白と黒

 「ゴライアスが本気で戦争を仕掛けてきたら勝てないだろうけど、ボヘミア程度に潰されるほどやわじゃないよ」


難しい顔をしつつもコーエンは力強く言った。


城に帰ると昼食の時間にはまだ早い。隣に座るコーエンが俺の生い立ちを聞いてくる。

「結婚式で初めてお前のご両親を見たが、親というより祖父と祖母に見えたなあ。なにかいきさつがあるのか?」

 俺はつい焦る。

「わ、私の一族は子供がいないと養子縁組を結ぶのでございます。元貴族だった頃のなごりですわ。私は十五になった頃ルードブル家に養女に出されました。それで年の離れた両親と生活するようになりました。短い間でしたけれどいい思い出ですわ」

「ふーん、苦労してるんだな」

「苦労なんてちっとも。そ、それより、リューホ様が子供が出来ない場合、私達の子供が次期当主になりますの?」

「たぶんね。その時は俺が国父ということになる」


 リューホ夫妻が食堂に入ってきた。リューホの妻、セーヌ姫は、いつものように杖をつきながら着席をする。


 続いてデミアン王夫妻が席に着く。頭にティアラを乗せたクエル王妃は相変わらず美しい。


 昼食が運ばれてきた。「……主よ……」いつもの食事の前の挨拶が、日本人の俺にとっては大変にまどろっこしい。


「コーエンは今日も軍事訓練か」

 デミアン王がコーエンに尋ねる。

「はい。徴兵が基礎訓練が出来たと言うことなので、今日から百名全員に騎馬の訓練を始めたいと思っております」

「分かった。励め」

「はい」


 俺が小動物のようにパンをかじっていると、デミアン王は俺にも昼食後の予定を訊いてきた。

「オリビアは午後はどうする予定だ? 」


 俺は違和感を覚えながらも質問に答える。

「私も馬を習う予定ですわ、お義父様。侍女のメルと一緒に」

「ウィルソンを師匠にするつもりだよ、父上。騎馬隊と一緒に習わせるわけじゃない。安全には十分に配慮するつもりさ」

 コーエンが割って入る。

「ほっほっほっ!男勝りじゃのうオリビアは。怪我のないように慎重にな」


 デミアン王はそれ以上の詮索はやめ、リューホに「黒い騎士団」の練度を尋ねている。

「黒い騎士団は、順調に仕上がっております。たとえボヘミアと全面戦争になっても最後に戦地に立っているのは我が黒い騎士団でございましょう」


 俺はようやくここで「白い騎士団」と「黒い騎士団」の役割の違いを理解した。白い騎士団は徴兵を束ねる集団、黒い騎士団は職業軍人の集まりなのだ。もちろん白い騎士団から、職業軍人である黒い騎士団に名を連ねることも出来るのであろう。


 白い騎士団の最前線にコーエンも加わった強力な五角陣がいるのも、後から追い付いてくる百名に戦いとはなんぞや、どうすれば勝てるのかをその身をもって教えるためなのだろう。


 ――どうせ俺は当て馬だから――


 コーエンがふと洩らした厭世的なその言葉がやっと理解出来たような気がする。


 ――これはいっちょやらなくては!


 なにって、コーエンの子供を生む事である。しかし奮起をしても、いざというとき体が拒みそうだ。何かいい手はないものか……例えば全身をベッドに張り付けにしてもらい、陸事を強制的にやってもらうとか……いかんいかん、どMの変態と思われてしまう。


 などなど俺が妄想を膨らませていると話題はとっくに別の方向へ。

「例のブトレマイオスの予言が当たった場合の備えは出来ているのか」

 リューホが食後のワインを飲みながら返す。

「今、王家と民、総力を上げて取り組んでいるところ。一月後には万全の備えで迎え打てるでしょう」

「一番の低地、バサに暮らしておるものはなんとかならんのか。あそこが一番危険じゃろうに」

「今三万人ほどが暮らしておりますが、なんせその殆どが漁師か、その加工業者でございまして、なかなか、はいそうですかとはいかない始末でございます。川が氾濫してからでは遅いと思いますのに、長年住み着いた場所、そこから移住するのは身を切る思いなのでしょう」


 デミアン王が命ずる。

「せめて十日程だけでも避難できる場所を作っておくようにな」

「は!」




「やっぱり兄さんにはかなわねーや。黒い騎士団の総大将に内政もそつなくこなすその手腕。俺にはとても真似できるものじゃない」


 俺はコーエンに言葉をかける。

「コーエン様はコーエン様にございます。リューホ様の真似をされても、らしくありませんわ。それに立場が人を作るともいいますし」


 俺達は裏山に向かいながら話している。小屋に入ると五人衆が何か笑いあっている。中に入ると空気が少しピリッとなる。


「ウィルソン、お前に頼みがある。この二人のお嬢さんに馬術を教えてやってくれ」

「馬術ですか、わかりました。一週間ほどかかると思いますが……」

「それでいい宜しく頼むよ」

「若の申し出とあらば望むところ。多少厳しく指南いたしましょう」


 乗馬など初めての経験なので心が踊る。これはメルも同じようだ。やがて厩舎につくとまずは乗り方から教えられた。従者が手綱を取り、森の中をゆっくりと歩いていく。


 一日目は馬に乗るだけのようだ。かなりの急勾配を上へ上へと登っていく。すると拓けた高原に出た。そこで俺はミスをおかした。うまの腹を蹴ったらしいのだ。馬はいななき俺は落馬をしてしまった。たいして痛くはなかったのだが、肘から血がながれている。メルに治してもらう。


「ヒール!」

 メルが呪文を唱えると瞬く間に擦り傷が消えた。


「大丈夫ですか」

 ウィルソンが駆け寄るも、もう怪我も治りいらぬ心配をかけずにすんだ。


 メルが、スキルを使うのを見るのは初めてである。


「ありがとう、メル」

「これが私の……スキル……」

「メル殿が白い騎士団に入ってくれれば百人力でございます。なんせいいヒーラーが見つからなかったゆえに。守りを固めていないと、思いきった攻撃も出来ないというもの。これで白い騎士団も盤石にございます」


「手をかけたわね。さあ出発よ!」


 森を抜けると、見晴らしのいい高台に出た。そこからクワイラの首都ネーゼの街が一望できる。そこには家がぎちぎちに詰まり、その煙突からは昼飯だろうか、暖炉の煙があちらこちらから登っている。


 日本とは違う家、日本とは違う町並み。


「帰りましょうか」

 ウィルソンが何かを感じとったのか、先回りして言った。


 気丈には振る舞っていたが、目には熱いものが込み上げている。


 後は従者の手を借りずに乗り降りする訓練だとか、馬のなでかたや、心を通わせるすべ等を学んだ。


「今日は面白かったな」

 晩飯の前、メルと二人きりで話していた。


「お前も戦地に立つつもりか」

「ああ、俺のスキル『魅了』で相手を全滅させるつもりだ。それがボヘミアであってもゴライアスであっても。既婚者に魅了は効かないが、同士討ちをしていく間に全滅に近くなるだろう。あとは白い騎士団が、残りを襲っていくと。矢も飛んで来よう。最前線に出るのだからな。そのときは、確実にヒールをたのむぞ」

「分かってるよ。ドンとこいだ」

「あてになるのかなー」

「なんだよその物言いは」

 メルは俺の脇腹にパンチをいれる。こんな奇妙な人間関係も珍しいであろう。

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