王室内にて

「兄者は手ぬるいわ!」


 ここはクワイラ王国の城の中の一室。兄リューホに弟コーエンが摘めよっている。この国では第一王子が次期当主になり、下の王子は先陣を務めるとの鉄の掟がある。

 その父デミアン王が重い口を開く。

「ではどうしろと」

 コーエンが答える。

「まず相手のボヘミア王国が麦を刈り取った時期に襲いかかります。そうして麦を奪い取り、兵糧責めにします。たったこれだけの事をやることでボヘミアは降伏してくることでしょう。それからボヘミア王の首だけを取り相手に恐怖を植え付けるんです」

 コーエンは、テーブルにあった焼き菓子を頬張る。

「処刑にあったのがボヘミア王だけと分かるとボヘミア王国の住民がみな気をゆるめて 後はいいなりになるでしょう。そして、ボヘミア王国に進駐するのです。簡単なことではないですか!」


 クワイラ王国とボヘミア王国。この二つの国は昔から仲が悪く、今でもたびたび軍事衝突が起きている。面積も、人口もほぼ互角。よって双方軍事力も同じ程度で全面戦争にはならない。じりじりとした休戦状態が続いていた。

 コーエンは軍事に関しては急進派でも、王室内では穏健でいつも下男や下女には菓子を配るなど優しい一面をのぞかせていた。

 当然コーエンのほうが、兄リューホより人気があった。しかしそれは表だっては禁句とされていた。

 デミアン王は側近に小声で漏らす。

「最近コーエンは何かしら苛立っておるようじゃのう。なにかあの猛々しさを鎮めるいい方法はないものか」

 すると一人の従者がデミアン王にうやうやしく挨拶をして進言する。

「ご結婚をさせてみてはどうでしょう。それによって猛々しい心も鎮まるかと」

「なるほどその手があったか! さっそく明日にでも見合いをかねた舞踏会を開こうぞ」

 デミアン王は機嫌よくその場を立ち去った。


 こちらはルードブル家、俺の家である。三十分ごとに隣のおばさんが男を引き連れてくる。なかなかの美男子も中にはいたが、俺は男だ。いくら紹介されてもゲイのけがあるわけじゃなし、俺のめがねにかなう男なんかいる筈がない。

 一人終わるたびに感想を訊いてくる。俺は「見合いはもういいですから」とたびたび言うが、おばさんは聞く耳をもたない。

 お見合いは夕食まで続いた。軽い地獄だ。隣のおばさんも夕食を作るためにようやく帰っていった。

 今日の主菜はおじいちゃんが釣ってきた魚の塩焼きだ。大きいのを三匹釜で焼いて、小さなやつはスープの出汁を取るためにそのまま入れる。質素だが、魚の塩焼きが抜群に旨い。俺はパンをスープに浸しパクパク食べる。

「そんなに旨いかの」

 スープも魚の出汁で非常に旨いのだ。おじいちゃんが俺の真似をしてスープにパンを浸す。もとが硬いパンなのでスープでふやふやになったくらいがちょうどいい。

「なるほど、これは旨いの」

 おじいちゃんも満足げだ。おばあちゃんも真似をしている。

 俺は片付けに台所へ向かい、三人分の洗い物をごしごしとやる。おばあちゃんは食後の紅茶をいれている。

「ねえおばあちゃん。お隣のおばさんのお見合い攻撃どうにかならないかしら」

「まあ、あれがあやつの趣味でな、どうにもならんじゃろうて。そのうち村の独身男もいなくなる。明日、明後日には自然と終わるじゃろ」

 ところでこのうちでは、入浴は三日に一回となっているらしい。今日は入浴の日、久しぶりのお風呂に心も弾む。そろそろ臭いが気になっていたからだ。

 俺が一番でいいそうだ。着替えを与えてもらい風呂桶にザブンと飛び込む。しかしぬるい。一息つくと、原始的な製法で作ったと思われる大きな石鹸でまずは髪を洗い始めた。シラミなどが沸いてないか心配だったためだ。

 そして体も入念にタオルで洗っていく。手鏡があったので体を写してみると、ぼっきゅっぼんのナイスボディだ。しかし自分の体だ。全く性欲が湧かない。

 女という生き物は、何を楽しみに生きているんだろう。俺なんか一日一回のオナニーだけを楽しみに生きてきたのに。

 今度は女の子の裸を妄想してみる。こちらは性欲が湧く。女もあそこをいじったらエクスタシーに達するらしいので試してみる。確かに気持ちがいいが何かが足らない。しかし少しは希望が湧いてきた。

 風呂からあがり体を絞ったタオルで拭いていると結構な時間がかかった。髪の毛は半乾きである。半分濡れた状態で着替えを身につける。

「おばあちゃん代わるから」

「そうかい悪いね」

「水を足すからちょっと待っててね」

 俺は桶を持ち、近くの小川へむかう。上流に集落がない、きれいな川だ。そこでまずは二杯の水を汲んで帰ってきた。結構な重労働である。もう一度汲みに行ってやっと風呂桶が満杯に近くなる。

(こりゃ毎日出来んわな)

 三日にいっぺんの理由に納得がいった。家に戻るとおじいちゃんが薪をくべて沸かし直しをしているところであった。

 不便な生活ではあるが生きている実感があって充足感を覚える。しばらくはここでお世話になろう。

「俺、男なんです」

 寝る前、ついにおばあちゃんに告白をした。

「そうかね。だから結婚も断っていたんだね。最近聞いた言葉だけれどもレ、レ…」

「レ?」

「レズビアンとかいうやつだね」

 俺は頭の中でこけてしまった。確かに近い心理状態ではあろう。全く違うのだが。

 俺はもう何も言わなかった。おばあちゃんの理解の範疇を超えるのは分かっている事だからだ。

「おばあちゃんたちは恋愛結婚なの」

「ははは、もう忘れたよ。見合いじゃったかのう。おじいちゃんもああ見えて昔は色男でな。私がほれたんよ」

「へえ、形は見合いでもおばあちゃんにとっては恋愛結婚だったんだ。うらやましい」

 おばあちゃんは遠くを見るように仰向けになった。

「もう五十年になるがの、結婚相手は顔なんかより、気の相性が一番じゃよ」

「ここは中世でしょう?だったら女同士の結婚なんてタブーのなかのタブーでしょう。私は結婚はあきらめてます。男の人とナニをナニするなんて寒気がするんです。こればかりは譲れない」

 眠気が襲ってきた。「おやすみなさい」と俺が言うと「おやすみ」と優しい返事。いつの間にか時は過ぎ、安息の眠りについた。


 次の日、昼ご飯を食べていると、隣のおばさんが、血相を変えてやってきた。

「今日はお城で舞踏会があるってよ。平民も参加していいってんだから、おそらくこれはコーエン様の嫁取りのお見合いだと思うの。張り切っていくわよ!」

 おばさんは俺の全身を眺めている。

「野暮ったい服だね。今すぐこれに着替えるんだよ。娘が持ってたたった一つのドレスさ。その前に風呂に入るよ!完璧にしとかなくちゃね」

「風呂は昨日入りました」

「念を込めてもう一度さね」

 両手に桶を持ち、今度は四往復だ。服を脱ぎ風呂に入るとまた昨日のように念入りに体を洗っていく。

 着替えは新品同然の純白のドレスだった。だれでも一目惚れされそうな自信がみなぎってくる。だから女はあれだけファッションに金をつぎ込むのか……

 なぜか少しだけ胸が弾んでいる自分を発見する。

(王室で結婚も悪くないかな)

 こうなったらもう流れに身を任せるしかない。

「べっぴんさんがさらにべっぴんになったがね。舞踏会は午後六時に始まるからそれまで家で静かにしているんだよ。五時に出発するからね。逃げるんじゃないよ!」

 おばさんは意気揚々として帰っていった。

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