コーエンの野望

 それから十日後、リューホ達の黒い騎士団が八千人規模で帰ってきた。今度も沿道には群衆がいて、拍手が鳴り響く。しかしリューホは浮かない顔をしている。コーエンがたった百騎で七割もの敵を倒したのに比べ、自分のやったことといえばあと三割の少人数を九千人もの大部隊でなぶるような戦いをしたからだ。もちろん勝利をもぎ取ったのは嬉しい。しかし兄としては複雑な心境なのである。


 それにボヘミアの王、ダライ王をとっくの昔にクワイラに送っていたのも、コーエンが手際よく行った手柄である。


 ――自分は何一つ手柄を立てていない


 リューホは思慮深い。完全に勝てる勝負だと思わなければ山のように動かない。しかしその性分が今回はとなってリューホを不機嫌にさせている。競争しているわけではないが、どうしても自分とコーエンを比べてしまう。


 リューホは側近の数名だけを城に入れ、残りの兵士をそこで解散してしまった。こういうところが、コーエンより人気がない大元おおもとなのであるが、本人もそれを承知しながらもうっとうしいことからはなるべく避けたいのが本音なのだ。これはもう性分なのであきらめている。側近にも「ご苦労」

 と言ったまま、城の中に消えて行った。


「戦勝の報告に参りました」

「おお、リューホよ。最後まで粘ってくれたようじゃな。あっぱれな事よ」

「敵の最後の軍団は千人あまり。こちらの大軍勢を見ると戦いもせずに逃げる者が半数もいました。やはり戦は数でございます。コーエンがどのようにして敵の七割も削ったのか想像もつきません。なのでしばらく軍事はコーエンに任せて、私は休暇を取りたいと存じます」


 大分心が病んでいるなとデミアン王は感じた。

「休暇の件はゆるす。まあ、風呂にでも浸かって一月ほどゆるりと過ごすがよい」


 デミアン王は沈んでるリューホのために宴を用意させた。音楽は四重奏、側近も入れても二十人程度の質素な宴である。


 もちろんコーエンも私も呼ばれた。オードブルがこれまたうまそうでよだれが出そうだ。私達が着席するなり宴が始まった。


 ん??一人称が私になっている!コーエンに抱かれて、ついに乙女心に目覚めたか。まあ、それでもいいと思った。だってもう女ですもの。


 静かに音楽が流れる。デミアン王が口を開く。

「リューホがコーエンの後を引き継ぎ遠い地方からやってきた軍団どもを最後まで根こそぎ倒してくれた。大きな手柄じゃ。まずはリューホとその側近に拍手を送りたい」

 私達が拍手を送る。頭を下げる側近達。リューホは疲れたような顔をして手を上げるだけだ。


「どうしたんだい兄さん、顔色が悪いぞ」

 コーエンが私が注いだシャンパンを飲みながら気楽に声をかける。

 口をつぐむリューホ。少しだけ険悪な空気になる。

「何でもない」

 そう言うとシャンパンをがぶ飲みする。


 デミアン王はリューホがコーエンにコンプレックスを抱いているのは先刻承知で、場が気まずくならなければよいがと内心はらはらしている。


「パスタ食べろよ。旨いぞ」

 その言葉についにリューホが切れてしまう。


「パスタ食べてくださいだろう!お前は俺の家臣の一人だ。口のきき方からしてなってない!牢屋に閉じ込めるぞ!」

「何だってー!できるもんならやってみろよ!兄さんの評判は国中でガタ落ち。悪の王子として全国民が陰口を叩くようになるだろうよ」

「ぐぬぅ……どこまでも口の減らない奴め!もういい宴はここまでだ。俺はもう寝る!」


 そう言うとナプキンをテーブルに叩きつけ、すたすたとホールから出て行った。杖をついたお姉さんが、後を追う。


 フライドチキンを食べながらあっけに取られる私。


「時々訳分かんないことで怒りだすな、兄さんは」

「いろいろあるんじゃよ。特にお前が対等なもの言いをすると、頭にくるらしい。お前も気をつけることじゃ」

「はいはい」

「はいは一回!」

「はい!あははははー」

 コーエンは酒が入ると陽気になる。対してリューホは酒が入るとさらに陰気になる。真逆な心の有り様のふたりが上手くやっていけと言うほうがどだい無理な話なのかもしれない。


 宴の場が白けてしまった。私とコーエンだけがペチャクチャ喋りながら食事に夢中である。

 見かねたリューホの側近がコーエンに意見する。


「若。今からでも遅くはございません。リューホ様に頭を下げにいってはくださりませんか」

「むう?なぜ俺が」

「何も考えずどうか、この通りにございます!」

 男は片膝をつき平伏する。


「そうじゃのう今回ばかりは、単なる兄弟ゲンカで済まされる問題ではないようじゃな。コーエン、行ってこい」

 デミアン王も口をはさむ。


「まあ、父上がそこまで言うんなら……行って参ります」


 私がついて行こうと席を立つとデミアン王が止める。


「オリビアよ。これは二人の問題じゃ。お主が行くと話がややこしくなるやもしれぬ。今日はもうあがるがよい」

「分かりましたお義父さま。おやすみなさいませ」


 私はデミアン王のほっぺにキスをすると、コーエンの部屋へ戻って行った。腹はいっぱいである。眠気が襲ってきた。侍女にドレスを脱がせてもらい、ベッドに横になる。


 しばらくするとコーエンが帰ってきた。


「どうだった?仲直りは出来たの?」

「どうもこうもないよ、俺が素直にあやまっても、『知らん。出ていけ』の一点張りさ。もう決意した。兄さんとは、どうあがいても水が合わない。俺はもう当て馬じゃない。独立する!」

「なんですってー。独立するって、また国を別つということ?」

「そうじゃない。ボヘミアの地を分割統治するだけさ」

「お義父さまが許してくれるかしら。やっとクワイラとボヘミアが一つの国に戻ったとたんにそんな事を言いだしたら……」

「国を別つつもりはないよ。まあ見てなって、とっておきの策があるのさ」


 自信満々に言うコーエンに対して、私はもう何も言えなくなった。


 翌朝……


 私が食堂へ降りて行くと声を荒げるコーエンの姿が。


「…だからぁ分割統治だって。国としてはクワイラの一地方。俺も領国経営がしたいんだよ。本気で。今度の戦争は俺達、白い騎士団が獲ったようなもんだ。それなりの報奨がないと死んでいった奴らが報われねーよ」

「一時金を配ればよいではないか。土地や建物等を与えると、また将来の遺恨につながる。ようやくクワイラの地がひとつになったんだぞ。一週間もしないうちにまた二つに別つとは、頭がいかれとる」


 コーエンがニヤリとして秘策を語り始めた。

「軍隊をもたない」

 デミアン王とリューホは面食らった。

「軍隊を持たないってお前……」

「ようは国として独立しなければいいんだろう?俺の治める地方には軍隊がない。分割統治ではなくて正しくは属領という事になる。もちろん白い騎士団だけは衛兵として連れていくつもりだが」

「ふーむ」

 デミアン王がうなる。


「人事は俺が全部決めるし、納税、教育、水害対策等、内政を独立してやってみたいんだよ。俺がやりたいのはそれだけだ。逆に言えばゴライアスがもし攻めいった場合、救援に駆けつけてもらわないと困るが。過去これまでにこの方式で国を分割統治しても国を別つことなく上手くいった例は数限りない。もちろん諸侯のうち伯爵家を中心に連れていき、もっとひろい領地を与える。これでどうだい?」


 デミアン王が難しい顔をしている。彼にとってはリューホもコーエンもかわいい息子である。特にコーエンをこのまま飼い殺しにしたくはないと思っていたのだ。そこへ今回の戦争である。これは天慶ではないのか。思考は移ろっていく。


「分かった。ガージェルの地を治める事を認めよう。ガージェルとは、ボヘミア地方の新しい呼び名じゃ。『勝利の地』という意味がある。見事ガージェルの地を治めてみよ」

「父上……」

「ガージェルですか。新しい土地にふさわしい名前。白い騎士団にも通知を出しておきます。父上、ありがとうございます!」


 面白くないのはリューホである。膨れっ面をしてもう何も言わない。


 暗い思考だけがリューホをおとなしくさせていた。それにもうコーエンが目の前にいるのが目障りでしょうがない。リューホの思考は暗く暗く淀んでいく……

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