第5話 大都市と情報
精霊都市アルカディア。
かなり大きな都市国家であり、人口は20万人超の公国。
人口が多いだけでなく、かなり施設も揃っている。
冒険者ギルドなどの必須施設から珍しい図書館や学校まで存在する。
さらにイベントホール……というよりはもう少し野蛮だが、武による頂点をせめぎ合う闘技場も。
普段は祭儀に使われているようだが。
「さーて……♪」
入国は余裕。
衛兵など3秒あれば魅了出来る、何のデメリットも無く侵入成功。
まぁ今にもあの衛兵は私を忘れているだろうし私もあの衛兵の顔など覚えていない。
そこそこ強めの魅了耐性が張られていたが、そんなものが私に障害たり得る訳もない。
"侵略ですか? 虐殺ですか? 内乱ですか?"
「しないしない」
今のところは。
まずは楽しいものを探そう。
適当な冒険者っぽい服装の男から金袋を掠め取りちょっとした金銭を入手。
ちょっとしょっぱいがまぁ許してあげよう。
本当は魅了で何もかも無料サービスにしたかったのだが、どうやらこの街全体に悪魔対策がなされているようで。
具体的には上空に監視用の鳥型ゴーレムが飛んでいる。
魅了、吸精などして見つかってしまったらどうなるか……試してみないとわからない。
幻惑はある程度問題なさそうだ、羽や尻尾は隠せそう。
普通のサキュバスならともかく、サキュバスロード様ですよこっちは。
しかし魅了するにはそれなりに準備が必要みたい、もう少しレベルが上がればもっと簡単になるのだろうけど……
「さて……どうしようかなぁ……」
前にも言った通りにやりたいことがない、やることもない。
ただただ何となーくここにきただけ。
このまま本当に何もやることがないと吹っ切れて本当にノワールが言うように悪魔らしいイベントを引き起こすことに……
サキュバス的にはそれもありというか大歓迎と言うか。
殺すために殺すのは趣味として中々楽しい。
目の前の金髪の美女も、青い髪の男も、みんな同じ形になる。
私にはそれは呼吸をするように容易く敵う……
「……んっ……」
やば。
ちょっと……濡れてきた。
"良いのですよ……ご主人様? このノワール、全力で貴女様がお悦びになられるよう……"
……やっちゃおっかなぁ……?
と、その時。
「どいてくださ〜いっ!」
「きゃあっ!?」
後ろから衝撃。
突き飛ばされる私。
地面に投げ出され五体投地。
「ご、ごめんなさい……平気ですか?」
"……処刑しましょう。この雌豚"
ノワールの声が1オクターブ下がった。
やばい、死ぬぞこいつ。
振り返って見ると。
「だ、大丈夫ですか……?」
美味しそう。
それが最初の印象。
金髪の聖女。
青瞳の乙女。
白い衣をまとった美しい少女だ……私の好みどストライク。
よだれが垂れてしまう。
「あ、あの……? まさか……どこか痛むとか……」
「えっ!? あ、いや、大丈夫大丈夫……」
危ない。
見た目からして聖職者だろうこの少女は聖属性の魔法を使うだろう。
サキュバスにとってそれは弱点中の弱点、なんの対策もしていない私にしてみればダメージになりかねない。
そうなれば……最悪はあるだろう。
ここで再び死ぬか……あるいは、大虐殺か。
ギリギリで民たちは助かった、と言えなくもない。
やろうとしたのは私だけど。
「私はフィオラと申します。改めて無礼をお許しください……」
「いや大丈夫だから……」
このまま相手が下手下手に出てしまうと本当に聖魔法を使われかねない。
「あー……とりあえず、フィオラ、また」
危ないし怖いのでさっさとこの場を去る。
ちょっとは人間の暮らしをする気があるので今はまだそんな事をする気は無い。
逃げると、その先には小さな広場を発見。
「串焼き焼けてるよー」
「蜂蜜漬け、高いけど美味いよ〜」
出店が沢山ある。
匂いもいいし釣られたのかもしれない。
適当なパスタと焼き物を買い、食事を堪能。
「ん、悪くない悪くない♪」
味が濃い目で美味しい。
調味料を使っているのは珍しいなぁ。
すると、視線。
振り返ると、多分貧困の子供だろうか、ボロ布切れを身にまとい、こちらを見ている。
母親らしい人間が注意しているが……子供が動くはずもない。
んー、どしよかなー……
人間的な常識として考えれば突然施しを与えるのはあまりよろしくはない。
依存と堕落は結びが強い。
私が施しを与えることによりこの親子が他者からの施しに依存する様になれば堕落は必至。
さらに言えば……堕落した人間の生命力は不味い。
善悪どちらにせよ活気と悦楽に満ちた欲深い存在ほど、サキュバスの食事として上質なのだ。
魔力も同じだろう、そんなものを吸う気にはならない。
それに、貧民に金を与える、これがまぁ……国家的には非常にタブー。
親子の見た目的に暴力も薬もやってなさそうだから大丈夫だろうけど……。
しかし……面白いことを思いついた。
「おいで」
その一言に子供達は表情を変える。
歓喜の瞳、サキュバスでなくとも一瞬でわかるだろう。
母親も驚愕と歓喜が共存している。
そして、抵抗もなくこちらに歩いてくるのは遅く無かった。
「好きなもの食べておいで」
「いいの!?」
「そんな……! よろしいのですか……?」
金袋からざらざらと貨幣をテーブルに広げる。
多くはないがこの親子を満足させるぐらいは軽い軽い。
銀貨と銅貨がそれなり、銅貨が10枚もあれば私と同じメニューが食べられる。
パスタに串物を持って、子供は好き放題に、母親は罪悪感を待ちながらも食欲には勝てない。
で、だ。
「お腹いっぱい?」
「うん!」
「本当に……ありがとうございます……」
2人は幸せそうな顔をしている。
ま、これぐらいならいいか。
「それで、私はちょっとした田舎から来ててね。この街のことをいろいろ聞きたくて、さ?」
「構いませんが……私たちの様な低俗なものに聞こうとも……」
いや、それがいい。
一般市民や、まして貴族などでもない。
本当は商人を使えれば楽なんだけど、難易度が段違い。
商人を使うには金がいる。
「この国っていつからこんなに監視が強く?」
「半年ほど前、でしょうか……魔王が勇者様により征伐されてからすぐ、この警戒網が敷かれました」
ま、順当か。
「いやはや、田舎だとこういうの見なくてねー、魔王が殺されちゃったのを知ったのもちょっと前」
「なるほど……確かに、それでは生きづらいでしょう……」
本格的な情報は今は要らない。
民が見て、変わったことを知りたい。
つまり、私が寝ていた間の1年分の変化を知る。
貧民とは俗世の変化には聡いものだ、あれやこれやと何とかして貧困から抜けようとする。
一般人では変化を望まないことから得がたいことが貧民から得られることも少なくない。
貧民は街のことを良く見ているから。
商人ならばもっと正確に情報が知れるのだが、やはり金がいる。
専用の情報屋ならば尚更だ。
「魔王が討伐されてからこの国で変わったこと、知りたいな。教えて?」
「もちろんです」
それから、以下のことがわかった。
この国での監視態勢は半年前、魔王が征伐されてから整えられたもの。
それまでに魔王のもとを離れ、この都市を襲いに来た悪魔たちが少なからずいた様だ。
悪魔を観測した鳥ゴーレムたちは悪魔の近くで鳴き叫び、悪魔を捕らえたものにはそれなりの報酬が支払われると。
鳥ゴーレムたちは警報装置だったらしい。
さらに、貧富の差が激しくなったこと。
勇者という存在に感化され、最近ではどの国も強さを求める様になった。
子供の頃から英才教育的に魔法や剣術などを習わせ、強い兵士になるのを夢見させる。
聖騎士団、などという指折りの実力を持った兵士たちを集めた国家プロジェクトまであるとか。
ま、そうなれば当然税金も上がる、貧困は増すばかりだ。
逆に、これは意外だが冒険者は減ったようだ。
考えてみると必然だ、なんせロマンがない。
いつかたどり着く強敵、それが無くなった。
そうなったら拍子抜けもいいところだ。
まぁどうせ腕っ節しかない連中だ、すぐにここしかないと戻ってくる。
あとは基本的には取るに足らない情報ばかりだった、隣の家がうるさいとか食事出来る場所が減ったとか。
ただ、1つだけ。
「勇者様と同じ様な、転生者が……最近増えた、ような気がします……」
「転生者が……?」
転生者。
まぁ、有り体に言えば異世界とやらから流れてきた奴らの総称。
死んで復活したとか、気づいたらここにいたとか、パターンは少なくない。
ちなみに勇者も転生者という噂はあった。
何しろ、転生者というのは何やらギフトと呼ばれるステキなスキルをお持ちらしい。
この世界を見守る女神から与えられたー、とか本人たちは言っているが、詳細は不明。
持っているものと持っていないもの、それらも共通点がないためである。
魔王討伐のために転生者は現れる、なんて魔王軍の幹部の誰かが言ってたけど魔王死んだのに増えたのかよ。
女神何がしたいの。
「この国にもかなりの数がいるようです、50人弱とも、100人を超えるとも」
「うわぁ……」
転生者はそもそも少ない、これはある種の常識。
何か制約があるのか、転生者の数を揃えて何かをしたいわけでもないようで。
大きな国でも10人いれば多い方、なのだが……
噂に尾ひれが付いているとして、30人前後といったところだろうか。
転生者は国の戦力足り得る、国が発表するときは多少かさを増して宣言するはずだ、実際はもっと少ないだろう。
しかし、面倒だなぁ。
転生者はギフトを持つ、というのが通説だが、そのギフトが個人で違うのだ。
その中にあらゆる幻惑を看破するスキルを持つものが居たら。
「たはー……この国出よっかなぁ」
「わ、私が何か失礼を」
「いや……違うから大丈夫……」
情報に萎えているだけなので気分を直しておく。
"ご主人様でも惑わしきれないものがいるとは考えにくいですが"
ま、そうなんだけど……
勇者も鑑定スキル持ちだったし、それでも私のステータスを看破できなかった。
それで油断するほどではないが、そうそう起こり得ない、はず……
「ん、だいたい把握できたよ、ありがとう。情報料にそれは好きに使っていいから」
「へあっ!?」
金袋を置いてその場を去る。
盗んだ金だし、別にいーや。
大げさにお礼言われながら去る。
いやー善行は気持ちいいなぁ。
「あとは……やる事は……」
とりあえず天敵の視察、かな。
大概は街の中心あたりにあるので、進めばすぐに見つかった。
十字架にステンドグラス、大きな鐘と聖なる力。
教会、ぶっちゃけサキュバス含め悪魔たちの最大の壁と言える。
何故なら、教会に所属する聖職者になるための条件とは、聖属性の魔法が使える事。
ぶっちゃけそれしかない。
信心深いとかそういうのもない。
だから純粋に悪魔たちへの特攻能力がある集団が出来るため、それがえんやこらと悪魔祓いに出向いてくれば私たちにかなり不利な状況が出来る。
教会に入ると、それはまぁ見事な作りで。
かなり信頼されてる証だな。
「あら、見ない顔。どうなさいましたか?」
そこでは数人の修道服の聖者たちがいた。
ベンチに座り、祈るものたちも。
「旅のものなのですが、この街では教会が有名と聞きまして」
聞いた覚えはないけどね。
こう言っておけば相手の態度次第である程度の力量や地位、権力を知れる。
「有名……と言うほどではありませんが、我々の日々の努力の成果であれば……それほど喜ばしいことはないでしょう」
ふむ。
「貴方も女神に祈りを。もうすぐで聖天符を配りますので」
「せーてんふ?」
何じゃそりゃ。
ノワールも言ってなかったし、私の頭にもない。
この場所独自のものか。
言われた通りにベンチに座り、誰にも見られないように中指を立てる遊びをしていると。
「信心深き子羊の皆さま。女神の慈悲をここに与えます」
聖職者のなかでも若い乙女たちが何やら赤黒い布を配り始めた。
何だろあれ。
「これで……これで救われる……」
「あぁ……女神よ……天使よ……」
それを受け取ったものたちはまさに今すぐ解脱しかねない程喜んでいる。
聖天符? を手に女神に深く深くお祈り申しあげておられるらしい。
「はい、どうぞ」
わたしにも聖天符が渡された……
瞬間。
くっ!?
"ご主人様"
だ、大丈夫、大丈夫……
「ありがとうございます」
「はい、貴方にも女神の導きあらんことを」
すぐに見つからないようにベンチの下に投げ捨てる。
くそっ、ふざけたもの渡しやがって……
多分聖天符は私の想像と同じなら……ちょっとした厄ネタだな。
まぁ二度と近づかなければ私には関係のない話だ……人間はこうやって迷信を信じるから信用できん……
さっさと今日は宿屋に行くとしよう。
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同刻、アルカディア付近。
「きひ、きひひっ……♪」
「美味しそうな人の巣……♪」
「いーねーいーねー♪」
飛行する悪意。
それらは瑞々しい少女の形から麗しい女性の形をしていたり。
しかしそれらは外見以外はすべて、すべてにおいて低俗。
男を誘うために、サキュバスたちは美しいだけ。
「あー、お腹空いちゃったなぁ♪」
緑色の髪を揺らす、華奢な少女も。
「ふふ、早く早くぅ♪」
青い髪と、大きな胸の女性も。
みな、サキュバス。
今サキュバスたちは群れをなし、大きな都市を狙っていた。
サキュバスロード、ブランの元部下たちである。
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