第2話 女王転生

「ん……」


眼が覚めると青天井でした。

ついでに草の上でした。


いじめ?

私仮にもサキュバスを束ねる存在だった記憶あるんだけど。

えっ、また誰か何かやらかしたの?

サキュバス共、弱いくせにとりあえず男求めて国襲うから私がいつも責任持って復讐者たち殺してるんだけど。

あいつら、「私が指示したんじゃない」って言っても問答無用のバーサーカーだから殺すしかないんだよね。


………………………………。


あの。

そろそろ良いですか。


もしもーし。

そろそろドッキリとかなら終わっても良いと思うんですけどー。

ネタバラシ! とか言って出てくる頃だと思うんですけどー。


………………………………。


……え、何。

寝てる間になんかあったの。

サキュバスどころか何か……重大な……世界の……?


………………………………。


「あーッ!?」


思い出した。


勇者の攻撃と自分の消滅。

聖剣の一撃を私の身体が耐えられるはずもなかった!

ていうか何あれ卑怯な手使って!

目くらましとか、正々堂々戦いなさいよ!


「はぁ……」


つまり私は死んだのだろう。

だって真っ二つだったし。

サキュバス/ロードになってたし。

このまま冥界にでも連れて行かれるのだろうか。

そのまま拷問とかされて殺してきた数だけ……


「うわぁぁぁ……」


痛いのはヤダ。

面倒なのもヤダ。

長いのも、辛いのも、ひもじいのも全部ヤダ。

良いじゃんサキュバスなんだから!


「死にたくなかったぁ……」


死んで良いことなんかない。

だって怖いし。


と、まぁ自分1人で盛り上がっていたが。

起上がり周囲を見渡す。


地獄、というにはこの世界はあまりにも爽やかだ。

そよ風が歌い、大地が萌え、光が舞い踊る。

正しくそれは理想郷とでも言うだろう平和な世界。

魔王がかつて目指していた混沌と永遠の闇の世界とは真逆の……


「ここって……もしかして……」

「はい、冥界ではございません、ご主人様♪」

「うひっ!?」


後ろから囁く声。

驚いて鞭打ちになりつつ振り返ると。


「の、ノワール! 驚かさないでよ」

「ふふ、申し訳ありません……♪」


名前はノワール。

私の使役する最上位の闇精霊。

長い白い髪、病的なまでに白い肌、それと相反するかのような黒いドレスや長手袋。

色味があると言えるのは赤い2つの瞳だけ。

あとは殆ど死体みたいな色合いだ。


「……あれ、ノワールだけ?」

「はい」

「……ベールは? ヴィオレは!?」

「はい、皆さんは消えてしまったようで♪」


……え。

精霊が消えた!? なんで!?


「そもそも勇者様の一撃、あれで過半数が。そのあと浄化の魔法で私以外が♪ 私が残ったのはご主人様の残存魔力を使ったからです♪」


精霊、つまり私の使役する使い魔たち。

人間にも私たち悪魔にも使える初級の召喚魔法であり、発動したら主人の魔力を糧に存在することになる。

ある程度のレベルになると進化し、主人の精神性を象った形や属性になっていく。

魔法に卓越したもの、私みたいなのは精霊に魔法を覚えさせたり、それを特化させて戦闘のサポートにも使える。

ノワールもレベル50の最上位精霊、これ以上レベルは上がらないがそこいらの雑魚魔物や人間程度なら遠隔で生命力を奪って殺すことも容易い。

普段は私の影に潜んでいるけど……ていうか。


私の精霊……ノワールだけ……?

他にも近接攻撃に使える精霊とか、氷で遠距離攻撃する精霊とか作ってたのに……!

結構大変だったのに……


「嘘ぉ……」

「私だけではご不満ですか?」

「不満じゃないけどぉ……」


そう言われ、ノワールを

ノワールのドレスから思いっきり盛り上がるほど大きな胸が見える。

生意気にも私より……あれ。


「……ノワール、背伸びた?」

「私の見た目は変わってはいません、ですよぉ♪」


猛烈な嫌な予感。

周囲に水場がないか確認するが、無い。


「《狩人のロビンフッド・ミラー》」


それを察してかノワールが魔法を唱える。

目の前に小さな丸鏡が虚空から出現する。

《狩人のロビンフッド・ミラー》はそもそも名前の通り獲物の現在位置を写す鏡だが、獲物の位置を把握するのに弓矢などで1度射抜く必要がある。

それをしなければ普通の鏡である。

急いでそれを覗き込むと。


サラサラの白髪。

金色の瞳。

そして……


「……誰この子供」


ちんちくりん。

顔は可愛いだけ、身体は貧相。

服も無いし、全裸の少女がそこにいた。

昔の淫靡極まる完成した女体はどこに行った。


「……ご主人様、私はどんなご主人様も愛しております♪」

「……嘘だよね? ノワール!? 嘘だよね!?」


ノワールの腰に抱きつき抗議。

感覚がリアルすぎて疑いようが無い、幻覚ならばもっと違和感がある。

こっちを見てかなり嬉しそうな表情をしているノワールが本物だとは信じたく無いが。


「そんなぁ……ぁ……?」


さらに嫌な予感は重なる。

そんなことはない、あるはずないとして悲鳴をあげそうになる喉を押し殺し、唱える。


「す、ステータスオープン!」


そう唱えると、目の前に緑の文字列が。


ブラン

LV1 サキュバス

スキル 《吸精》《魅了》


……何これ。


「おいたわしや……おいたわしや……♪」


明らかにこの状況を楽しんでいるノワールは放っておいて。


まぁ落ち着こう、うん。

深呼吸、深呼吸。

見間違いかもしれない。

吸って、吐いて、目を閉じて、開く。


ブラン

LV1 サキュバス

スキル 《吸精》《魅了》


「嘘だぁぁぁぁ!!」


深い絶望、谷底に突き落とされたような。

サキュバスに一週間交尾禁止を言い渡した時のような。

それはもう……それはもう……


「おいたわしやぁ……♪」

「ノワールぅ……! 何かした!?」

「いいえぇ、私は何も……♪」


あの愉悦と至福に満ち満ちた表情。

間違いなく何か知ってる。


「1から! 説明! しなさい!命令!」

「あらあら、命令ですか……と、言われましても私にそれを強制する権利はご主人様にはもうございませんよ?」

「はぇ……?」


何でやねん。

私が手ずから育てたんだけど、君は。

私のペットにして奴隷にして道具、それがノワールという精霊!


「だって、あなたはもうもの」

「わ、私は! あなたをこの手で」

「それはサキュバスロードとして君臨していたご主人様。今のそこいら辺の雑魚魔物程度のご主人様は私を創造した至高の主人ではございません」


そんな……嘘……


「良いのですよ、好きに文句を言えば。裏切り者、よくも、と罵倒を浴びせれば。ですけれど……♪」


瞬間。

私の、いや、ノワールのが周囲にどんどん広がっていく。

触れた植物は枯れ、岩は砂になる。

ノワールの強力な範囲攻撃スキル、《虚ろの大穴ボイド》。

範囲に入ったものからエナジードレインを行い、それを自分のものにする。


しかし、ただのエナジードレインではこんなことにはならない。

エナジードレインはあくまでも補助の手段に過ぎない。

相手の存在にもよるが、本来は時間をかけて行うもの。

例え草木だろうと触れた瞬間から枯れ、土に、砂に還っていくなんて事はありえない。

人間男性と性行した場合のみ、サキュバスはスキルによって生殺与奪を好きにできるがそんな状態でもない。


「もはや、これもただのエナジードレインではありません。レベルドレイン……ふふ、そのものの強さの証明すら、奪ってしまうのですよ♪」


レベルドレインなんて聞いたこともない。

ノワールが使えるはずもない、そんな力があったら私は勇者に負けるはずもない、ノワールを勇者の近くに置いておくだけで勇者はただの雑魚に成り下がっていく。


どうしてそんなものを持っているか、そもそもそんなものが本当にあるのか。

そんなことは今は瑣末な問題。


「さぁご主人様……どういたしますか? これでも私を罵倒し、使えない道具を攻撃しますか?」


問題は、そんな悪夢みたいな魔法のど真ん中に私がいる事。

幸いまだ殺す気が無いのか、生きてはいるが……何かすれば虫けらを踏み潰すように簡単に私はノワールに飲み込まれて消えるだろう。


「の、ノワール……」

「ふふ……素敵ですよ、その表情……♪」


どうやら本当にノワールは私から離叛したようだ。

このままでは……


「さぁ、どうなさいますか? 抗いますか、逃げますか、命乞いをしますか。自分の精霊に向かって……無様に……ふふ……♪」


ノワールはこういう性格だ、作ったのは私。

男に取り入りやすいたおやかな性格から、エナジードレインに繋げやすい加虐趣味。

まさか今になって自分の身に降り注ぐことになるとは思わなかった。


精霊は契約者の性格を反映しやすい。

私は要らないものは壊し、要らない人間はいつも殺していた……このままだとどの選択肢を選んでも……


「と、取引、取引しよう」


それなら、何とか活路を見出せる道を作るしか無い。


「取引、とは?」

「ノワールの欲しいものをあげる……だから、私のことを……」


そう言うと。

モノクロの貴婦人は、大きく口角をあげ。

にこり、と目を開けたまま笑って。


「私はご主人様が欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくてたまりません……」


そう、宣った。


「ご主人様を賜ることが敵うのですか……♪ ふふ……恐悦至極、にてございますねぇ……♪」

「ち、ちが、私の身の安全が保証できる範囲で」

「では、こうしましょう♪」


ぱん、とノワールが手を合わせると、《虚ろの大穴ボイド》がふわりと消え、そこには砂の大地だけが残った。


「このままレベルを上げて、肥えたところをいただきましょう……♪」


そう嬉しそうに宣言するノワールと私以外以外、何も残らなかったということだ。


ひとまずは安心……出来ることもないか……


「……食べるの?」

「食べます♪」

「どんな意味で」

「ありとあらゆる意味で♪」


何で私はこれを育ててしまったのだろう。

どうせならもっとこう、優しくて何でも出来る気立てのいい近接型を……

いやそういうのも作ったなぁ……多分いの一番に死んだんだろうなぁ……


「では、レベルを上げる方法ですが……こんな趣向は如何でしょうか」


ぱちん、とノワールが指を鳴らすと。


「……んっ!?」


全身に駆け巡る心地よさ。

これは知っている。


「す、ステータス……オープン……」


ブラン

LV8 サキュバス

スキル 《吸精》《魅了》


レベルアップ。


体内の魔力の最大残量を表すレベルが上がった、さっきの心地よさはこれか。

魔力の残量は出力にも影響し、レベルが高いほど強い、はほとんど正解である。

敵を倒すことで一部を吸収したり食事などでも魔力を得られ、それでレベルは上がる。

技量によって同レベル帯の戦力差はあるが、30もレベルが開けばほぼ勝ち目はない。


「さきほど、環境から採取した魔力をご主人様にお分け致しました……♪ ふふ、強くなったでしょう?」


さっきの土や草木から奪った魔力のことだろう。

ノワールはスキル《魔力譲渡》と《魔力貯蔵》でレベルとは関係のない予備の魔力倉庫みたいなものに余分な魔力を貯蔵、第三者に譲渡出来る。

確か貯蔵には制限は無かったはず。


「このように私のドレインした魔力を用いてレベルアップする……面白い趣向でしょう?」


確かに、レベル1桁の段階でレベル50のドレインを使えるのなら、魔力のレベルアップはかなり効率的だろう。

サキュバスロードだった時の私のレベルは300前後、上手くやればすぐに元に戻れる。

しかし、これもそんなに甘い話ではないはずだ。


……ていうか魔力そのままくれればいいのに、結構溜め込んでるよね。

でもそれを言ったらノワールの機嫌を損ねる可能性がある。


「でも、ドレインのスキルをノワールに依存していたら……ノワールの気分次第で私は……」


ノワールの機嫌を損ねれば、いや、ノワールがさっきみたいに私のことを意図的に弄ぼうとすれば、私はどんなに確定的有利な状況でも一瞬でピンチに陥る。


「それでしたら、これを♪」


ノワールがまた指をぱちん、と弾くと。


「これでドレイン系統スキルの捜査権限はご主人様に全て譲渡されました♪ これからはご主人様が私のスキルを使うことが出来ます」

「なっ……」


そんなバカな。

精霊の能力を主人が制限することは出来たはずだが、それを主人に移行するなど……


半ば疑いながらも、ノワールのドレインの範囲外でまだ生きていた木に触る。


「《生かさず殺さず《デッドライン》》」


ノワールのドレイン系統スキル……抵抗に失敗すればその者の最大レベルを99%吸収する。

私も昔は使えたスキルだ、脳筋相手ならどんなに強くとも揺るがない勝利が得られる。

プライドだけは高い種馬は下級のサキュバス達に大人気で毎回のように3桁のサキュバスが死ぬまで犯し尽くしていた……


聖なる力を持つでもない、ただの木はもちろん抵抗に失敗。

一瞬にして体内の魔力をほぼ吸い取られ、自重に耐えきれず塵になってしまった。


まさか本当に使えるとは。

《生かさず殺さず《デッドライン》》は対象に触っていないと使えないもの。

ノワールが触らずにこっちをずっとニヤニヤしながら見守っているのは確認済み。

ノワールのスキルが使えるというのは事実らしい。

というか、《生かさず殺さず《デッドライン》》も明らかに威力が上がっている。

たしかに99%吸収は変わらないが、最低でも数秒はかかるものだった、こんなカエルが虫を飲み込むような一瞬で終わるものじゃなかったはず……


「では私はご主人様の影におりますので……ふふ……第二の人生、どうかお楽しみくださいませ……♪」


不敵な笑いを響かせ、モノクロの貴婦人は私の影に沈んでいった。

すっかりこいつの思惑通りの展開にされてしまったな……実力差のある今仕方ないかもしれないが……


あー……なんかどっと疲れた。

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