シェアハウスですが女の子を拾いました。②

× × × ×


松澤まつざわかなう

 「はい…」


 新しくなった教室と、新しくなったクラスメイト達。そんな新鮮な空気が作り出した静寂せいじゃくは、男性の担任が俺の名前を読み上げたタイミングで少しずつ瓦解がかいしていく。

 それもそのはず、俺の名前が動詞だからだ。

別段今までは気にしていなかったけれど、高校に入学して日を重ねていく毎に段々この名前を嫌うようになってしまった。

親から授けてもらった名前。親を責める俺には、こんなちっぽけな悩みが大きな心残りとなっている。


 「かなうって…っぶ」「くすくす」「変ね…」「てか誰だよあいつ」「知らないわよ」


 これだから学校には行きたくなかったのだ。友達がいない生活は今に始まったことじゃないし正直慣れている。しかし、こうやって名前一つで悪目立ちすることはあまり好きではない。

 こいつら新クラスで俺をキッカケに仲良くなってんじゃねーよ。


 「室町むろまち明音あかね

 「はい」


 淡々たんたんと読み上げられていくクラスメイト達の名前。その中で一人の少女の名が呼ばれた瞬間、教室内は一瞬に音をなくす。男女関係なく、少女に釘付けで言葉を発することを忘れているのだ。

 

 「今日からよろしくね」

 「お、おう…」


 隣の席に座るその子の名は室町むろまち明音あかね。160センチほどの身長で、うちの学校の女子の中では高く、黒髪のショートヘアのインナーは室町のイメージカラーの桃色に染まっている。そのはなやいだ雰囲気は、誰が見ても美少女と言うだろう。

 ちなみに、この学校の校則で髪を染めることは基本的に禁止されている。しかし、室町明音と他3人は例外だ。

 4人組女子高生バンドの【KArI《カール》】のボーカル兼ベースをこなし、高校入学時から活動を始め、それから一年で最近は雑誌で取り上げられたりと、少しずつ室町は才能をあらわにしてきている。

そんな室町、いや、KArlのメンバー全員を“仕事”という名目めいもく上、学校側は一部の校則違反を許容しているのだ。

 普段男子と話さない室町が、急に俺みたいなぼっちに話しかけるものだから、周りの生徒達の衝撃は大きかったらしく、目を見合ったり何かボソボソと話し合ったりと、微妙に教室が喧騒けんそうに包まれる。

 俺自身も室町の行動に多少は驚かされたが、実は予想していたことだった。


「同じクラスとか初めてだね」

「そうだな」


少し顔を赤くして室町はニコッと微笑み、その表情に少しだけ俺は見惚みとれてしまった。

 しかし、この程度のことでは引っかからない。

室町とは小・中・高と同じ学校でそれなりに顔見知りである。だから今の言葉も笑顔もきっと社交辞令に決まっている。引っかからないよ!ハニトラなんかには!

実際に何人もの男が告白しているのだから、それなりにわなを張っているはずだ。

 ちなみに話したのは今日が初めてです。

 はい。めっちゃ嬉しいです。


 「実は今日、華宮はなみや緋夏ひなという転校生が来る予定だったんだが、欠席らしい。また登校したときに紹介するよ」


 クラス全員の名を読み上げたあとに、担任はそう言った。

 よく見ると、1番後ろの席が空いている。

 華宮緋夏…聞いたことがあるような名前だけれど、顔などは全く浮かばない。

でもどこかで…やっぱ思い出せん。

 周りの生徒達は、担任の言葉を聞くなり何だか怪訝けげんそうな様子を見せ、再び教室を喧騒けんそうに包む。

 うるさくなったり静かになったりいぶかしんだり。リアクションのデパートかお前らは…

 まあ、華宮はなみや緋夏ひなという子は、転校初日に欠席をするのだから、クラスメイトにあまり良くないイメージを付けられているのかもしれない。それは必然的。御愁傷様ごしゅうしょうさまです。

 無遅刻無欠席でも“かなう”なんて名前一つだけで変なレッテルを付けられている俺が言えることではないけれど…


 「2年生は大切な時期だ。それぞれ将来のことを考えるように。それでは1年間よろしくな」

 

 生徒名簿を閉じて、担任が全員にそう呼びかけた。

 将来のこと。そんな漠然ばくぜんとした先の未来を真剣に向き合う高校2年生はそう多くない。そして、目を逸らしているやつも。

 俺は、人知れず焦りを感じた。

将来…それは俺に約束されたことなのか。———間違いなく否である。

 

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