第3話 餌

それからというもの、とりあえず歩く、歩く。

別段予定もなければやる事もないので。

レベルアップのために草むしりするほど慈善活動家ではないし、そもそもそんなものから吸い取れるレベルは極めて微量、あんな広範囲で吸収してたったレベル8である。

《生かさず殺さず《デッドライン》》で木を丸々一本吸収してもレベル9にはならなかった。

この世界で戦闘に一切触れない一般人はおおよそレベル10程度なので若干届かない。


魔力というのは、動物や魔物が多く保有している。

人間はまちまちだが……最近の国、サキュバス対策厳しいからなぁ……

下手すると第三の人生を歩むことに。

ていうかこの次があるかは疑問だけど。


そうそう、歩きながらノワールとの会話で色々な情報をもらった。


まず、私が生き返った理由。

ノワールは私が死ぬ時に私の魔力を空間から根こそぎドレイン、それを原型に外骨格、つまり私の体を作り上げたらしい。

ほぼゴーレムの作り方である。

サキュバスゴーレム……何それ新しい。


私の魂がその肉体に戻るかどうかは五分五分だったが、私がここにいるということは戻ってこれたようだ。


次に、世界のこと。

魔王は討伐され、勇者は世界を平和にした。

今はそれから大体1年ほど経つらしい。


まぁそれはどうでもいいかな。

別に復讐心とかないし、魔王は……うん、どうでも良い、どうでも良い……

力はあれど支配せず、みたいなタイプの、ただただ君臨してただけの平和魔王だったしね。

むしろ勇者が過剰に殺意剥き出し過ぎ。

人間は魔物は魔王が操ってるって思ってる節あるし仕方ないか。

あんなの動物と同じで人間より昔からいたんだけどなぁ。


あとレベルドレイン。

単純にエナジードレインの進化型だったようだ。

私の魔力に反応して昇華したらしい。

私はドレイン系統は1人2人潰せればいいと思っていたのでそんなに重要視していなかったのである。

まさかそんなトンデモスキルがあるとは。


あとは細々としたこと。

大陸の魔物が大討伐で数を減らしていること。

魔王の直属の幹部たちはほぼ全滅したこと。

その他諸々。

まぁ有益なことはほぼ無かった。

強いて言うなら影からマントを作ってくれた、全裸だと目立つのでありがたい。

ノワールは地図とか作るタイプでも無いし、この辺の地理に詳しくも無かった。

故に、とにかく歩くしか無いのである。

ちなみに羽はあるけど飛べない、少女だからだろうか、昔は飛べた。

尻尾は……まぁ背中が痒くなったら使えるぐらい?


現状においてここは平原、時折小規模の木が茂る場所が点在している。

木々はそこまで高くなく、果物も期待できない。

サキュバスは精液を主に糧とするが、他の人間が食べるような食物でも生きることはできる。

精液は摂取すれば向こう一週間は飲まず食わずでいられるほどのパワーフードだが、私はいろんな味や食感の楽しめる食物のほうが好きだったりする。

そもそも私の性癖にも関係してくることではあるのだが……


「どっかに可愛い女の子いないかなぁ……」


私は女の子の方が好きなのである。

ノワールからも分かる通り、精霊はみんな女の子の形にしてたし。

唯一勇者に斬られたときの思い残りとしては、どうせ殺されるなら美少女の勇者が良かったなぁって……

だって小汚いおじさんとか汗臭い男とかちょっとイケメンなだけの下半身奴隷とかより可愛い女の子とイチャイチャしてたほうが余程楽しいしハッピー。

一応イケない事もないけど。


"こんな平原にいませんよ"

「ま、そうだよね」


脳内にノワールの声が聞こえる。

ノワールは影に隠れており、私と一心同体。

私の声に反応していろいろ話してくれるのでこの道中暇してなかった。


とはいえ、退屈でない時間が続こうとも目標が無いといけない。

いくら道中が楽しかろうと頂上の見えない山を登っていればいずれ登山をする気が無くなる、そんなものだ。

そもそもサキュバスは飽きっぽいのであるし長続きする筈もない。


そんな折り。


「おっ」


ちょっとしたものを見つけた。


平原の小規模の林、そのなかに……明らかに隠蔽された道。

幻惑系の魔法で草を増やしてるな。


"ふふ……可愛らしい。こんな児戯がご主人様に通用すると?"


まぁ私対策じゃないだろうし。

見るからに雑、ただ草を増やして視界を不明瞭にしているだけ。

こんな仕事をするのはカタギじゃない。


「山賊……か、まぁ盗賊に類するやつかな」


こういうのはありがたい。

近くに人間の文明があると言うことだ。

奪えるものが無ければ強奪は成立しない。


"獲物とするのですか?"

「まぁ、それがいいかな……♪」


久しぶりにサキュバスの本能が疼いてきた。

こっちは奪うことに関してはプロフェッショナル。

盗賊、などというなんちゃって集団に負けることはない。


しかし、考慮すべきことはある。

そもそも山賊は知能品性規律はともかく戦闘能力だけは低くはない。

殴れば勝ち、を身体で表現して生き残っている連中だ、なんだかんだ弱くはない。

強い、とは違うが。

正面切ってやぁやぁ我こそはと戦いを挑もうものなら、いかに私と言えども勝ち目は薄い。


まぁそう言うことだ、正面から挑むなんて馬鹿なことをしなければいい。


まずはトラップ、小手先の罠は私の専門だ、私が一体いくつ即席罠を作ってきたと思っている。

草の中の毒針、触ったら警報装置が発動するロープ、落とし穴に捕獲罠。

甘い甘い、こんなものかかるほうが難しい♪

小柄になった分更に避けやすいな、胸も重くないし。


"流石ご主人様です"

「この程度はね」


気分良く木々の間を縫うように歩いていると、次第に草の丈が低くなってきた。

幻惑が必要無くなってきたのだろう、罠も無い。

代わりに、人骨らしいものを見つけた。

ここの主や仲間、とは考えにくいので普通に被害者の遺骨だろう。


そしたらここらへんに、と。


「暇ねぇ……」

「あぁ……」


む。

近くの木に隠れる。

耳を立て、静かに場所を探る。


「だいたい、こんだけ守ってるんだから見張りとか要らないわよねぇ……」


見つけた。

木の上か。

だいたい30mぐらい先に点在して2人、緑のマントで葉に紛れている男と女。

見た目は20代前半、冒険者になってやらかしたまま引きずったパターンかなー……


冒険者、人間の職業の1つ。

まぁ簡単に言えば何でも屋、依頼と言えば魔物の退治から田畑を耕し赤子をあやして食事まで作ってくれる。

とは言っても結局は普通の仕事に手をつけるのも嫌、かと言って特別なものを目指せる能力もない間抜けな奴が駆け込みに入るところである。

烏合の集がピーチクパーチク騒いでいると言うわけだ、実際一部の実力者以外はどれも仕事が甘いし弱い。


そもそも冒険者という語源としては現状とは違い、実力者たちが見聞を広めるために資金を募り、さらに私財まで投げ打って活動範囲を広げるために、装備などの支援をする組織を作り上げたのが初まりだったはず。

故に冒険者、今の組織が資金集めを重視し始めた結果、どんなものも金次第で実行するようになった落ちぶれた何でも屋とは違う。


一応組織なので規律はある、それを破れば色々な処分が下される。

犯罪を行えばあそこにいる山賊2人のように追放処分も充分ありえるということだ。


何故それがわかるか、と言えば、胸にバッジが見えるから。

冒険者であることを証明するバッジであり、身分保証の他に討伐した魔物をカウントする機能、救難信号を出す機能、などなどいろいろ備わっている。

冒険者であるならば携帯を義務付けられているそれ、犯罪者たちももちろん着ける。

理由は明白、"そこにいたことの理由"になるから。

どんな時でも依頼でここにいますと言っておけば怪しまれはしても多少は誤魔化しが効く。

だいたいは殺した適当な冒険者のバッジを着ける、追放処分されたときにバッジは剥奪されるから。


「まぁ、あの程度なら何でもいいかな」


気配察知系統のスキルもない、背後からの奇襲でどうとでもなる。

男に興味はないけど……


「どうせだし……味わっちゃおうかな……♪」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


見張りっていうのは暇なものね。

金無くなってちょっと盗み働いただけで追放されて、もうこんなその日暮らしを半年続けてる。

魔王が討伐されてからやたらと正義感燃やすクサい連中が増長したせい。

昔は賄賂も余裕で通ったのに……


はぁ、今思い出してもイラつく。


「おいミランダ、一応見張りはしとけ。ボスに見られたら俺までキレられる」

「はいはいわかりましたわかりました」


ボスは今この木の下、地下で仲間と食事中。

ボス、って言っても私たちの中で一番強いだけ、ボスって呼ばれることに憧れてたのかそう呼ばないとキレる。

キレるとやたらツバ飛ばして叫び散らすから絶対にキレさせたくない、うるさいし。


隣にいるブラットンだって髭面のブサイク、自分ではかっこいいと思ってるらしいけど髭とか無い、絶対無理、汚い。


あーあ、私だって身体は良いんだし、前科さえ無きゃ適当な娼館にでも行くのに……

レベルも20ある、一般人よりは強い自信がある。


「……ん?」

「何、ブラットン」

「いや……なんか……空気が悪いような……」

「はぁ?」


空気が悪いとか、西の大工業地帯でもあるまいし。

こんな自然に囲まれた場所で……そんなこと……


その時。


バキッ。


「うわぁっ!?」

「きゃあっ!?」


急に落ちる視界、足元が崩れた。

地面に落ちた時、見えたのはさっきまで乗ってた枝が折れた断面。


「いったい……大丈夫ブラッ……」


突然過ぎ……虫でも食ってたの……


「か……は……」

「……は?」


隣にいたのは。

さっきまでいたブサイクな髭面じゃなく。


「たす……ぇ……」

「ひっ!?」


グールやゾンビのような。

しわがれ、やせ細った、人だったもの。

やがて動かなくなって、地に伏した。


気づくと、周りは土色の大地じゃない。

木々は枯れて行き、草は腐り、大地は黒に染まっている。


「何、何よこれ!」


黒い大地に触れると力が抜ける。

身体を持ち上げることすら出来ない。


「なかなか鋭いね、彼。まぁもう助からないけど」


その中に響いた、声。

黒い大地を何の影響も無さそうに、散歩でもするかのように歩くその少女。

白い髪と金の瞳。

黒い羽と尻尾。


「あ、あく、ま」

「サキュバスだよ、間違えないでほしいな」


それは私に近づいてくる。

私の胸にも届かないような身長の年端もいかない可愛らしい少女は……大口を開けよだれを垂らす、大怪物にらしか見えなかった。


「んん……気持ちいいな、20レベルも上がってしまった。たかだか1人程度でこんなに上がるはずもないし、地下に何人かいたのかな?」


それはそっと私に歩み寄り、私の腰に座った。


「私は……まぁ名乗らなくてもいいか、死んじゃうものね」


少女の体重は30kg前後程度だろう。

体重を載せる気もないのかその程度も感じない。

跳ね除けることなど容易い。

容易い……容易い、なのに。


「身体、動かないでしょ。残念ながら、もう私の術中、どうあがいてももう無理」


くすくすと笑う少女、もはやそれに返答することも出来ない。


「レベルドレインなんて最初は信じてなかったけど……本当みたいだね。もうキミ、レベル1になっちゃったよ」


レベル……1……?


すてーたす、と頭に浮かべるとふわり、と浮かんでくれた。

朦朧とする意識の中確認したのは。


ミランダ

LV1 人間

スキル


あまりにも貧弱な自らのステータス。

元々はレベル20、スキルもいくつかあったはず……


「わた、し、の……すてー、たす、が……」

「ん、あぁ吸い取っちゃったごめんね♪」


目の前のサキュバスはそれを聞いてより一層楽しそうに嘲笑う。


「エナジードレインは生命力を奪うから別にそこまでの被害はないんだよ、三日三晩かけてようやく隣の彼みたいになるんだ」


となりのブラットンはもう息はない。

人の形を保ってはいるが、触ったらパラパラと崩れそうだ。


「でもレベルドレインは違うみたい。生命力に加えて魔力も直接吸い取るから、弱いやつはレベルが0になって……あぁなる。魔力が0になった存在は生きられない……♪」


ブラットンの魔力を奪った……?

魔力を奪う手段なんて、それこそ相手を殺すしかないはず。

それをあんな瞬間的に、広範囲に行える。


魔力が0になったら死ぬ……それは昔からよく言われている。

魔力切れを起こした存在は気絶したり吐血したり、身体に悪影響が及ぶ。

しかし魔力切れというのは魔力が0になった状態ではなく、魔力が0にならないようにストッパーをかける状態、と誰かが言っていたのを思い出した。

それを破れば死ぬ、とも。


目の前の可愛らしい化物はそれを容易く行なった。

私を殺さないあたり、生殺与奪も自由自在。


「じゃあ、そろそろいただこうかな……♪」


そんな化物は私の服に手をかけ、優しく脱がせていく。

サキュバスの癖に同性を襲うなんて……


「わ、胸おっきいね。ノワール程じゃないけど♪」

「く……」


少女は私の胸を優しく触り、撫で、舐め、いたぶり始めた。

流石のサキュバスか、気持ち良さに声が出てしまう。

こんな死と隣り合わせなのに。


「舌、噛んじゃだめだよ……♪」

「ん……!」


少女はさらに上体を倒し、私の口に舌を入れてきた。

少女の小さな舌を押し返すほどの力も私の舌にはなく、噛みちぎってやるほどの顎の力ももはや無かった。


「ん……はむ、ちゅ……」


気持ちいい。

それだけが頭を塗りつぶしていく。

抵抗もできず、この大いなる少女に身体を貪られていく。


「んふ……なかなか悪くないんじゃない? おっぱいも大きかったし私好みだったよ……♪」


貪るだけ貪り、少女は立ち上がってばいばい、と手を振った。


私の意識はそこで途切れた。

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