バベルの塔
それから三日が過ぎた。雨は相変わらずざんざん降りである。水先案内人のコールが水夫たちに指示を出している。
「バベルの塔がようやく見えましたぞ」
私達は窓から外をみる。南西の方角に確かに円錐形の構造物がある。例の行く手を阻む砂嵐も見当たらない。遂に到着したのだ、バベルの塔に。
船はそこから急カーブをし、まっすぐバベルに向かう。どんな街なのか想像もつかない。
私は傘を持つのも忘れて、次第に大きくなってくる、その塔を見上げた。風は吹き上げるように私の頬を弾く。よくこの豪雨の中、迷いもせずに到着した。コールに感謝だ。
船が塔の一部へ接岸する。そこから見る塔は圧巻のひとことだった。高さは二百メートルほどもあり、円錐形の為か実際の直径よりも大きく見え、表面は住民の居住区でうまっていた。
もともとこれが濁流がなかった時にはさらに圧倒されたにちがいない。私達は
住民のひとりを捕まえ王様に謁見するにはどうすればいいのか訊くと
「王様は、今非常にお忙しいね。王座の前に名前を書く紙があるから、そこに名前を書くんだね。おそらく明日まで待たされるね」
独特の言い回しとなまりだが、ほとんどこっちの言葉と大差ない。
王座に行く前に私達は街をいろいろ見学して回った。あちこちにトンネルがあり、そこを入ると飲み屋街になっていたり、食堂街になっていたり、市場になっていたりした。そこからさらに上に登る階段や下に降りる階段など、まさに迷宮であった。コールに聞けばこれが中心部分まで続いているらしい。表面だけじゃなく中まで摩訶不思議な建築様式であった。
王座に行くにはどうすればいいのかコールに訊くと「上に登っていけばいいのです」
というシンプルな答え。なんでも外の螺旋階段を使わなくても内部に上下する階段があちこちにあるらしい。私達は取り敢えずその市場にある階段を登り始めた。
どの階も、公園があったり、闘犬場があったり、カオスな塔である。不思議なのはやや薄暗いものの、自然光が入って来ている事であった。やはりこれも超科学というやつだろうか。
どの階もホール状になっている所に人の群れがわんさかいた。下の方に住んでいる住民達が逃げてきたのだろう。皆マットレスだけは持ち込んでいる。石畳の上じゃあ眠れないのであろう。
そこでも王の居場所を聞いてみる。
「王の間はどこですか」
「もう少し登った所にいるね。あと七階登ったら薄暗い廊下に出るね。そこをまっすぐ歩いて行くと王様の家あるね。しかしよほどの事じゃないと会うことゆるされないね。そんな時には門番の前に置かれている本に名前とどのような内容を言いにきたのか、書いとくんだね。多分次の日に謁見になると思うから朝から並んでおくといいね」
親切なおじさんだ。私達は礼をいうと、また階段を登り始めた。
百メートルといえばかなりの登りになる。私が「休憩しましょう」と言うと皆も同意してくれた。
「どんな人かしら」
と私が言うと
「民衆の声を直に訊く。多分優れたる人物かと」
と、ドームが返す。
そこにへたりと座ること十分、立ち上がりまた階段を登り始める。
廊下の間についた。緊張が高まる。前に進んでいくと、門番が左右に立っている。
するとコーエンが、つかつかと門番につめより、自分の身分を証す。
「我はクワイラ王国の王子にて、ゴライアス帝国の王に謁見しに参った。取り次ぎの方、よろしく頼む」
すると取り次ぐ事なく左に置かれてある本を手のひらで指し示すだけで終わりである。
「むう」
コーエンは少し不機嫌な顔をしたが、仕方なく名前と素性と用件を書いて
廊下に置いてある長椅子に座っていた私達もコーエンの後に続く。明日にならないと駄目らしい。これは長引くかもと一抹の不安がよぎる。
一行は食堂を探して回った。四日間もパンと干し肉である。もう飽き飽きしていた。そこらの人々に食堂のありかを訊くとすぐ近くにこの階の食堂が有ると言う。礼を述べ道順を教えてもらった。
ところが言われた場所に行ってみても食堂がない。改めて道を確認するとモールストリートではなく、ノールストリートだったのだ。最初の時点から間違っていたらしい。まさに迷宮である。
また引き返し様々な分岐点をくまなくさがし、やっと食堂にたどり着いた。入り口は狭くるしかったが、中は案外広い。テーブルを二つ占拠すると、みんな様々に注文する。
「物価が高いと予算足りるかな……」
コーエンが心配顔をしてぶつぶつ言っている。
私は好物のフライドチキンをお腹いっぱい食べた。
五人衆の方はビールも飲み、宴会状態になっていたりする。
一時間後、コーエンがすっくと立ち上がり、食事の終了を言い渡す。
会計はあれだけ飲み食いして六千ルピア。物価が安!コーエンもホッとしている。
物価が安いだけでここの人々が皆いい人に見えてくるから不思議だ。気分よく店を後にした。
次は宿屋だ。これは三階も下に有ると言う。まあ、宿屋は行商人くらいしか使わないから数が少なくて当たり前か。私達は言われたままにその宿屋に向かう。
今度は立派な門構えの宿だ。門をくぐると豪奢な玄関があり、旅人を迎え入れる。引き戸を開けるとすぐにカウンターがあり、スリッパに履き替えるように言われる。寝巻きもあの白い布地が人数分手渡される。コーエンは二人部屋を五部屋たのんでいる。
なんとか空きはあるようだ。宿屋というよりホテルである。狭い入り口に比べ中の方が断然広い。ちなみに二人部屋の値段をコーエンが聞いてみると五千ルピアとのこと。これまた安い。
私達は急いで浴場へ向かう。四日も風呂に入っていない。荷物は何もない。直行である。
浴場は男湯のほうが広くて、女湯は三人入れば精一杯というところ。行商人相手の商売である。女の客は滅多に入って来ないのであろう。
裸になり、四日分の汚れを落とす。きれいな水が心地いい。そういえばこの上水道もどうやって汲み上げているのか謎である。私がもといた世界にはポンプなるものがあって電気の力で強力に吸い上げる事ができるのであるが、考えれば考えるほど謎に満ちた国だ。一見なんという事もないことでもよくよく考えてみれば、まるで電気を張り巡らせているような気がする。超科学……そうとしか言えないものに満たされているのだ。
途中他の女性が入ってきた。女行商人だろうか。私が訊くと
「宿屋はいろんな使い方ができますのよ。ほほ」
と、意味深な言葉。なるほどラブホテルとして使っているのか。
風呂から上がる。体をふき、配られた白い布地を巻いてみる。薄い生地なので体の線がもろ見えである。特に胸が全く隠れていない。私は胸に手を当てて自分の居室に向かった。
部屋に入ると安さの理由が分かった。なるほど二段ベッドなのだ。なので一部屋が取る面積はシングルと変わらない。からくりが分かってしまえば妥当な値段と思ってしまう。
コーエンも風呂から上がってきた。するといきなり抱きしめてくる。約四日間なにもしなかったのだ。たまっているに違いない。下の段にコーエンが寝ると私も寝巻きを着たままコーエンの腕の中へ。
私達はその夜、何度も愛し合った。しかしコーエンは私の処女を征服することだけは待ってくれた。二人は夢の彼方へ飛び立っていった。
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