帰路の歌

 次の日の朝、戦いは黒い騎士団に任せて、コーエン始め五人衆、そして八十人ほどに減った白い騎士団が白馬に乗る。長い戦いだった。


 本当は皆、戦勝気分に酔いたいだろうに、俺が沈んでいるのを見て遠慮をしてくれているのが痛いほど分かる。俺はそんな雰囲気を盛り上げようと声を出す。


「ほーんと、疲れちゃったわ。でもまだお城につくのに三日はかかるんでしょう。ギル、何か歌でも歌ってよ」

「わ、私が歌うんですか……」

「そうよ、他に誰がいるの」

 俺の突然の無茶振りに五人衆はクスクス笑いだす。


「で、では『カナック行進曲』を歌わせてもらいます」


 ギルが、おたおたしながら歌い始める。


 年は二十歳の若人なれど、剣を持たせりゃ一人前よ

 道なき道を進んでゆく。英雄になりたきゃ我に続け

 あーあーカナックの地よ、永遠に。あーあーカナックの地よ、永遠にー。……


 勇ましい軍歌である。ギルが歌い始めると五人衆も歌い始め、しまいに白い騎士団全員が歌い始める。白い騎士団の団結力をまざまざと見せつけられ俺は感動してしまった。


 カナックとは、クワイラの港町のことで、その昔クワイラ軍が併合した地なのだそうだ。その時それまで歌詞がついていなかったこの曲に、誰とは知らねど三番まで歌詞をつけ、大流行した歌だそうだ。テレビもラジオも無かった時代に口伝てで流行っていくとは、歌の力の強さを改めて知る思いだ。


 最後はみな拍手で盛り上がる。やっと凱旋の雰囲気に包まれる。


「次は俺が歌うぞ『ヘーゼルとともに』だ」

 コーエンが十八番を披露する。


 剣を持たせりゃスワニーいちよ。僕の頼れるおじさんヘーゼルよ。

 女にゃ弱いが、気迫は強い。僕の大好きなおじさんヘーゼルよ。

 ヘーゼルとともに歩いて行こう。彼が僕の羅針盤だよ。明日のありかを知っている。共に~……


 これもみな知っているようでやはり全員が歌う。後でコーエンに聞いてみると、紙芝居屋がやって来て飴を売り、紙芝居の中で大冒険の末に敵を倒すという、現代の俺から見れば今でいう仮面ライダーのような存在じゃないかと思えた。


 こういうものに憧れを抱く時期があるのは古今東西同じらしい。そして歌が刷り込まれてゆく。そしてそれは軍歌となる。


 やっと場が華やかになった。皆が誇りを持って帰路につく。


「メルの事だが」

 コーエンが言う。

「お前を一人きりで前線に立たせるわけにはいかない。幸い誰にもついてないヒーラーがいる。男だがな」

 するとコーエンは後ろを向いて「おーい」と誰かを呼ぶ。


 馬に乗りゆるゆると付いてきたその男は身長が二メートルもある巨漢で、ヒーラーというより、前線に立って槍をぶんまわしていたほうがいいんじゃないかと思われるほどの体格をしている。


「おばよごでぃます。姫様。私はクオーク・ヘフナーと申すます。以後お見すりおきを」

 クオークは目一杯の方言で挨拶を述べ、兜を取って礼をする。

「頼もしいヒーラーだこと。こちらこそよろしくね」


 ヒーラーにも階級があった筈だ。メルは上級、このヒーラーは何級なんだろう。


「あなた、ヒーラーとしてはどれだけの腕なの?」

「中級でぃいます」


 俺の役目は軍団の戦闘に立つこと。なるべく上級の方がいいのだが、中級なら問題はないか。


 歌合戦はまだ続いていた。皆早く家に帰りたいと馬のペースも知らず知らずのうちに早くなっていく。そこをコーエンが押し留め、全員の規律が保たれる。五人衆の前に出るのはタブーだからだ。




 夕方になった。この道はクワイラとボヘミアを繋ぐ大きな街道で、宿場町が点々とある。今日はこの宿場町に泊まることになった。宿屋に入ると吹き抜けのカウンター横に階段がある。宿屋独特の玄関に入り人別帳にコーエンが名前を書くといきなり男がカウンターから出て来て土下座する。

「これはこれはコーエン王子様。今回のいくさの勝利、心よりご祝福もうしあげます。帰り道に、当家のようなボロ宿屋を選んでいただき誠に有り難うございます!」


 噂とは恐ろしいものだ。まだ一日も経ってないのに、クワイラ軍の勝利が伝わっている。


 カウンターの男が謙遜して言うほどボロくもない。

 俺とコーエンはスイートルームに、他の皆は空き部屋にそれぞれ通された。


 五人衆と、五人衆以外の白い騎士団十人ほども温泉で身を清めスイートに集まってきた。まだ夕方だが、祝勝会が始まった。皆、甲冑を脱ぎ下着姿である。


 顔が晴れ晴れとしている。俺もいつか飲んだワインをまた飲みたくなった。宿の者がまずは十本持ってきた。次々にグラスが手渡され祝勝の音頭を、今日はドームが述べる。


「皆よう働いてくれた。ついに三百年前の遺恨を晴らしボヘミアは消滅、クワイラの地に戻った。これから政治の方はいろいろあると思うが、それは我らの関与するところではない。まずは勝利を祝おうではないか。乾杯!」


「かんぱーい!」


 皆待ってましたとばかりに飲む。「プハー」と俺も一気飲みだ。


「お、姫様。行ける口ですな。皆!今回の勝利は姫様が前線にお立ちになってくれたからこそ成し遂げられた。姫様に乾杯だ!」


「かんぱーい!」


 少しだけ気恥ずかしい。しかしそれを上回る喜びがあった。


 俺が杯を空けるとドームがなみなみと注いでくれる。

「これは赤いワインとは違って色が薄いわね。なんというお酒なの?」

「これは『ロゼ』と申しまする。黒ブドウと白ブドウを混ぜて作ったものにございまするよ。お気に召されたですかな」

「美味しゅうございますわ」


 そのうちいろんな惣菜が運ばれてきた。俺は好物のフライドチキンにかぶりつく。


 場が温まったところで普段あまり目立たないメイビアがラブソングを歌うという。皆拍手で盛り上げる。


 君に会うまで私はただの人形だった。

 仕事に追われ、帰って眠るだけの日々~

 その時突然現れた運命の出会い。

 この恋かならずものにしてみせる~


 これは今城下で流行っている歌だ。皆も一緒になって歌っている。


 腹が太ると眠気が襲ってきた。一日中馬に揺られてきたのだ。宴を離れ、寝室に入るとベッドに横たわる。今日はいい夢が見れそうだ。宴はまだ続いている。


 次の日、まばゆいばかりの朝がきた。五人衆は結局自分の部屋には戻らず、スイートの居間にあるソファーや絨毯の上で眠りこけていた。


 俺がカーテンを開け、「朝ですわよ」と皆に告げると頭を押さえてノロノロと起き出した。


「姫様、おはようございまする」

 ドームが言うと、それぞれ挨拶をして立ち上がる。


「昨日は楽しゅうございました。白い騎士団の絆もますます強くなった気がいたしまする」

「そう、それは良かったわ。コーエン様の話によると、後二日半でクワイラ城へ着くそうよ。宿場に泊まるのは後一回。少し早馬になりそうね」

「二日酔いに負けるような事があっても一大事。はやく酒を抜かなくてはなりますまいな」

 ドームはそう言うと階下に水を取りに出て行った。


 そこからは早かった。皆水をごくごくとがぶ飲みし、パンを平らげる。白い甲冑を身に着け用意万端である。


 そこへコーエンが起きてきた。五人衆がかしずく。

「少し待っていろ」

 コーエンが顔を洗いに出ていった。俺もその後を追う。


 カウンターを通る時に「お待ち下され」と声がする。何かと思えば新品の歯ブラシだ

「これはいくら?」

「サービスです」

 歯ブラシを受け取り洗面所に駆けつける。コーエンが歯を磨いている。俺も横で歯磨きだ。朝は忙しない。


 全員が馬に乗り出揃った。

「いくぞ!」

 コーエンが大声を出すと、「おお!」と皆もそれに続く。馬を小走りにし、早いペースで行進した。

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