第3話 撤退
-その日。全世界の100か所以上で同時刻にケモノが出現した。
対抗手段を持たない数千人は、そのケモノの犠牲になった。ケモノは、地球に存在する、どの動物にも似ていなかった。異形。鋭い歯や爪、角を持ち、迷うことなく人を襲い、食った。その映像は、動画サイトにアップされ、テレビでも幾度となく放送された。
ある者は、古典的物理学の崩壊だと騒いだ。人が襲われているのに騒ぐことか?とも思うが、地球上に存在しない’物質’が出現したのだから、質量やエネルギー保存の法則に反する。まあ地球上に存在する物質も隕石などで多少は増えたりはするのだろうが。
ケモノとともに幾人かの騎士-ガーディアンと呼ばれた-も出現した。恰好が中世の騎士に似ているからそのように呼ばれたが、実際は中世の騎士とは大きく違っていた。彼らは、非常に高い技術で作られた鎧や武器を持っていた。ガーディアンが同時に出現したところは幸いだった。彼らはケモノを倒し、人を救った。俺たちが出会った少女もガーディアンの一人だったようだ。-
彼女は、俺たちに問うたあと、剣を鞘に納めた。その表情は少し緩んだように見えた。
「我々は日本陸軍のものです」
俺は、彼女の問いに答える。ふとさっきの陽炎の方を見たが、すでに空間の歪みはなかった。
「ああ。軍隊の方ですね。私は、ユリティアム王立国のガーディアンです。」
「ユリティアム?」
曵野は、マイク越しに答える。彼女には聞こえないが。ヘッドセットからわずかに音が漏れた。
この地球上にそんな国はない。そもそもこの現代にそんな恰好をしている人間はいない。中世の騎士のような鎧を身に着け、剣をぶら下げている。まあ銃刀法違反は間違いない。
「はい。私の国の名前です。そこから私は来ました。」
彼女はそう言ってにっこりと笑う。その。この世のものと思えない。美しさに俺は一瞬、息を飲む。
黒く長い髪。女性にしては高い身長。すらりと伸びた足。そして目を引き付ける青い瞳。
普段、俺の周りが男ばかりだけであったせいではないだろう。
「ここで何をしている?」
曵野はまだ警戒しているようだ。ヘッドセットを着け、周りの音を増幅した状態で聞いてきた。俺はちらりと曵野の方を見るが、曵野は彼女を注視している。シューティンググラスの奥の目は鋭いままだ。
「私は、あなた方が倒したケモノを追ってきました。ですが、目的があります。ここで話すには少し・・・。」
そう言って彼女は、左手を上げる。その瞬間、曵野は下に向けていた銃を持ち上げ、銃口を彼女に向けた。セーフティを外し、引き金に指をかける。曵野は、アッパーレシーバーだけをHK416に変えている。俺はリュングマン式が嫌いではないのでM4のままだが。
彼女は、少し驚いた素振りを見せたが、
「ああ。あなた方はそういう方たちでしたね。大丈夫です。仲間に連絡をするだけですから。」
と言い、曵野の動きを見る。彼女は右の腕-剣を抜く側-も上に上げた。それを見た曵野は、銃口を少し下げた。引き金には指がかかっている。
彼女の左腕の手首には、その恰好に似つかわしくない時計のようなものを着けていた。
「曵野。大丈夫だ。爆弾のスイッチだとしても一瞬だ。」
「触ってもよいかしら?」
曵野は、少しだけ頷く。それを見て彼女は、その時計のようなものに触る。スマートウォッチの類だろうか?中世のような恰好をしているのに。
「私です。状況終了。こちらは手を出さずとも解決しました。場所は・・・・。」
場所は聞こえなかった。いや聞き取れなかった。俺たちが知る言葉ではないようだ。
「終わりました。先ほどの話。私たちの目的を話したいのですが、あなた方の家・・・。いえ基地に連れて行っていただけませんか。言葉が通じることも不思議に思っているのでしょう?説明します。」
彼女はこちらを見て微笑む。
「問矢。どうする?LZまで移動してチョッパーを呼ぶか?こいつはどうする?」
どこから来たのかわからないが、注意すべきは未知のウィルスや寄生虫。ケモノはともかく彼女を見る限り衛生状態は悪くないようだ。ケモノの血は、周囲に散らばって脳漿もばらまかれているので、正直もう遅い。専門の部隊に任せるしかないだろう。
さて彼女をチョッパーに乗せるかどうか。
「あなたは、移動する手段があるのですか?その歩く以外に。」
俺はそう聞く。変な質問だが。
「いいえ。ここまでの移動は、ロードを使いましたが、現出した以上、物理的な移動手段しかありません。」
「ロード?現出?」
少しその言葉に引っかかるものを感じるが、置いていくわけにもいくまい。俺は覚悟を決める。
「連れて行こう。すでに訓練継続の状況じゃない。」
曵野はその言葉を聞いて、ヘッドセットのマイクを2回叩く。LZまで移動する。だ。チョッパーも移動を開始するはずだ。LZまでは約10分。実際の戦場ではないのできちんと整備された着陸地。
「ヘリコプターまで移動します。ついてこられますか?」
「はい。」
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