嵐の中を
「私めが、水先案内人を勤めさせていただきます、コール・ブレッガーと申します。以降お見知りおきを」
「本当に嵐の中をバベルまで案内できるのか」
「それはもう。普段は行商人をやっているので、土地勘があります。それが私の唯一のスキルでございます」
「たのんだぞ」
「御意」
コールは胸をどんとはる。どうやら安心出来そうだ。
「それに気病の医者の顔も知っております。それもお役に立つのではないかと」
「なんと!ではあの経穴の本を持ってきたのはそなただったのか」
コーエンが身を乗り出した。
「はい。私どもの商品でした。しかしお役に立てなくて残念です。しかし案内なら任せておいて下さい」
雨が少しずつ勢いを増している。予言の雨が始まったらしい。私達は明日出立する事にした。
「どうやら予言が当たったみたいですね」
最後の晩餐会が開かれた。いつものようにリューホ夫妻が正面に腰を下ろす。
「本当にお主と側近だけで大丈夫なのか?」
デミアン王が尋ねる。
「お任せください。見事医者を連れてきて御覧にいれまする」
「それは頼もしい限り。よろしく頼むぞ」
「は!」
「明日出立する事に決めたようじゃな」
「はい。四日目に到着するのが最良かと。今日は早めに寝て英気を養いたく存じます」
コーエンと私はがつがつと食事をすませると、その日は早めに寝てしまった。
「昨日ははよく眠れたか?」
コーエンが五人衆に尋ねる。
「はい。個室を与えられたので睡眠は十分かと」
ドームが答える。
「これから四日間の船旅だ。食糧は十分に持ってきたな」
「準備万端でございます。若」
国境沿いの河川でその船は建造されていた。形は鋭利な帆船。スピードは出そうである。コーエン一同がやってきたので水夫達が礼をする。
もうすでに川に浮かんだ状態だ。私達は梯子をつたって乗り込み、居住区域に入っていく。
「思ったより広いな」
乗り込んだのはコーエン、私とクオーク、五人衆、それに水先案内人のコールの九人である。
船が川を下り始めた。もうすでにゴライアスの領地は濁流になっており、そのままゴライアスに乗り込んだ。
――これだけの事をして、もし探せだせなかったとしたら……
不安が頭をかすめる。それを振り払おうとコーエンに話しかける。
「コーエン様、私は気病の医者本人が暗殺を企てたというよりも黒幕が命じたとしか思えませんの。コーエン様はどうお考えになられて?」
「俺もその線が有力と思う。それもゲーテが回復したら即座に尋問するつもりだ」
「クオークはどう思うの」
そういえばクオークとは最初に挨拶を交わしただけで、ほとんど話したことがない。
「おらさ、姫様を治す事だげで」
そうだった。なまりがひどい。それでいつも黙っているのだった。納得がいった。
帆船は一路南へ南へと進む。外は大雨。とても砂漠の国とは思えない濁流である。ゴライアス帝国は、西に我がガージェルから延びているシュワルツ山脈があり、そこに雨が降ると一斉に濁流となるらしい。
普段はその濁流はバベルには届かないのであるが、今回は大洪水が待っている。バベルの住民はどこまで水が上がって来るのか見当もついていないようだ。とにかく上に上にと塔を高くするしか逃れる道はない。それも五百メートルまで。もし神が人を滅ぼそうとしているならその高さを上回る洪水を起せば足りる。
このような神の業をどう捉えれば良いのであろうか。大洪水を起こして、人類に破滅をもたらす。これはどう考えても悪魔のしわざではないだろうか。無神論者の私でさえ、神に怒りを覚えてしまうのであった。
私がその様な事を考えているとしばらくして外に出ていたコーエンとスカッシュが階段を降りてきた。
「だめだ、前が見えない程の雨だ。まだ正午近くなのに空もすごく暗い。こんな雨が七日も降り続くとバベルはてっぺんまでのまれてしまうんじゃないかな」
「バベルは窪地にありますからなあ。その可能性がなきにしもあらずですぞ」
コールが脅す。
昼ご飯が食べたくなった私は自分のリュックからカチカチになるまで詰め込んだパンと干し肉をとりだした。長椅子に座ると少しずつ食べ始めた。
「なんだもう食うのか」
コーエンが笑う。
「私の家は決まって昼御飯がありましたの。どうしても正午にお腹がすいてしまうのです」
干し肉に噛みつくと牛肉のおいしい味が口一杯にひろがる。口にいれてしがむとさらにうまくなる。そこに圧力をかけて小さくなったパンをかじる。取り敢えずそのひとつずつで満足した。
するとコーエンがトランプを取り出した。
「四日間も何もしないんじや退屈で死んじゃうよ。やりたい者は手を上げて」
五人衆がおずおずと回りを見ながら手をあげた。ついさっきまで悲痛な雰囲気だったのにコーエンはどんな時も楽天的だ。
「順番にやっていくぞ。まずは俺とドームとスカッシュとギルだ」
ポーカーが始まった。やがて皆の顔が童子のように笑顔になる。どんな時にも余裕を忘れない。そして決める時にはビシッと決める。私はまだ社会人になった経験はないが、リーダーシップとはこのようなものをいうのだろうと思う。
荒い波に揺られていると吐き気がしてきた。船酔いだ。私は階段をかけあがり船のヘリから「おえー」っとしてみてもさっき食べた昼飯が出てこない。
そこへ差し出された大きめの傘。
「濡れて風邪引くぞ」
コーエンのやさしい言葉に思わずよりかかる私。結局吐くのはあきらめ階下に降りていった。
皆、体を鍛えているからなのか船酔いにはなっていない。
「もう、寝とくね」
私はそういい、濡れた上着をぬぐと、「おーう!」
というスケベな声が。それを壁にかけ、下のゲートルと、長ズボンを脱いで下着姿になるとまた「おおーう!」とのため息が漏れる。
ベッドは二階建てになっており、私は下の階の一番端に陣取った。結局その日は昼ご飯を食べただけで眠りについた。
目が覚めた。まだ明かり取りの小窓から見える外は暗い。ランプをつけ、またリュックの中を漁る。お腹がへって起きてしまったのだ。パンを三個と干し肉二つ。食べる分を抑えなければならない。
もぞもぞとこれまた早起きしてきた者がいる。スカッシュだ。朝の挨拶を済ませたあと、プレイボーイらしくこう言った。
「昨日の姫様のヌーディストショー、胸がトキメキました。私が今の妻と出会っていなければ、間違いなくプロポーズしたでしょうに。その美貌、その気高さよ。あなたはアンデラス大陸一美しい女性に間違いはございません」
「それはスカッシュの経験から言ってるの?」
「経験も何も、百人いれば、百人がそう答えるでしょう」
「誰だあ、姫様を口説いているやつは」
ドームが起き出してきた。体の大きいドームの事、ベッドが小さかったにちがいない。
「口説いていたんじゃないですよ。ただありのままに姫様の美しさをたたえていたんです」
ドームがスカッシュにヘッドロックをかける。
「それを口説いているというんだよ」
「うふふ」
私はこれまでこの五人衆に仲間意識を感じていた。しかし姫という立場上あまりフランクに口をきいてはいなかったと思う。これからはもっと声をかけていこうと思う。皆をまとめるドーム。プレイボーイのスカッシュ、渋い銀髪のウィルソン。お調子者のギル、そして……あれ、名前が出てこない……そうそう目立たないのが特徴のメイビア。
みんなが起きてきた。外はごうごうたる雨が降っている。私は精一杯明るく挨拶した。
「おはようー!」って。
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