魅了の威力

 乗馬の練習は一週間くらいで様になってきた。もう従者が手綱を引かなくても、軽く走るくらいならお手のものだ。今日は池のほとりにピクニックに来ている。


「しかし姫様も変わっておりますなぁ。この戦国の危ない時代に乗馬とは。何か訳でもおありですか」

「ここだけのお話ですよ。……私は『魅了』というスキルを持っていまして、私の顔を見たものは同士討ちを始めるの。戦争の最前線にたって魅了の力を使えば敵は全滅するのではないかと」

「魅了!どこかで聞いたことがあります。未婚者は、プロポーズを始め、恋敵が現れたら同士討ちを始める。既婚者は魅了にはかからないが攻撃もするのをためらう。戦争においては最高の武器ではないですか! ぜひとも姫様に先頭に立っていただいて敵を大混乱に陥れてもらいたいものです」


 水が澄んでいてきれいな池だった。俺は自分の顔を池に映し出す。そこにはやはり超絶なる美少女がこちらを見ている。その美しさに自らため息をつく。


 サンドイッチを食べていると、背中にきつーい平手打ちが。メルがやってきて、いきなり漫画の話をはじめる。こいつはいつもこうだ。


「きょうは月刊ドンドンの発売日だ。俺はなんてったって漫画を読めねーのが一番つれーよ」

「俺もだよ。だが、諦めるしかねーな。」

「図書館には何語かわかんねー言葉の本しかおいてねーしな。娯楽がないんだよ。中世ってえらく暇な時代だったんだな」

 俺はサンドイッチを食べてしまうと、メルにこう告げた。


「お前はこれから白い騎士団に入る。ヒーラーとしての役割を全うするため、全力でスキルを磨いておくことだな。そうすると暇なんかなくなるさ」

「そうだな。あっ、それと伝えることがあったんだ。俺は白い騎士団に組み込まれると、お前の侍女をはなれる。白い騎士団の専属のヒーラーになるんだよ。軍事訓練にも参加するようになる。こうやってしゃべるのも今のうちだ。そっちから伝えることはないのか?」

「なし!」


 メルは大袈裟にこけた。こうしてバカ話をするのも今だけのようだ。


「俺もおいおい白い騎士団に入る。そうなればヒールのほう、宜しく頼むよ」

「まかせとけ」

 こいつにしては真面目に答えた。


 そこへウィルソンに緊急の知らせが届いた。どうやら白い騎士団とボヘミア軍が軍事衝突を起こしたようなのだ。


「姫様、このウィルソンも戦場に行かなければならなくなりもうした。しからば!」


 誰か内密するものがいて、今日白い騎士団の方も騎馬の稽古をするという情報が入ったに違いない。


 ――行かなくちゃ!


 俺はやおら馬に乗り、メルを促す。

「俺達も行くぞ!」

「お、おお!」


 戦場は人と馬とがないまぜになり、ごちゃ混ぜになっているに違いない。阿鼻叫喚のその絵が頭のなかを走る。


 俺達はそれぞれの馬に飛び乗り戦地へと向かう。一時間もすると両軍が激しくやりあっている戦場に到着した。


 一目見て数はボヘミア軍が圧倒的に多いのが分かる。多分黒い騎士団を呼びにいっているところらしい。


 ――コーエン様!


 俺は走り回った。やがて馬を降り、十人もの相手と対峙しているコーエンの姿が!


「コーエン様ー!」


 俺は敵などお構い無しにコーエンの胸に飛び込んだ。敵が俺を切りつけようとしたその時!


 俺は髪を上げ相手に顔をさらした。ピンクのオーラが俺を中心に広がり敵の動きが止まった。


 やがて、取りつかれたように敵は同士討ちを始めた。足を切りつけられる者、手を突かれる者。コーエンもあっけにとられている。


 時折矢が飛んでくるが怖くはなかった。敵の中に既婚者がいるのだ。


 ブスリ!


 一本の矢が、左の肩口に刺さった。不思議と痛くはない。


「オリビア!」

 コーエンが叫ぶ。

 俺は自ら矢を抜くと、メルを呼んだ。

「メル!ヒールを」

「分かってますわ。ヒール!」

 不思議な白い光がメルの手から発せられ、俺の傷が治ってゆく。


 まだ敵の同士討ちは狂ったように続いている。白い騎士団も全員驚いている。


 コーエンが叫ぶ。

「今だ。突撃ー!」

 白い騎士団がボヘミア軍に突っ込んでいく。数では圧倒的な不利のなか、同士討ちの中に入り鎧をつんざいていく。


「い、今何が起こったんだ?」

 コーエンが俺に尋ねる。

「いままで隠しておりましたが、私のスキル『魅了』でございます。お邪魔にならなければいいのですが……」

「お邪魔になるもなにも凄い能力じゃないか!それに戦地にあってよくぞ飛び込んできてくれた。礼をいうよ。怖くはなかったかい」

 コーエンが俺を抱き締めた。緊張が解けたのか、思わずコーエンに寄りかかる。


「あ、そうそう、今起こった事は二人だけの秘密な。それと正式に白い騎士団に入ってくれるかい?」

「私で良ければコーエン様のお供をしとうございます」

「そうか!これでボヘミア軍を一掃する手がかりが見えてきたぞ!」

 コーエンは手放しで喜んでいる。


 戦場には、ボヘミアの兵士の死体や怪我人が死屍累々と横たわっていた。ホッとしたのも束の間、第二陣が襲ってきた。俺は騎士団の五人衆の先頭を任されているドームより前に出て、第二陣を迎え打つ。今度の人数は百名くらいか。先程の戦闘よりは楽そうである。


 ただひとつの心配は矢で頭を射ぬかれることだった。兜は顔を見せないといけないので被れない。ヒールをかけてもらうにも矢を引っこ抜くのが前提である。俺はメルに全てを託し、馬を進める。


 ある程度近付くとまた同心円状に魅了のオーラが広がっていく。馬上にあって顔を見てない者から矢が飛んでくるがメルが後ろにいる。怯まない。


 敵が同士討ちの混乱状態に突入した。飛び散る血飛沫、死への咆哮。


「よーし、これでボヘミアが獲れるぞ!」


 俺の横でコーエンが言った。俺も勝ち誇った気分に酔う。


 しかし、たった三百人ではボヘミア軍のわずか3%にすぎない。一万人を全滅させるのは途方もない道のりが待っている。


 俺が思ったとおりの事を伝えると、コーエンは我が意を得たりとこれまでのいきさつを話し始める。


「もともとクワイラとボヘミアはひとつの国、ひとつの民族なんだ。だから話す言葉も一緒だし、宗教や政治哲学も同じ。ゆえに同じ白鳥の国という意味でスワニー王国と呼ばれていたんだ」


 いつの間にか帰路についていた。揺れる視界。襲ってくる眠気。


「三百年前に王家に双子が生まれた。アガーとベニムだ。王は二人とも同じだけかわいかったので二人がスワニー王国を分割統治することを認めた。兄アガーにはクワイラを弟ベニムにはボヘミアの地を」

「でもなぜ分割統治なのです?弟ベニムが、筆頭家老になればすむことではないですか」

「双子の定めだよ。ふたりはいつもいがみ合っていた。そんな二人が主従になっても上手くいく筈がない。なるべくしてなったんだ。二つの王国にね」


 コーエンは鉄製の水筒から水を飲み、それを俺に渡した。


「俺は今のねじまがった状況を元に戻したいだけなんだ。スワニー王国の復活を夢見て。そこへお前の魅了という究極の武器だ。最終的な目的はボヘミア王の首ひとつ。首都カンパラを責め落とし、王にだけは犠牲になってもらう。なに、本当に殺す訳じゃない。牢に幽閉するだけさ。一年ほどしてから、カンパラから追い出す。国が動き始めると元王の存在など、誰も歯牙にもかけないだろう」



 俺は目が冴えてきた。コーエンはその壮大な計画を正に夢見るが如く話す。俺も王家の複雑な過去を垣間見た思いでぞくぞくする。まるでゲームの世界の様でワクテカではないか!


「この王家をひとつに戻す計画には父上も、兄者も賛成をしている。しかしな……」

 コーエンが暗い顔をする。

「父上と兄者は最初緩い連邦制の道を模索するべきだと言っている。外交でなんとかしようと言ってる訳だ。俺はそれでは手ぬるいと思っている。あくまで圧倒的な軍事力を見せつけ、ねじ伏せなければならない。オリビア、お前はどう思う?」


 話が俺に振られて考え込む。咄嗟にそんな重大な事を訊かれても……

「私にはそんな大きな物事を判断する知識も知恵もございません。あくまでコーエン様に付いていくだけですわ」

「そうか、付いてきてくれるか。頼りにしてるぞ」


 コーエンの顔に笑みが戻った。


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