第二話 贋金

 藍地屋にアキハが遅れて出勤してきた。

 今日は不動産屋に行くと言っていたからそれで遅れたのだろう。


「アキハちゃん、部屋は無事借りられたっすか?」

「保証人有難うございました。無事借りれました」


 俺はアキハに問い掛け、アキハはぺこぺこ頭を下げて答えた。


「良かったっす。支度金がなくなったら言うっす」

「いえ、百万も支度金貰って、そこまで甘える訳にはいきません。なんとか給料日までやりくりします」


 俺は妹に接するような気持ちになり見栄を張り、アキハはちょっとすまなそうな顔で断った。




 食い物の出前は今日から再開だ。

 俺は新しいメニューを郵便受けに入れるのが今の仕事っす。

 犬を連れて散歩している近所のおばちゃんに会う。


「藍地屋、リニューアルオープンっす。これメニューっす」


 アキハがパソコンで作ったメニューを差し出し俺は言った。


「あら、大分メニューが寂しくなったわね。三種類だけだと大変じゃない」

「副業の貿易の仕事が順調なので、料理はぼちぼちいくっす」

「頑張ってね」


 おばちゃんの親切そうな顔に騙されてはいけないっす。

 下手な事言うとあっと言う間に噂が町内を駆け巡る。

 無難に流すのが一番っす。




 色々な家を回りメニューを配り終え帰ると、異世界出前の注文が入っていた。

 アキハは一人でやる初めての電話番。心配はしてない、人が増えると出来る事が広がるんだなと思った。

 なんとか異世界の出前を上手く隠して人を雇えないっすかね。


「メインさん、ネット通販で勝手に注文したけれど、良かったのですか?」

「十万円以下なら気にせずバンバン注文して良いっす。それ以上なら俺のスマホにメールするっす」


 アキハが事務的な口調で尋ねきたので、軽い調子で返答する。


「注文は宝石か。これ十万円に収まったすか?」


 置いてあるメモを読むと思わず口に疑問が出た。


「ええ、一センチのダイヤを金貨十枚でなんて無茶言うので、人工宝石売りつけました」


 アキハの答えを聞いて、急いでネット通販の注文履歴を見る。


 キュービックジルコニア、なんっすかこれ。

 思わず二度見してしまった。

 カットした五ミリの宝石が六十個で千円、安すぎっす。

 一個約十七円、ビー玉と大差ない値段。

 ネットで検索を掛ける。

 二酸化ジルコニウム、こんな物質があるっすね。初めて聞いたっす。

 透明でダイヤモンドに近い屈折率だから、偽ダイヤと呼ばれると書いてある。

 五センチの宝石が一万三千円とは驚きっす。




 感心していると食い物屋の方の電話が掛かって来た。


「まいど、藍地屋っす」


「ご注文をどうぞ」


 やった、リニューアル後、初の注文だ。とても嬉しい。


「二町目の佐藤さんに秋刀魚定食三つっすね」


 原付バイクに乗り配達に出た。

 配達先に着きアルティメットボックスから料理を出し、岡持ちに移す。

 チャイムを鳴らして、応答を待つ。


「どうぞ、入って」

「藍地屋っす。配達に来たっす」


 やさしそうな年配の女性の声が扉越しに掛かり、俺はドアを開けながら挨拶した。


 応対に出たのは奥さんらしき人。

 岡持ちから秋刀魚定食を出すと、皿の秋刀魚はジュウジュウと音を立てていた。


「早い上に熱々じゃないの。メニューは少ないけどやるわね。ひいきにさせて貰うわ」


 奥さんは少し探るような目で褒めてくる。

 今気づいたけどアルティメットボックスは不味かったかな。

 今後聞かれたらバイクに電子レンジが仕込んである事にしよう。

 それらしい部品を適当につければ大丈夫っすよね。


「そこが売りっす。メニューは後々増やす予定っす」


 俺は内心ヒヤヒヤしながら、わざと軽々しく喋る。

 代金を貰い家を後にした。




 藍地屋に帰ると、宅配が届いている。

 アキハに勧められてネット通販の特別会員になったので、これから注文はその日に届く。

 中を確認すると宝石らしき物が見えた。

 ビニールの包装越しに見てもキラキラして素人目には人工宝石だとは分からない。




「配達に行くから、お客さんの情報を欲しいっす」


 俺がアキハに言うと額に指を付けるとスキルを発動する。

 お客さんの声のイメージや名前の情報が頭に入って来た。

 何回やっても慣れない、凄く気持ち悪いっす。


 レジ袋にジルコニアを入れ配達の準備は整った。


「じゃあ配達に行くっす。出前行きます」


 アキハに声を掛けスキルを発動して、光をくぐると工房に出た。


 工房は色々な工具が置いてあり奥には炉が見える。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」


 俺は定番の挨拶をする。


「本当に五センチの宝石が銀貨二十六枚なんじゃろな」


 作業着を着た髪の毛が全て白髪のお爺さんが疑いの眼差しをして話しかけて来た。


「宝石と言っても作り物っす。偽物っす」


 俺は慌てて説明する。


「なんじゃ、作り物だと!まあ良い、出来が悪ければ金は払わん。どうも話が上手すぎると思ったわい」


 がっくりした様子のお爺さん。


 俺はスーパーのレジ袋からジルコニアを作業台の上に取り出す。

 包装を開けると本当にキラキラしてダイヤみたいっす。




「貸してみろ」


 お爺さんは一番小さいジルコニアを手に取り色々な角度から眺め始めた。


「そうじゃな、これなら大丈夫じゃ」


 お爺さんの声は段々と真剣味を帯びてくる。


「硬さもガラスよりは確実に硬いっす」


 俺は知ったかぶりで説明を付け加えた。


「ガラスではないとな。大いに結構じゃ。ちょっと待て」


 そう言うとお爺さんは宝石の付いて無い指輪を持ってきて、台座にジルコニアを固定し始めた。


「素晴らしいな、この一番小さい奴でも金貨を取れるじゃろ」


 作業が終わるとお爺さんは称賛の言葉を洩らした。




 お爺さんは別のジルコニアを手に取り、工房にあったガラスの破片でジルコニアに傷をつけようとした。

 今度は金庫からサファイアらしき宝石を取り出しジルコニアで傷をつけようとする。


「確かにガラスより硬いな。しかし、サファイアには傷がつかんか」

「お支払いをお願いするっす。銀貨四十枚っす」


 色々検証したいみたいなお爺さんを邪魔立てして俺は代金を催促した。


「金貨で良いか?」

「大丈夫っす」


 お爺さんの問いに俺は頷いて返事をする。

 お釣りの銀貨を渡して金貨を受け取る。




「両替。あれ? もう一度、両替。駄目っす」


 俺がスキルを発動させる呪文を唱えたが金貨は一向に札にならない。


「エルシャーラ様、スキル壊れたっす」


 俺がエルシャーラ様に助けを求めると工房一杯に光が溢れた。

 笑いながらエルシャーラ様が現れる。


「今日はまた愉快な事になっているわね。それ贋金よ」


 笑顔で指摘するエルシャーラ様。


「うわ贋金っすか」


 俺は贋金をまじまじと見たが、本物に見えたっす。




「偽物の宝石の代金を贋金で払うなんて面白いわ。でも偽物と言って売ったからには契約違反なのよ」


 エルシャーラ様は淡々とそう言って、指を鳴らす。


「呪いを掛けたわ。悪事が出来なくなる呪いと不器用になる呪いよ。不器用の呪いは借金の金貨百枚払えば解除されるわ」


 エルシャーラ様は更に付け加えた。


「くそ、神は騙せなかったか。裏の世界では贋金名人と呼ばれたわしが細工を作れなくなるとはあんまりじゃ」


 お爺さんはうな垂れて言う。声にも張りがない。


「あなた、自分の腕を過信して天狗になりすぎだわ。神も騙せるなんて言っているから、こんな事になるのよ」


 エルシャーラ様はお爺さんと対照的に得意そうに指摘した。


「お爺さん金貨百枚よろしくっす」


 俺はエルシャーラ様も酷いが、お爺さんも自業自得だなと思いながら声を掛けた。


「わしは諦めんぞ。この偽宝石を売ったら、金貨百枚などあっと言う間じゃ」


 お爺さんはもう元気を取り戻したみたい、力ある声で喋った。


「ちなみに悪事の呪いは嘘がつけないから、偽物と言って宝石を売るのね」

「ぐっ。しかし、この作り物は出来が良いから金の無い奴や胡散臭い商人なら買うじゃろ」


 エルシャーラ様の指摘に一瞬言葉に詰まるお爺さん。それでも懲りずに反論した。


「さあ帰るわよ」

「出前帰還」


 エルシャーラ様が光に包まれるのを見て俺も帰還のスキルを発動した。




 藍地屋に帰った。

 部屋でアキハは漫画の翻訳作業をしている。

 作業を中断させるのは気が引けるが、話し掛ける事にした。


「今回は大儲けっす。一千万になったっす」

「凄いです。なんでそんな事になったんです?」


 俺の言葉にアキハは驚いて尋ねてきた。

 今回の顛末を話す。


「そんな事があったのですか。驚きました」


 アキハが感想を言い、俺は儲けた金どうしようと思った。

 パーっと使うっすか、今回はあぶく銭のようなもんっす。


「お金が回収出来たら、ボーナス出すっす。三ヶ月分、百五十万円っす」


 俺の言葉ボーナス百五十万と聞いたアキハはガッツポーズをした。

 その時電話が鳴った。


 出て見るとさっきのお爺さんだった。

 ジルコニアをもう全て売ってしまったらしい。

 ジルコニアの追加注文を受けた。

 異世界の老人はかなり逞しいっす。



―――――――――――――――――――――――――

商品名   仕入れ 売値   購入元

ジルコニア 二万円 一千万円 ネット通販


参考価格

商品名       数量  価格    購入元

ジルコニア五ミリ  六十個 千円    ネット通販

ジルコニア十ミリ  十個  二千円   ネット通販

ジルコニア三センチ 一個  四千円   ネット通販

ジルコニア五センチ 一個  一万三千円 ネット通販

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