白い騎士団

 食後、口の回りをナプキンで拭いていると、コーエンが誘う。

「俺の『白い騎士団』を紹介しよう。ついておいで」

 俺も興味があったので「うん」と返す。コーエンについて裏門から出る。すると裏山は軍事訓練所になっていて、簡素な小屋が建っていた。


 キィ


 入り口を開けると何やら人だかりが。騎士ナイトが五人談笑している。「白い騎士団」のいわれのごとく、その甲冑は純白に塗られ、戦場では異彩を放つに違いない。


「なんだお前ら休憩中か?」

「ほんの少しですよ、若。それよりそこのお嬢様は……」

 するとその中の一人が目を血走らせ俺の前に来て片ひざを地面に立てる。


「おー、我がいとしの姫よ。できましたならこのギル・ロッシュとけっ……」

 そこに誰かの蹴りが入った。吹っ飛ばされるギル。


「あほか、貴様は!ここにおわすはコーエン様の妻、オリビア様なるぞ!」

「へ?ははー!知らぬ事とは言え、なんというご無礼を!ここは責任をとり自害いたしまする!」


 そういうと男は剣を抜き、自らの首を切ろうとした。

 するとまた蹴り飛ばされる。

「お前もオリビア様の迷惑を考えろ!お前が死ぬ事によって姫がどれほど傷付き、いやな思いをするか」

「で、では私はどうすれば…」

「大人しくしてろ!」


 全員の呼吸があったので、その場は笑いにつつまれた。


 コーエンも「腹いてー!」と大爆笑だ。俺もコントのような展開につい笑みがこぼれる。


「はっは、これ程の美女ならば、すぐに求婚するギルの気持ちも分からんでもありませんな」

 するとコーエンが、まだへらへら笑いながら言う。

「今しゃべった男が、この『白い騎士団』の隊長、ドームだ。戦場では赤い槍を手に六人の先陣を駆け抜ける。そして第二陣にスカッシュと、ウィルソンが並ぶ。二人とも剣を取らせたら百人は切り飛ばしてしまうほどの剣の名手だ。最後、第三陣にさっきのギルと、メイビアがつく。二人とも弓の名手で遠距離攻撃を担当する。この五人が五角形を作り、俺がその中心に位置する。俺の得物は剣だ。ものごころがついた時からやっているんで腕はそれなりだと思っている」


 すると、スカッシュが礼をして言う。

「若の剣の腕は一級品でございます。それがしの腕など遠く及びません。いつも若の剣さばきを見て感心しきりにございます」

「またそんな大袈裟な事を」

 今度はウィルソンだ。

「いえいえ、剣については我ら二人より一日の長がごさいます。若の剣は言うならば……立って戦えば舞う蝶のように、馬上においては烈火のごとく。変幻自在なのでございます。剣を抱いて生まれて来たと噂されるのも無理からぬこと」


 二人に誉められコーエンは頭をかく。


「まあ、二人より少しだけ長くやっているだけのことさ。二十年もバカみたいにずっと習わせられると、さすがに下手じゃあなくなる。それだけの事だよ」


 俺はコーエンを見直した。ただ舞踏会でシャナリシャナリと踊っているだけじゃない、仲間から尊敬される男らしい一面を見たからだ。


 するとコーエンは思いもよらない言葉を口にした。

「…俺はどうせ当て馬だから……」


「若、食事はもうお済みですか。よろしかったらこれを」

 気がきくメイビアが火鉢の上で焼いていた干し肉を勧めてくる。

「食事はもう終わったよ。でもひときれ貰おう」


 コーエンはふたきれ受け取りひときれを俺にくれた。香ばしい臭いが食欲をそそる。俺は下品にならないように、しがんで食べる。


「ところで、どうなんだボヘミアの動きは」

「はっ!今は大人しくしている様子。しかしいつまた進攻してくるか分かりません。常に覚悟を持ち備えを盤石にしておくのが肝要かと」

 ドームが進言する。


「分かった。励め!」

「はっ!」

「俺は今回徴兵した連中を見てくる。じゃあな」


 俺はお辞儀をし、コーエンに続き外へ出た。

「気持ちのいい連中だろう?」

「そうですね、心強いですわ」

 この五人とコーエンには鉄の絆のようなものを感じる。




 季節は初夏だが、もうずいぶんと暑い。ここにもいぬふぐりが咲いている。まだこの世界に飛ばされて一週間程度なのにずいぶん昔のような気がする。おじいちゃんとおばあちゃんはどうしているだろう。


 とりとめのない事を考えていると、丘の上に出た。

 隊長が見守るなか、百人ほどの兵士が走り込みをしている最中だった。


 コーエンが隊長に声をかける。隊長は深くお辞儀をし、俺の方を見た。

「なんと美しい姫ぎみ様!妻がいなかったら私も結婚を申し出たでしょうに」

「名はオリビアと言う、よろしくな」

「オリビア様ですか。私はジャン・メーデルと申します。以降お見知りおきを」

「ところで徴兵した兵士はどうだ。使い物になりそうか?」

「それはご心配なく。みな基礎体力も備わり、士気も高こうございます」

「今度ボヘミアが国境線を侵した時にはこの百人を我が白い騎士団に組み入れて連れて行くつもりだ。鍛練を任せたぞ!それまでに甲冑は白で統一しておくようにな」

「ははー!お任せ下さいませ!」

「それじゃあ俺はいく。剣術は丁寧に教えてやってくれ」

「はっ!」


 戦場ではリューホが大将に収まり、コーエンが先陣を務める。兵士の状態を絶えず把握している必要がある。




 俺達は城に戻った。コーエンが、あともう一人会わせたい人物がいると言う。俺はピンときた。


「末っ子のゲーテ様ですか?」

「ああ、結婚式には呼ばなかったんでな。直に会って欲しいんだ」

「分かりましたわ、私もどのようなお方か知っておきたかったですし。まいりますわ」

「まだ十五の子供だよ。もともとは明るいやつさ。でもこの一年でみるみる症状が悪化しやがった。俺はね、病をんじゃないかと思っている」

「な!」

「しー!この話は他言無用だよ」

「ええ、胸にしまっておきます」

「まず伝染病じゃあないみたいなのに、かかるということそのものが不可解だ。何がきっかけで発症したのか、謎につつまれている。次に王位継承の問題がある。兄さんは子供を作らないだろうし、ゲーテをなきものとすれば、後は俺一人になる。俺は戦場ではかなり無茶をする方だしすぐに死ぬとでも思っているんじゃないのかな。これで三兄弟すべてが子を作らねば、王国は崩壊。領地は乗っ取られる事になるだろう」


 なるほど、すべての物事には理由があるのだ。その理由が推測の域を越えないとしても理由はなければならない。でないと回りの人間の精神が疲れはててしまう。


 俺達はまた裏門をくぐり、今度は城のはなれへ向かう。

 こちらにも対になったライオンの紋章が蔦で覆われている。コーエンは引き戸を引き、中に入った。


 ベッドには十五才くらいの男の子がなんと素っ裸で横たわっていた。薄暗いので最初は分からなかったのだが、近づいて見て俺は絶句した。


 そこにはなんと全身に針を突き刺され、所々血を流している部分もあるではないか! 少年は肩で息をしている。俺は思わず少年に近付き、一つ一つの針を、頭から抜いていった。


 針を抜くごとに血が流れうめく少年。全て抜き終える頃には息も整い、安らかな顔になっていた。


「誰!こんな危ない事をしたのは!」

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