領地経営

 パレードを彩る華やかなファンファーレの下、白い騎士団は出立した。街の人々は、ここ最近の王室の動きを瓦版かわらばんで知っている。軍隊を持たない属領をコーエンが治めるためのパレードということもあり、コーエンびいきの者達は熱狂的に見送った。


 白い騎士団は正規軍ではない。徴兵された若武者達である。しかし、新しい領地が与えられるということもあり、わずか三人辞退をしただけで後はみな新鮮な暮らしへ思いを馳せていた。


 人々が詰め寄るのを衛兵が押し戻す。コーエンは白馬の上に、私は馬車に乗せられ勇ましく進んでゆく。


 軍隊を持たない……一見無防備に思えるが、コーエンには切り札があった。私という切り札が。前の戦争でも終始押せ押せだったのも私の存在が大きい。私はそれを誇らしいと思っているし、コーエンの役に立つなら何でもやってやるという気概に満ちていた。主従の絆とも少し違う夫婦の愛情のようなものが芽生えていたのだ。


 この前の帰りとは打って変わって今回はゆるゆると行進していく。沿道にも人が押し寄せ俺達の行進を見送っている。私はゆっくり目を閉じる。子供たちの歓声が心地よい。


 こ一時間ほど居眠りをし、目が覚めると日が高く登っていた。私は昼飯を食いたくなったが、この世界では朝と夕方の一日二食が一般的である。


「なあ、オリビア」

 コーエンが話しかけてくる。

「なんですの、コーエン様」

「今回の俺の言い分、間違っていなかっただろうか」

「全くそんな事ございませんわ、コーエン様はコーエン様らしく堂々と城に入ればよろしゅうございます」

「そうだよな。なに、兄者の事が頭から離れないんだよ。もしかしたら攻めて来るかもしれない。考えすぎかなあ」

「考えすぎですよ。リューホ様は根はお優しい方とお見受けしております」

「もしもの時にはよろしく頼むぞ。その強大なる力を」

「分かっていますわ。ご安心下さい」

 馬は静かに歩いていく。




 四日目のまだ日もくれないうちに一行は首都カンパラの街に到着した。中央大通りに折り重なっていた兵士の死体はきれいさっぱりと片付けられ、沿道には人影もなく寂しい入城となった。


 主が不在の城には十数人の従者や侍女しか待ってはいなかった。こちらにも瓦版でこの街を襲った恐ろしいコーエンがやってくると知り、皆逃げ出したとのことだ。待っていたのは天涯孤独で行き場のない従者や侍女ばかりであった。


「お待ちしておりましたコーエン・デミアン王」

「うむ、よろしく頼むぞ。そちの名はなんという」

「は?わ、私ですか?ランドア・トローネと申します」

「留守の城をよく守っていた。そちを侍従長に任ずる。励め!」

「ははー!有り難きしあわせ」


 五人衆や今回領土の転封に名乗りをあげた、コーエンに近い伯爵家十家族ほどが馬から降りた。


「やっと着きましたわね」

「本当に。疲れ果てましたわ」

「なんでもこれまでの領地よりも大きな領地が与えられるとか。これでますます潤いますわ」


 伯爵家婦人達がひそひそ声で話していると、コーエンがよく通る声で告げる。


「皆、長旅ご苦労であった。今宵は城内にて宴をもようす。存分に楽しむがよい」


 それから私とコーエンは階下に降りて行った。今年の麦を備蓄している穀物倉庫だ。そこには麦袋がうず高く積まれており、この地の豊かさを物語っていた。コーエンはさらに進む。そこの石を蹴ると石のドアが空いた。そこにはなんと金庫が!


 金庫には鍵がかかってなかった。どうやらボヘミア王を尋問している最中に、ここのありかを聞き出したらしい。金庫室に入って驚いた。金庫は何段重ねにもなっており、その一つ取ってみても純金の貨幣がわんさか入っていた。貧乏育ちの私は、喉をごくりと鳴らす。


「どのくらいだろうな。これ一枚で10万ルピアだから三百億ルピアほどあるか。国家予算もそのくらいだろうな」

 事も無げにコーエンが言う。さすが王子様だ。これだけの資金を前にして涼しい顔をしている。


「ふーむ。百万ルピアくらいか」

「何が?」

「新しい領地に伯爵達が引っ越す予算もろもろだよ。この地方には大きな都市が十八もある。どのエリアに誰を置くかでいろいろ変わってくるだろう。それと階級の問題がなー。一度階級を変えると子々孫々に渡って階級は変わらない。ドームはもう男爵で決定だ。しかし他の四人をどうするのか決めかねているのさ」

「男爵にしてあげたら?みんな命をかけて戦ってくれたんだから」

「そうだな、そうするか」


 貴族は領地は持っていてもそこには住まずに城の回りに別邸を買うか建てるかし、王の近くに住むのが普通である。実際の領地の管理は代官が行う。前の貴族達はコーエンが来ると知り、みな別邸を離れたのだろう。


「五百万ルピアにしよう。一世一代のことだし、しぶちんと思われるのも癪だ、ふふふ」

「うふふ」

「さあ宴だ。上に上がるぞ」

「はい」


 上ではホールで従者たちがテーブルと椅子を用意していた。そこへ侍女たちがオードブルを持ってくる。音楽はなかったが、賑やかな宴になった。一番上座にコーエンの教育係で「じい、じい」となついていたロビン伯爵がすわり、後、九つの伯爵家も学友等コーエンゆかりの人物ばかりであった。


 コーエンは後ろに控えている侍従長のランドアに聞く。

「食費はどのくらいになったんだ」

「詳しくはなので分かりませんが食費だけでしたらいつも十万ルピアほどだと聞いております。ワインは城の地下のワインセラーから持ってきましたので買った訳ではありません」

「そうか、なら五十万ルピアで足りるな。後はお前たちの食費と、余れば等分に山分けすればよい」

「ははー!」


 コーエンは懐から五枚のコインを取り出すとランドアに渡す。


「先の戦いでは皆命をかけて戦ってくれた。礼を言う。そこでだ。五人衆には爵位を与える。五人揃って騎士ナイト爵から男爵に任ずる。もちろんそれに見合った領地も吟味の上割り当てる事とする。励め!」

「ははー!」

「若、酒の席での冗談ではありますまいな」

 とドームが言うと一斉に笑いが起きる。こうして夜もふけていった。




 次の日――

 コーエンが笑顔で十万ルピアの金貨をテーブルに山積みにして支度金を配っている。なるほどと私は思う。コーエンは生き生きと仕事をしている。よほど領地経営が楽しいようだ。領地経営とはつまるところ領地予算をどう分配するかに尽きる。福祉、医療、教育、警察等の行政機関の給与 等々などなど


 人事権を握っているのもコーエンの権力欲を満足させるものに違いない。これまでコーエンは父と兄の支配下におかれていた。そこから離れて自由の身になったのだ。独立して晴れてその鎖を断ち切ったのだ。嬉しくない筈がない。


「コーエン様、おはようございます」

「おう、やっと起きたか。二日酔いだろう。あまりにも気持ちよく寝てたんで起こさなかったんだよ。朝食は食堂におかれている。ゆっくりと食べてこい」

「ありがとうございます。ではいただいてまいります」


 食事は豆のスープと厚切りのハムを炒めたもの。それにスクランブルエッグにパンと朝食にしては満足のいくものであった。


 それから私は侍女をつれて、この城の探索をして回った。城は五回建て。そのほとんどが客間である。中庭に噴水があり水が豊かであることを思わせる。

 私は侍女に、ここを去って行った侍女達にも戻って来るように伝えた。


「立派なお城ですわ。クワイラ城と比べても何一つ劣ったところが見受けられません」

「そうか気に入ったか。オリビアのお眼鏡にかなってなによりだ。わっははは」

 コーエンは豪快に笑う。私は幸せを噛みしめていた。

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