第8話 共有

 皆川と名乗る男は、周りを見渡しながら言う。地方の駐屯地とは言え、ここは軍事基地だ。簡単に入られても困るのだが。周りの隊員たちは、皆川が来たことより、蝙蝠の方に興味があるようだった。そして死体の処理を行う隊員も・・・。

「遅れてすみません。羽鴇三尉から連絡があって急いで来たのですが。」

「ハトキ?」

「ああ。私の苗字です。羽鴇リオ。これがフルネームです。」

「なるほど。」

 皆川は、ヘッドセットとシューティンググラスを外しながら言う。皆川は、いかにも軍人らしい顔立ちで角刈り。歳40と言ったところか?さっき今野が言っていた騎士の正体か。

「この基地の責任者の方はどちらですか?」

 俺たちは、訓練でこの駐屯地に来たに過ぎない。隊長は、今野だが。今野は姿が見えない。

「私たちの上官がどこかにいますが。今は一緒ではありません。私たちも訓練で来たので責任者がだれなのかわからんのです。」

 曵野がそう伝える。皆川は少し困った様な顔をする。

「そうですか。この騒ぎだ。状況だけでも伝えたかったのですが。」

「あなたもジエイタイなんですか?」と曵野。

「ええ。私は陸上自衛隊の隊員です。羽鴇から話を聞いたようですね。私たちは、皆さんと違う時間を歩んだ日本から来たのです。」

 リオが口を挟む。

「皆川一佐。想定外の事態です。この世界にアメリカはありません。」

 皆川はそれを聞いて驚く。

「アメリカがない?それはどういうことだ?」

 リオには俺たちが伝えたに過ぎない。俺が話す。

「合衆国は、1960年代に核戦争をやってこの世界からなくなりました。ソ連もほぼ崩壊ですね。」

「ソ連?ロシアになる前になくなったというのか。それも核戦争だと?」

「ええ。発端はキューバですね。1962年だったか?MRBMでドカンですよ。詳しい話は、俺も覚えていませんが。」

「なんということだ。羽鴇から聞きましたか?この騒動の発端は合衆国なんです。彼らは、物質をこの時間軸へ移行させる技術を開発した。詳細は私にも理解不能ですが。だが物質をこちらに移せるということは、’物質を向こうに移さなければならない’ということです。世界は、エネルギーが安定な方向へ向かおうとします。つまり廃棄物をこちらへ移すとともに自動的にこちらの物質が、我々の時間軸へ移るということ。」

 あまりにも哲学、いや科学的すぎてよくわからない。つまりそれはどういうこと?

「ケモノは、向こうの世界の廃棄物なんですよ。こちらへ移すと同時にこちらの世界の物質が向こうの世界へ移行してしまう。合衆国はそれをある程度、意図的にできるようにしたのです。元素の重さとかその辺が関係するようですが、希少資源。それを彼らは求めているのです。」

 にわかには信じがたい話だ。たしかにリオがさっき、物理法則がどうとか言っていた。

「重量が同じであれば良いようです。希少物質は総じて重量があるのでその分ある程度の大きさのケモノが必要になるのです。まあ放射線を出す元素が小さくて重量もあるので良いのでしょうが、それはさすがにハンドリングも悪いため、やってはいないようです。だがなぜ廃棄物であればよいのに攻撃性を持つ動物なのかはわかりません。」

 リオが、補足する。

「これは防秘-機密事項に該当します。しかしわからないのは、アメリカがこの世界にはないということ。」

 皆川も頷く。

「今、羽鴇が言ったことは私たちも知りませんでした。」

 この世界にアメリカという国はない。だが、彼らの世界には存在しているということ。自分たちが存在しない世界に対して何をアプローチしようとしているのか。「正直、俺は話は半分も理解できない。つまりあなた方は、それを阻止するためにここに来たと?」

 二人は同時に答える。

「はい。それは間違いありません。」

 その時、今野が姿を現す。右手には銃-SIG220を構えている。「隊長、大丈夫です。」俺は、右手を上げて答える。だが今野は、銃を構えたまま。

 皆川が、敬礼をする。

「陸上自衛隊 実験観測部隊隊長、皆川一佐です。」

 一佐とは、どの階級なのかわからないが、佐官クラスだ。今野よりも階級は上。

「私は日本陸軍の今野です。すみませんが、あなた方の正体はまだ不明だ。銃を向けて大変申し訳ないですが、話を聞かせてもらえませんか。」

 皆川とリオは頷く。

「ええ。それを伝え、協力するためにここに来たのです。」

 リオはそう言って、腰に着けていた剣を地面に置く。皆川も同じく’二本の’剣を地面に置いた。背中についているロケットランチャー(えらく小型)の方が物騒だが、上半身の翼と一体になっているようですぐには外せないのだろう。

 今野も頷き、銃をホルスターにしまう。

「ついてきてもらえますか。まだあの化け物が来るのであれば、我々が対応します。」

 二人は今野に同行する。リオがちらりと俺の方を向く。少しだけ口角を上げる。含みがあったわけではないだろうが、俺には理由がわからなかった。


「問矢。今日はボロボロだな。二人とも運が悪ければ死んでいた。」

「ああ。本当だ。今生きているのが不思議だ。しかしジエイタイって何なんだろうな。俺たちと違う世界や時間軸と言っていた。」

 曵野は、ため息をついて言った。

「並行世界とかいうやつか。昔SFで読んだ記憶があるな。いろんなステージゲートが俺たちの人生にはあって、その選択肢の違いで無数の世界が存在していくと。」

 俺は、正直わからない。物質論がどーだとか実際どうでもよかった。問題なのは、相手がいて戦う必要があるということ。

 

 そうこれはすでに戦争なのだ。

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