シェアハウスですが女の子を拾いました。

おざおざ

第1話 シェアハウスですが女の子を拾いました。

シェアハウスですが女の子を拾いました。①


—君は、どうして辛そうな目をしているの—


 彼女はうつろな眼差まなざしでそう言った。

 

 むくわれない毎日に嫌気がさしていた。

 どんなに頑張っても誰も自分を見てくれない日常が心底嫌いだ。

 

 そんな俺の日常は、この瞬間から少しずつ変わっていった。


× × × ×


 ほほでるザラザラとした感触。妙に生暖かくてけものの臭いが鼻を通る。

 

 「朝から何だよ…」


 素直にひらいてくれない目を何度かこすり、頬を舐める獣を天井に向かって持ち上げた。カーテンの隙間すきまから入り込む細い陽射ひざしが、黒猫のワルツの顔を照らし、ワルツはまぶしそうに目を細める。

 ベットから体を起こした俺の視線の先には、半開きになっている部屋の扉。つまるところワルツは猫特有の身体能力を駆使くしして夜中に扉を開け侵入したのだ。

 それはワルツだけでなくベットの中で丸まっている白猫のタンゴも同じようだ。

猫と迎える朝は嫌いじゃない。むしろ幸せだ。しかし、その幸せもぐに崩壊してしまう…

 

 「かなちゃーん!朝ごはんできたわよー!早く起きないと遅刻しちゃうわよ〜」


 何の抵抗もなく勢いよく開け放たれた扉から、身長190センチ近くの大男が入ってきた。口調はアレなのに半袖がパツパツになるほど鍛え上げられた男らしい肉体と低い声。それをおおうかのように真っ赤なハートのマークがでかでかと入ったピンク色のエプロン。そして金髪のひかえめなアフロ。られたばかりの青髭あおひげが妙に気持ち悪い。


 「クリスさん勝手に入らないでくださいよ」


 クリスさんの年齢は29歳。正真正銘しょうしんしょうめいのオネエである。傍目はためから見れば気持ちの悪いアメリカ人なのだが、実はこう見えて天才作詞作曲家として数々の失恋ソングを世に出し、名を広げている。音楽業界でクリスさんのことを知らない人はいないらしい。

まあ、この見た目でオネエなのだからそんなことしなくても有名になると思うのだが。

とりあえず、そんなクリスさんのことを心の中では『すげぇ』だとか思っていたのだけれど、こうやって投げキスをしてウインクをされると、やっぱり『気持ち悪りぃ』という感情がどうしても勝る。身内から見ても気持ち悪いアメリカ人でした。


「早くしないと高校二年生の初登校が遅刻になってしまうわよ〜」


そうだ、刺激の強い朝を迎えすぎて忘れていた。今日から俺は高校二年生になるのだ。

 クリスさんがリビングに戻ったことを合図にいつもよりも重たい体を起こし、菊池ヶ丘きくちがおか高校の制服を着て、リビングに向かった。


 「はい…えぇ、分かりました…それでは…。おはよう、かな、ひどい顔してるな。早く洗えって」

 「朝から下着姿の人に生活上の指摘をされたくない…」


 スマホを机に置く下着姿の女は、身長が170センチと高く、出るところは出ているのにキュッと締まったくびれ。黒髪のセミロングをまくし上げ、ヘアゴムでめている。

 紫吹しぶき秋菜あきな。アナウンサーとして芸能界で活躍し、その整った容姿からファンが数多く存在している。

そして何よりもテレビ上での活躍が上々で、仕事も多く最近では人気音楽番組のMCを任された。

 一般男性ならば、この黒のセクシーな下着姿に欲情すると思うが、俺にしたらただの面積の少ない布を身につけている女にしか見えない。

 画面の中では常にニコニコしておしとやかな雰囲気をまとっているのに、シェアハウスになった途端、態度も口調もガサツになる。だから秋菜あきなの全裸を見ることは多々あり、今更ブラと紐パンなんかでは何も思わん。


 「ほら松澤まつざわ紫吹しぶきペア、早く朝飯を食べなさい」

 「クリス、何そのエプロン」

 「昨日買ったの、お気に入りよ」


 俺が住んでいるシェアハウスはかなり奇妙だ。


 201号室の人気アナウンサーの紫吹秋菜。202号室の天才作詞作曲家、オネエのクリス・ハルスティーン。そして、101号室の俺、松澤まつざわかなうである。

 何が奇妙かって、こんなに個性溢れる2人に無個性で高校生活ぼっちを余儀よぎなくされた俺が挟まれているということだ。


 「じゃあ、行ってきます」


 朝飯を食べ終え、イヤホンを両耳に突っ込み、音楽を流す。そして、中学から使っているママチャリで学校に向かった。

 空は快晴で雲ひとつ無く、春の好風こうふうほほでる。学校に向かう途中の桜の並木道と、その横を通る電車が花びらをかき混ぜる。そんな新学期に普通の生徒ならば胸を踊らせるだろう。

しかし俺は…


 「はぁ…行きたくねぇ」


 マジで行きたくねぇのだ。

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