舞踏会

 俺はかぼちゃの馬車ではないが、二人のりの馬車でおばさんを伴って颯爽さっそうと馬車から降りたった。ここは王家の門の前。六時に門が開く筈なのだ。これは完全なシンデレラストーリーのパターンだ。


 門の前には五十人近いドレスアップした女性らが、いまかいまかと開門を待っている。


 やがて門が開く。女性たちはキャーキャーいいながら正門に殺到する。門の上にはライオンが向かい合って左右に配置された、当主デミアン王の紋章がみごとな石の彫刻で彫られている。


 俺たちは執事に案内されこの屋敷の中で一番大きいホールに通される。やがて先に入っていた近隣の貴族の娘と目が合い火花をちらす。それほど可愛い女の子はいない……ってそんなことにヒートアップしている場合じゃない! 俺はそーっと逃げ道を探す。


 向こうは俺の存在に気づいた様子で全員が俺を見つけて視線のナイフを投げかける。周りの村娘もようやく俺に気付き、一番の敵と認識したようだ。


 そのひとりがつかつかと俺に近付き口を開く。


「あんたはどこの家の娘だい?見たことないけど」

「そのう、旅をしていると、ちょっとしたトラブルがあってルードブル家に身を寄せているんです。そこで舞踏会の話を聞き付けたおばさんが表れて、連れてこられちゃったんです」

「ふーん」

 その娘はいろんな角度から俺を眺め回している。


「まあ、しっかりと戦うんだね。あんたの敵はあの貴族の小娘達だろうからね」

「わ、分かったわ」


 まあ、そんなに嫌みでない娘でほっとした。




 オーケストラが部屋に入り、ホールの一角を占めていく。曲が静かに流れ始める。


 対面から男達が入ってくる。貴族の小娘達の手を取り軽々とステップを踏んでいく。


 こちら村娘チームは壁の花となっている。こんなダンスなどしたこともないし、男の人たちに手を取られるにはどうすればいいかすらも分からないのだ。


 しかしそのうち、村娘たちも自然と手を取られていった。


 俺にもお誘いがかかる。ワルツのリズムに乗って軽やかに踊ると案外心地いい。


 男が片ひざをついて躍りの誘いだ。やがてなんだなんだと少しずつ部屋の温度が熱くなる。そして一人が暴れだすともう一人、もう一人と収集がつかなくなる。


 ――「魅了」か!俺のチートスキルは!


 敵が俺を見たとたんに同士打ちを始めて最悪、敵を全滅させる事が出来るというある意味恐怖の能力。ゲームでもこの能力を使うラスボスが現れて、ほとほと手をやいたことがある。


 今は腰に剣を下げてないので殴り合いで済んでいるが、この能力は制御が難しそうだ。


 やがてそんな男達を尻目に、俺に頭を下げて躍りに誘う者が表れた。


「我が名はコーエン・エル・デミアンと申すもの。よろしければ私と一緒に踊ってはいただけませんか」


 ――コーエンきたー!


 目の前に表れた男は背が高く、整った顔だちに全てを見通すような翡翠色の目。今日きた女どもは、皆この男が目当てに違いない。


 俺が気恥ずかしくしていると、コーエンは強引に手を引き舞台の中央に躍り出た。ケンカをしていた男達もスペースを開け、二人のダンスを見ている。


 俺もつたないダンスで応じる。やがてコツが分かると次第に優雅に踊れるようになってきた。


 コーエンは耳元でささやく。

「今日から城で住んではいただけないでしょうか」

「そんな……私のような村娘が」

「身分なんて関係ありません。私はあなたの虜になってしまいました。どうか願いを聞いてやって下さい」


 ――こ、これはプロポーズか!


「一日だけ時間をください」

「お名前は?」

「オリビア・ルードブルと申します」

「おお、我が愛しのオリビアよ。いいでしょう。しかし一日だけですよ」

 かなり強引ではあるが、コーエンの申し出に従うことにした。


 やがて一時間もたった頃クラッカーの上にさまざまなおかずを乗っけた軽食が運ばれてきた。皆腹が減っていたらしくそれぞれ手に取っていく。俺も三つほどつまみ、曲は四拍子になり、踊り易くなった。舞踏会は次第に佳境へ入っていく。


 コーエンに腰を抱かれ顔を近付けたと思うとゆっくりと離される。そのリズムに酔いしれた俺はふと、この男なら抱かれてもいいかな…などと思ってしまうが、いかんいかんと首を振る。


 ――結婚は気の相性が一番じゃよ。


 おばあちゃんがふと漏らした言葉が胸をかすめる。


 舞踏会は夜の九時に終わった。何だかんだと振り返ってみれば、楽しい夜だった。


 帰り道ガラスの靴を落とすこともなく、おばさんとまた馬車で帰る。おばさんには交通費として、一万ルピアを手渡す。


「ほーら私が言った通りでしょう。必ずコーエン様もあなたの虜になるって。今日一晩だけうちに帰ってゆっくりお休みなさいな。あしたは朝早くからお城に行くんだよ。分かったね!」

 おばさんとうちについた。

「おやすみ、未来のお姫様!」


 おばさんはスタスタと家に帰ってしまった。


 お姫様などと言われても実感が湧かない。頭の隅がぼーっとしている感覚。


 うちに帰ってまず腹が減っていたので戸棚の奥から硬いパンを出して食べる。おじいちゃんとおばあちゃんはもう寝てるんだろう。木で出来たお椀にスープを入れて、それを釜の上で暖めてくれていた。


 スープを食べていると、おばあちゃんが起きてきて、俺の頭を撫でながらつぶやく。

「コーエン様とは会えたかね」

「ええ、二時間ほどじっくり踊って楽しかったわ。そして誘われたの、明日から城に住むようにと」

 おばあちゃんは目を丸くする。

「そりゃあお前、プロポーズでないかい!しかしお前はレズ…なんとかっていう病気だったよねぇ。しかしこんなチャンス、人生にそう転がってないよ!コーエン様に何をされても、大人しくしてされるがままにしておくんだよ」


 状況はすぐに伝わったようだ。おばあちゃんは嬉しがっている。俺は今幸せなのか?しかし振り返ってみても、どこか心の底から喜べてない自分を発見する。


 その夜も早くに眠りについた。


 次の日、昨日のドレスを着て、馬車で城の正面玄関口に乗り付けた。門番をしている衛兵には伝わっているらしく、ゴロゴロという音と共に大袈裟に正門が開いた。


 馬車から降りるとさっそく侍女たちが俺を取り巻く。もう完全に姫の扱いだ。五人の侍女と共に正門をくぐる。


「オリビア・ルードブル様参上~!」

 先頭の侍女についてゆっくりと屋敷に向かって行く。そこでコーエンが片ひざをついて待っていてくれた。相変わらず男前だ。

「昨日はよく眠れたかい?」

「え、ええ、今日の格別のお迎え痛み入ります」

「そんな、かしこまらないで。もっとフランクに話しておくれよ。あっそうそうこれを渡すのを忘れてた」

 どこからかキレイな小箱を取り出し中を見せられるとあり得ないほど大きなダイヤモンドのエンゲージ・リングが収まっていた。

「これを受け取ってくれるかい?」

「これを、私に!」

 これにはさすがに俺も度肝を抜かれたが、震える手で受け取った。思わずウキウキした。


 すると俺は右手であごをきゅっと持ち上げられ。誓いのキスをいきなりされた。


 ――男とキスか……


 仕方がない。俺は目をつぶりされるがままだ。


 そちらはなに人か知らないが、日本人にとってキスするっていうのは相当重いことなんだぞ。


「これから家族に正式に紹介するからな。目一杯チャーミングにしているんだぞ。それから兄さんの名前はリューホと言う。覚えておくんだね」

 コーエンは右目でウインクしてきた。




 コーエンと俺は王宮の間へと入っていった。そこでは夫婦と思われる二人が王座にならんで腰掛け、その横に兄と思われる者が立っていた。


「そこにいるものがオリビア・ルードブルと申すか、顔を上げよ」

「はい、では、失礼をして」

 俺は顔を上げた。デミアン王が魅了にかからないように祈りながら。


「ほう、これは美しい姫じゃ。堅物のコーエンが一目惚れしたのも無理はないのう。どうじゃクエルよ」

 クエルと呼ばれた王妃が、しげしげと俺を見ている。

「誠に美しい限りにございます。これでコーエンも落ち着いてくれるでしょう」

「まさに王宮にふさわしい姫でございましょう。コーエンも身を固める決意がついた様子。これでここクワイラ王国も盤石ですな」

 横からリューホと思われる兄が応じる。


「今日は宴じゃ、近しい貴族達に知らせを入れよ!」

 執事が飛び上がって手紙をしたためるためにどこかへ消えさった。

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