侍女の名はメル

 デミアン王に近しい貴族の夫婦が五組呼ばれ、ごくしめやかな宴が開かれた。俺の顔見せである。


「と、いうわけでお主達も知っての通り話は先々代に遡る。南の大国ゴライアス帝国に東の領地マーズを切り取られ、我々はここクワイラの地に封ぜられた。農民はもちろん、貴族も新しい田畑を開墾せざるを得なくなった。特に貴族は領地を取り上げられ絶望的になっているそのとき、家臣のひとりであるルードブル家はみずから貴族の身分を捨て農民になり、荒れ地を開墾し今に至っておる」

 皆しんと王の言葉を聞いている。

「そのルードブル家に姫がいたそうな。皆拍手を持って迎えてほしい」

 なんかややこしい話だ。ルードブル家は昔貴族だったらしい。


 俺とコーエンは物陰から顔を見せた。「おう!」と食堂内がため息に包まれる。

「これは美しい姫ですな」

「ほんにほんに。これで王家も盤石のかぎり」

「この美しさには宝石も石ころに見えますな。いい目の肥やしになりもうした」

 皆から拍手を持って迎えられた。


 魅了のスキルはどうやら独身男だけに効くらしい。男どもは落ち着いたものだ。


 俺達は王の隣に座り食事が運ばれてきた。俺は遠慮なくがつがつ食べる。皆が驚くので、食べるペースを落とす。いろいろ気にかけなくちゃならない。


 最後のステーキも、おちょぼ口でいただく。俺は十分満足し、シメのパンを頬張る。


 食事が終わるとバイオリン弾きがあらわれ、明るく優雅な曲を演奏する。場は結婚式の話で盛り上がっている。

「やはり大ホールで執り行うのが一番かと」

「オーケストラも中に入れて盛大に行いたいものですな」

「式の日取りはいつになさいますか?近場では聖ブランチェスコの誕生日がよろしいかと」

 等々などなど……


 俺とコーエンは、宴会が終わるのを待って二階の部屋にひきあげる。コーエンの部屋だ。少しドキドキする。

「疲れたかい」

「少しね」


 コーエンが聞いてくる。

「ルードブル家が、貴族の出身だなんてねぇ。結婚するにはもってこいだ。君は知ってたの」

「うんん。王様に言われて初めて知ったわ。世の中は複雑にできているものね」

「オリビアはどんな子ども時代を過ごして来たんだい」


 この質問には正直困った。漫画と、ゲーム自体の概念がないだろうし、作り話は苦手だ。俺は適当に「おてんばだったわよ」と笑ってお茶を濁すしかなかった。

「まあ、俺も似たようなもんかな。家庭教師の先生が来ても木に登って隠れていたり。侍女のスカートをめくったり。改めて考えるとろくな事しちゃあいないな」

 二人で笑い合う。


「この世界はどうなっているか知ってるの?」

「えーと、西にクワイラ王国と同じくらいの大きさのボヘミア王国があって、南にガラブ……」

「ゴライアス帝国ね。大国だよ。しかしなぜか不運続きで娘が亡くなったり、王子が気病とかいう変な病気にかかったりとか。それともっと南にはネイゼル王国があり、こちらクワイラ王国とは軍事同盟を結んでいる。ゴライアス帝国を北と南から挟み撃ちにしているのさ。もし一方にゴライアスが侵略した場合、もう一方が助太刀に入ってゴライアスを追い落とすためにね。この世界もいろんな均衡で保たれているのさ」


 コーエンはワインが入って饒舌になっている。俺は話が一息つくと風呂に入りたくなってきた。

「コーエン様、お風呂はどこにあるのでしょう」

「そんな時間か、おーい誰かー!」

「どのような用向きでしょう、コーエン様」

「ああ、まさにお前を探していたところさ。メル」

 コーエンはベッドの端に座り直す。

「改めて紹介するよ。オリビア、この侍女は、メル。お前の専属の侍女さ。ヒーラーだ。騎士団にはなくてはならない役割をもつ。まだ日は浅いがわが『白い騎士団』のヒーラーもレベルの高いこのメルに任せようかと今検討中だ。そしてメル。この子がオリビア。元貴族の末裔で俺の妻になるお方だ。粗相のないようにな」

「はい!精一杯務めさせていただきます」

 俺は風呂に入るためメルについていった。


 俺とメルは一階大浴場に降りてきた。その時、低くくぐもった声で「陣内……」と呼ぶ声がする。メルのような気もするが俺の正体を知っている筈がない。


「陣内!」

 俺は飛び上がった!やはりメルだったからだ。

「やはりそうだったかメル、いや鳥島!探してたんだぞ。いやわりとマジで」

 俺は服を脱ぎ始める

「すまんすまん。あれはもう四、五日前のことだったかな。現代から消滅したあと俺はカッターシャツ姿で、青い花が群生しているところに降り立ったんだ。一分くらいぼーっとしてると、裸の女が突然表れ『なんじゃ、こりゃー!』って叫んでいるじゃないか。俺はピンときたね陣内だって。それから俺は城に行き食べ物を恵んでくれるように頼んだんだ。そこでリューホ様に見初められ、城に侍女として残るように言われたんだ」

「リューホ様は、妻子がいるじゃないか」

「だからめかけとしてとどめておこうと考えていたらしいんだよ。リューホ様は悪い癖があってね。気に入った女を囲い、一月もして飽いてくると城から追い出すらしいんだ。わずかな手切れ金と一緒にね。その悪癖を王様がとがめ、俺は正式に侍女として採用されたってわけさ」


 俺は服を脱ぎ終わり素っ裸になった。すると鳥島がとろんとした目をして俺を口説き始めたではないか。

「なあ、友達のよしみで一回だけやらせてくれよ。今俺も女だおっぱいを揉ませてくれるだけでも…」


 ぱしっ


 魅了の力は中身が男の場合にも効果があるらしい。

「変なこと言ってないで風呂に入るぞ」


 俺は広々とした大浴場に浸かった。体の力が抜けてゆく。メルは石鹸を泡立て、俺の頭をごしごしとやる。俺は気持ちよさにうっとりとなる。


「なあ、お前のヒーラーとか言ったかな。その力は何で分かったんだ」

「簡単さ、この城には占い師のおばあちゃんがいてな、俺のチートスキルを占ってもらったわけよ。するとおばあちゃんひっくり返っちゃってな、一級のヒーラーとしての素質があるって言われたんだよ。そこからみんなが俺に一目いちもくおくようになってな。『白い騎士団』に入れようかという話になっているわけ。そこにお前が表れて普段はお前の侍女として、戦争が始まったら騎士団に加わり戦う変則的な侍女と目されているわけだ」


 髪の毛が洗い終わった。頭をお湯で流すと硫黄の匂いが微かにする。今度は体だ。


「『白い騎士団』ってコーエン様直々の騎士団だろう俺も混ぜてくれないかな」

 メルは難しい顔をする。

「女に務まる役じゃないぜ」

「俺は男だぞ」

「でもな、心のほうも次第に女性化するようなんだ。現に俺がそうだ。もう女の裸を妄想することもなくなった。お前もいずれそうなるさ」


 メルはそーっと俺のおっぱいを揉んでくる。

「変態!感じるじゃねーか」


 足の先までタオルで洗うと外が賑やかになってきた。侍女達の入浴時間だからだ。メルの話だと、二日に一回交代で入るらしい。俺はメルに手を引かれ、垢擦り女がいるコーナーにやってきた。


 ベッドにうつ伏せになり、垢擦りが始まった。

「この子もリューホ様に連れてこられてな、帰る所もないもんでこうして一日中垢擦りをしているんだよ。あわれなもんだ」


 垢擦りは気持ち良かった。脇の下や肩口など、どこにこんなにこびりついていたのかと思うほどの垢が出た。


「ありがとう」

 今の俺はそう言うだけしかできなかった。


 風呂場に戻ると侍女達の嫉妬の視線が痛い。


 俺は風呂から上がりメルが持ってきたバスローブを着てまたコーエンの部屋へ向かった。

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