第十章 藍地メイン、トラブル

第一話 イタ電

 また掛かってきたっす。

 リリンリリンと古臭い黒電話が鳴る。

 今度こそ、まともな注文の電話でありますように。


「まいど、アイチヤっす」


 俺は祈りながら電話に出る。

 相手はこのところ頻繁に掛けてくる子供だった。


「またっすか?」


 俺は電話の声に問うた。

 相手の注文は今回も面白い話。


「しょうがないっす。えー、毎度バカバカしいお笑いを一席。……という、バカバカしいお笑いで」


 俺は精一杯喋る。

 どうだ、今回は渾身の落語っす。


「駄目っすか」


 俺は落胆の声を出し電話を切った。

 そして、ため息をつく。


 今回も駄目だったっす。

 外は雨だけど気分転換に散歩に行く。


 路地を行くと人が歩いてくる。

 買い物、帰りの近所のおばちゃんだ。

 挨拶して通りすぎようとしたら呼び止められた。

 このところ頻繁に宅配の荷物を受け取っているけど、仕事を変えたのと聞かれる。


 貿易の副業をやっているっすと愛想笑いを浮かべて答えた。

 そうなの犯罪だけはしないようにと言われた。

 大きなお世話っす。




 一人になりたくて公園に足を向けた。

 公園のベンチに一人の若い女性が傘も差さずにうな垂れて座っている。

 女性は黒髪のショートカットで丸顔の愛嬌のある顔立ちで笑えば可愛いと思ったっす。

 他の人影は無い。


「どうしたっすか? ずぶぬれで」


 俺は捨てられた子犬みたいだなと思いながら声を掛けた。


「もう行くところがなくって」


 困り果てた様子の彼女。


 話を聞くと会社が倒産して住んでいた寮を追い出されたと。

 ネットカフェに泊まりながら、仕事を探していたけれどお金が尽きたらしい。


「俺の職場に使っていない部屋があるから、仕事が見つかるまで住むと良いっす」


 俺が傘を渡すと女性は無言でうなずき、俺の後を黙ってついてきた。




「風呂はないから勘弁して欲しいっす」


 俺は彼女を藍地屋の使っていない和室に案内して声を掛けタオルを差し出す。


「そこまでの贅沢は言いません。アルバイトして銭湯にでも行きます」


 彼女はタオルで髪を拭きながら言った。


 そういえば名前を聞いてない。


「俺は藍地メイン、料理人なんだけど、今は貿易みたいな仕事をやっているっす」

富良未ふらみアキハです。前は事務員をやっていました」


 俺の自己紹介に彼女も名前を告げた。


「午後九時になったら店を俺は出るからこの部屋を好きにして良いっす。小さい冷蔵庫にある食べ物は勝手に食べて良いっす」


 俺の言葉にどこかホッとした様子のアキハ。


 アキハが俺の所に簡単にきた訳だけど、公園のベンチに座りどうしようか考えていたらしい。

 考えているうちに雨が降ってきて、ぼーっと雨に打たれていたと言った。

 やけになってこの人の所に行ってみようとなったと。


 とりあえず三万円をアキハに渡す。




 電話が鳴る。

 電話の音に俺はハアーっとため息をついた。


「どうしたんですか」


 アキハがため息を聞いて尋ねてきた。


「子供が面白い話をしろとせがむっす」

「それって、いたずら電話じゃないですか。毅然とした対応をしないと」


 俺の少し困った様子にアキハはキッパリと言い放つ。


「掛けてくる子供はきっと寂しいっす。一週間に一回程度になるように説得できないものっすかね」

「着信拒否したら良いんじゃないですか」


 俺が苦々しく笑って言うとアキハは至極当然のように言い切った。


 そうっすね、着信拒否にして一週間に一日だけ解除すれば良い。

 エルシャーラ様に相談するっす。




 そうしたら光が溢れ、エルシャーラ様が立っていた。


「まだ、呼んでないっす」


 俺は突然の事に動揺して声を出す。


「相談したい事があるのでしょう。だから来たわ」


 エルシャーラ様は淡々と俺に告げた。


「えっ、この人さっきまで居なかったのにどうなってるの」


 アキハは驚愕の為自然と大声で話す。


「エルシャーラ様どうするんですか?」

「慌てなくっていいわよ。後で記憶を消すから」


 俺の疑問にエルシャーラの目がぞっとする様な光を帯び答えた。

 前にもこんな展開があった気が、なんか嫌な予感がするっす。


「駄目っす。記憶は消さない方向でお願いするっす」


 俺は強く訴えた。


「私、記憶を消されるの」


 アキハが怯えて震え声で喋る。


「そうだ、富良未さんをここで雇うっす。そうすれば記憶を消さずに済むっす」


 俺は焦りながら思いつきを言葉にして、その場を言いつくろった。


「それも良いわね。アキハ、エルシャーラ、発明の神よ。よろしく」

「初めまして、富良未ふらみアキハです。ここで雇って貰えるのなら嬉しいです」


 エルシャーラ様はアキハに話し掛け、アキハはエルシャーラ様が神様だということを少しも疑ってない様子で挨拶を返した。

 こんなに素直で大丈夫っすか。


「仕事はそうっす。電話番と漫画とかの翻訳を頼みたいっす。そうすると翻訳スキルが必要っす」


 俺は少し考えて申し出た。


「スキルを与えてあげるわ。翻訳と情報伝達のスキルを与えたわ」


 エルシャーラ様が指を鳴らすとアキハが光る。




「そんな事して私の体はなんともないんですか?」

「スキルは副作用がある場合が多いかしら。例えば鑑定系のスキルだと使いすぎると頭痛に襲われる事になるわ。翻訳の場合使いすぎると眠気が来る。情報伝達は相手が頭痛に襲われるわ」


 アキハは目を見開いて疑問を問いかけ、エルシャーラ様は冷淡な様子で返答した。


 ちょっと待つっす。俺の場合はどうなるっす。


「俺の副作用は何っす?」

「大丈夫、副作用は大体、超健康で打ち消されているから」

「超健康の副作用は?」

「死ねない事よ」

「大体に含まれないスキルはどれっすか?」

「アイテムボックス系はレベルアップの恩恵が少なくなるというものよ。アルティメットボックスの場合、恩恵はゼロね」


 俺は二人の会話に割って入り、疑問を色々ぶちまけた。

 俺の数々の問いにエルシャーラ様はそっけのない態度で答えた。


「すごい藍地さん不死身なんですか。ヒーローみたい」


 アキハの感嘆に満ちた声。

 レベルアップしても強くなれない、死なないだけの欠陥ヒーローっす。



「それと、着信拒否だけど、やりたくないわ。神器の説明書きを全部書き換えるなんてめんどくさい」

「子供の対応はどうしたら良いっす」

「そちらは何とかするわ。まかせなさい」

「何分、子供なので穏便にお願いするっす」

「大丈夫。ちょっと悪戯するだけだから。今回は話を面白いとは欠片も思っていないから取引が成立してない。相手は契約を破ってないから呪いは掛けないわ」


 実に不安の残る会話だった。本当に子供の件まかせて良いんだろうか。

 エルシャーラ様は光と共に帰って行った。


「改めてよろしくっす」

「アキハって呼んで下さい」

「じゃあ、アキハちゃんで。俺はメインで良いっす」

「よろしく、メインさん」


 エルシャーラ様が帰ったので、俺とアキハはうちとけた感じで話した。


「給料は月、五十万を予定してるっす」

「ここ、儲かっているのですか?」


 俺の言葉にもの凄く驚いて疑問を問い掛けるアキハ。


「異世界に品物を売ってるっす。凄い儲かっているっす」


 俺は疑問答えて、儲かっている金の使い道を漠然と考えた。


「そうだ、電話をもう一回線引いて食い物屋を再開するっす」


 俺は考えを口に出し更に考える。

 メニューは最初、玉子丼と親子丼と秋刀魚定食の三品だけで行くっす。

 秋刀魚はもう少ししたら、旬になる。

 そうしたら、アルティメットボックスにこれでもかと秋刀魚を詰め込む。

 値段はワンコイン、五百円にする。

 料理は出来たてをアルティメットボックスに保存しておいて注文から配達まで迅速にしたい。

 儲からなくても異世界に出前している限りは前みたいな事にはならないだろう。

 料理修行が進めばメニューも増えるっす。

 いける気がしてきた。


「私も頑張ります。更に繁盛させましょう」


 すっかりその気になり、働く意欲満々でアキハは話しを締めくくる。




 次の日の朝、藍地屋に出勤するとエルシャーラ様がアキハと話し込んでいるのがドア越しに分かった。


「おはようっす」

「あら、遅いのね、待ちくたびれたわ」

「おはようございます」


 俺は扉を開け挨拶する。エルシャーラ様は言葉とは裏腹に爽やかに返す。アキハは会釈しながら挨拶した。



「エルシャーラ様、今日は何っすか?」

「子供の件、多分、片付いたわよ。アキハにはさっき話したわ」

「ひどい事してないっすよね」

「神器を使ったから、念話を繋いだままにしたの。そうして夜中にトイレに起きた時にぎゃーーという絶叫を大音量で念話で流したわ」

「それはびっくりするっすね」

「お漏らしして泣きべそかいていたわ。良い気味よ。当然の報いね」


「それで終わりっすか」

「いいえ、それから怪談を念話で嫌と言うほど聞かせてあげたわ」

「それは人によってはもの凄く効きそうっす」

「トイレに行くのが怖くなって、おねしょしてたわよ。最後に神器で悪戯するからこういう目に遭うんだと囁いたら、一生懸命謝っていたわ」

「さすがに懲りたっすかね」

「駄目なら第二弾をやるだけかしら」

「お手柔らかに頼むっす」

「じゃあ、帰る。アキハも仕事、頑張って」


 俺は子供にそこまでしなくともという思いで聞いていたが、エルシャーラ様は面白がる態度を崩さなかった。

 きっとこのくらい神にとっては軽い悪戯の範疇なんだろう。


「お疲れ様でした」


 アキハの労う言葉を聞ながら、エルシャーラ様は帰って行った。


 一時はどうなる事かと思ったけど、子供があまり酷い事にならずに良かったっす。

 それから、子供はたまにお菓子などを購入してくれるようになった。

 念話が長くなるのはご愛嬌という事っす。

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