流れた赤い血はなぜ
「へん。俺はもうお前の侍女じゃあないもんね。体は自分で洗えよな」
「なんだよ、背中に手が届かないからちょっと流して欲しいって言ったのに」
ここは城の地下にある浴場。温泉がこんこんと沸き出ている。これを上水道として利用しているのだ。この方式はクワイラ城と同じてある。
「しかし昨日は疲れたな、十ニ時間も寝ちゃったよ」
と、俺が言うと
「よく小便漏らさなかったな」
とあくまで下品な事を言うメル、いや鳥島。
次の朝まで何も起きなかった。コーエンはそれぞれの軍団が城に来るまでの距離を正確に知ってるようで、それを時間に変換しているようだった。
「次の軍団がくるぞ」
コーエンが女湯に遠慮なしに踏み込んで来るとメルが「きゃ!」と言いながら胸を反射的に隠した。
乙女だ。完全に中身も乙女化している!
「悪い悪い、メルの裸も見たくてさ♪」
こっちはこっちで根っからの王子様だ。なんちゅう理由やねん!
「体を洗ったらすぐにまいりますわ」
コーエンはなおもこっちを見ている。しかもかなりの至近距離で。
「コーエン様、メルが動けませんことよ」
「そっかわりい。残念だな」
俺は嫌な予感がした。いつまでもコーエンにおっぱいオナニーだけで我慢させておく訳にはいかない。
メルに手をつける可能性だってあるし、問題は世継ぎの事である。悩みは尽きないが、もうしばらく我慢してもらおう。この戦いが終わるまで
俺達はタオル…と言うか麻でできた厚手の布で急いで全身を洗い、また石鹸を塗りたくってメルに渡す。風呂桶で体をすすぎ、ようやく準備完了である。
女になってなにが一番面倒くさいかと言えば髪の毛が長い事に尽きる。とにかく乾きが遅い。
さっき洗ったばかりの乗馬用のパンツをはく。搾りきれないでまだびちょびちょだ。まあ、動いているうちに乾くだろう。すぐに出発しなければならない。
俺達は城壁の外に出た。その数、ざっと三百。黒い騎士団が防戦してくれている。
俺が出て行くと同士討ちが始まっていく。たかだか三百だ。黒い騎士団に任せてもよかったが。
それでも俺は打って出る。俺に課せられたよく分からない運命の鍵を開けるために。
戦いは一時間ほどで終わった。メルが黒い騎士団の重傷者にヒールをかけてまわっている。俺が差し出された水筒の水をごくごくと飲んでいると、男は静かにプロポーズを始めた。
「あぁ、なんということでしょう。こんなにも美しい女性が近くにいただなんて。私の名前はメラビン・ハイルド。一兵卒ながら……」
「メル!このお方にヒールをかけてやって!」
メルがヒールをかけると、男は狐につままれたような顔をして水筒を俺からひったくり「失礼しました」と言い、その場から立ち去った。メルのヒールは状態異常にも効くのだ。
その日は正午過ぎと夕方五時にも軍団がやって来た。
その時である。俺の後ろからついてくるメルにも胸に矢が真っ直ぐに飛んでいく!
ズン!
俺はすぐに矢を引っこ抜き、メルの名前を叫ぶもすでに意識がない。迂闊だった。メルの胸から血がどくどくとあふれでる
「メルー!メルー!」
俺は泣きながら
するとどうであろうメルは
「鳥島……」
メルはおそらくもとの世界に戻ったに違いない。そう考えると自然と涙がやんだ。
泣いてばかりもいられない。戦いはまだ続いている。俺は涙を振り払い前へ進む。俺にはそれしか出来ないから。
戦いは終わった。後一日、一日さえ耐えれば黒い騎士団がやってくる。その日はコーエンと五人衆と俺が、城で夕食をとった。皆、メルの死を聞いて黙々と食べている。
「メルには悪い事をした。せめて兜と胸あてだけでも装備させてやれば良かった」
コーエンが重苦しい空気を吹き飛ばす様に口を開く。
俺はそれを聞いて、またもや涙があふれでる。
そんな俺を見てドームが言う。
「姫、メル殿が亡くなったのは姫様のせいではございません。神は善き者を早くに天国に迎えるとか。きっと神のお眼鏡にかなったのでありましょう」
不思議だ。学校にいた頃は単なる友人の一人と思っていたのが、今や、親友を失った悲しみでいっぱいである。この世界にきて、仲間としての絆が深まったのであろうか。
涙があふれでる。しかし夕食はしっかりと頂いた。連日の戦闘でエネルギーを使い果たしているのだ。
「そう言えばスカッシュ。頼んでおいたダライとその家族の空の棺桶の墓場への移動は上手くいったか?」
「はい。住民が総出で見つめておりました。涙する声がひびき、これで完璧に死んだものと勘違いしたと思われます。あらかじめ白い騎士団に墓穴を掘ってもらい、荘厳な空気の中、しめやかに葬儀が執り行われ棺桶を穴に埋めてまいりました。それとダライ王の家族に甲冑を身に付けさせ城から脱出させました。今頃はどこかの宿場町で疲れを取っている最中でございましょう」
「オリビアは明日の戦闘は無理そうだな。ベッドでゆっくり休んでいるといい。明日は午後二時ごろに敵の一団が到着するであろう」
「いえ、私も行きます。メルの死の仇を討ちとうございます」
「一日くらい休んだほうがいいぞ」
「大丈夫でございます。彼女の死を無駄にしとうはございません」
「分かった。無理のないようにな」
「はい」
次の日の朝……
城の南大門に白い騎士団と黒い騎士団が見守るなか、兵士の家族が息子や夫の顔を見定め棺桶にいれ墓地に向かって歩いていく。悲しそうな顔、思いを絶ちきった顔、いずれも下を向いて進んでゆく。
他の地域からの援軍をいれたらすでに七千人もの死者や重症者がでている。しかしこちらも五十名ほどが、犠牲になっているのだ。戦争とはこんなにも酷いことなのか。俺は改めてそれを目の当たりにしてしばし茫然と立ち尽くす。
これも俺の魅了のスキルの結果なのだ。罪深さを感じる。
そうこうしているうちに正午がきた。敵の雄叫びがあがり、猛突進してくる。俺達は身構える。
すると東の方角からも雄叫びがあがり、丘から軍団がこちらへ駆けてくるではないか。
黒の兜に黒の甲冑。黒い騎士団、本体である!
一日早くやって来てくれた。俺は極限状態から脱出してへたりこんでしまった。
黒い騎士団約九千が南大門を取り囲む。そこへ敵兵が飛び込んでゆく。数の差はあまりにも大きい。
黒い騎士団に全く歯が立たない敵兵達。黒い騎士団は敵兵を一気に押し込んでいく。
――もう、俺の出番も終わったな
気を張っていたのが、一気に腑抜けのようになりその場にうずくまる。足を前に投げ出し腕を後ろに回し楽になる。連日の疲れが出たのかもう動けないほどた。
しかし心は楽にならない。メルを失った喪失感はそうそう簡単には消せない。思えば常にヒーラーとして俺の後をついてきてくれた。命の危機を救ってくれたのも二度や三度ではない。俺の頬をまた涙が伝う。
「泣き虫だな。ほら」
後ろからコーエンがハンカチを差し出す。俺はそれで涙を拭う。
「コーエン様、よた話をひとつ聞いてくれますか」
「なんでも言いな」
「私とメルはこの国にくる前、別の国にいたんです。そこでは仲良く文芸部に所属し漫画を回し読みし、ゲームで一喜一憂し、時には相手の家に遊びに行ったり……」
そこでまた嗚咽を漏らしてしまった。
「そうか、マンガってのはよく分からんが、要は心の友だったわけだな。それを失う苦しみ、察するに余りある」
俺は隠していた事を暴露することによって、少しだけ心の重石が取れた気がした。
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