもらいたかったのだが、これは絶対に無理だろう。はぁ、とため息が漏れた。
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