第二話 おかゆ

 異世界に出前を始めて三ヶ月。

 お金も順調に貯まり、三百万円を超えるまでになってきた。

 そろそろ異世界に行くのを辞めるのもいいのかなとか思ってるっす。




 電話の側に置いたパソコンで看板の業者を調べる。

 三百万もあるんだから店の外見を少しリニューアルしようと考えたっす。

 突然、店の食堂の真ん中に光が溢れる。

 エルシャーラ様が何時ものヒラヒラした服を着て立っていた。


「ちょっと用事があって来たわ」

「なんすっか?」


 エルシャーラ様は俺に歩み寄りながら言葉を発した。

 それに対し嫌な予感がした俺は少しびびりながら疑問を口にした。


「ふーん、あなた眷属を辞めたいと思っているのね。別に良いわよ。但し辞めると死ぬから、好きな方を選びなさい」


 エルシャーラ様が俺の心を読んだかのような発言をする。

 俺が死ぬ。なんの冗談。笑えない冗談は嫌いっす。


「えっ、どういう事っす?」

「異世界に行く生物は全て死ぬ。これに神以外の例外は無いわ。でもスキルの超健康があるから、生きていられるの。スキルがなくなった瞬間に死ぬわね」


 俺の問い掛けに何でもないという態度で衝撃の事実を明かすエルシャーラ様。

 そんな事になっているとはどうすれば。

 こんな事なら眷属になるんじゃなかった。


「酷いっす! じゃあ眷属を辞めないで、もう異世界に行かないっす!」


 俺は怒りのたけを言葉にしてエルシャーラ様にぶつけた。


「あのね、超健康で死なないということは歳を取らないという事よ」


 エルシャーラ様は冷淡に更に衝撃の事実を返す。

 これは、酷い未来が想像できるっす。不老不死なんて要らない。


「やばいっす。実験動物にされるっす」

「異世界に出前してるうちは私が守ってあげるわ。大人しく働きなさい」


 俺のうろたえた声にエルシャーラ様は少し和らいだ口調で話した。


「こんな事、初めに教えてくれなかったっす」

「ばかね、聞かないのが悪いのよ。取引に情報収集は欠かせないわ。それを怠ったあなたが悪いのよ」


 俺の非難にエルシャーラ様は冷たく言い放った。


「前々から思っていたっす。発明が起こって神になんの得があるっす」

「神にもレベルが有ってそのレベルを上げるためには二つの方法があるわ」


 俺の疑問にエルシャーラ様は淡々と答える。

 神もレベルに左右されるとは世知辛いっす。


「私は人間が発明をするとレベルが上がるわ。もう一つは呪いを掛ける事よ。呪いをかけれるのは神のルールに違反をした場合だけだわ」


 エルシャーラ様の淡々とした説明は続いた。

 酷い神が居たものっす。呪いでレベルが上がるなんて。


「出前で発明が起こったっすか?」

「ええ、少ない期間で乾燥スープ、菓子パン、自転車、蓄光魔道具、映像記録魔道具、計算魔道具、ソロバン、絵本、漫画その他にも沢山の発明が育ってきている」


 俺の問い掛けに少し嬉しそうに返すエルシャーラ様。

 俺の異世界への出前は無駄じゃあないのか、騙された気分も少しましになった。


「そうっすか。もう辞めれないっすね」


 俺はため息をついてから言葉を口にした。


「そうね、できれば死んで欲しくないと思っているわ」


 エルシャーラ様は感情のこもっていない口調で話す。

 エルシャーラ様も人との別れがつらいと思うのだろうか。

 俺を不老不死にしたのは寂しかったから、そんな訳ないっすよね。

 気のせい、気のせい。


 リリリン、リリリンと電話が鳴る。


「エルシャーラ様、出ても良いっすか?」

「早く出なさい」


 俺の問いにエルシャーラ様は命令口調で返答した。




「まいど、藍地屋っす」


 電話に出て何時もの挨拶を口にする。

 電話してきたのは子供っす。死にそうって言ってきた。

 お金は無いけど食べる物が欲しいっすか。


「そいつは困ったっす。パシタっすね。銅貨一枚で良いっす」


 俺は電話で子供と話した。

 銅貨なら数枚持っているようだ。急いで食料を届けないと、後味が悪くなるっす。


「エルシャーラ様、急用が出来たっす」

「気にしなく良いわよ。私は分身の内の一人だから、ここでしばらく待つわ」


 エルシャーラ様に声を掛けると意外と気さくに返事を返した。


 電子レンジで風邪を引いた時用のおかゆのレトルトパックを器にあけて暖める。

 岡持ちにおかゆを入れて準備は整った。


「出前行きます」


 俺はスキル発動し、光を潜りあばら家に出た。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす。死にそうって穏やかでないっす」


 俺が声を掛けるとボロボロの部屋に五歳ぐらいの幼い兄妹がいた。

 服もボロボロで言っちゃあ悪いっすけど、臭いっす。


「マイラ、起きろ飯が来た」


 兄と思われる子供が妹を起こして声を掛ける。


「お兄ちゃん、本当にご飯」


 妹が立ち上がりながら、兄と話をする。


「熱いから気をつけるっす」


 俺は岡持ちから、おかゆを取り出して兄妹に言葉を掛けた。


 兄妹は貪るようにおかゆを食べる。

 足りないみたいっすね。追加が必要みたいだ。

 いそいで戻りありったけのおかゆを温める。


 二人は三杯食べたところで満腹になった。


「ところで君がパシタっすか?」

「うん、そうだよ」


 遅ればせながら、名前を確認すると兄は頷いて言葉を返した。

 兄がパシタで妹がマイラか、よし覚えた。


「どうしたのか、状況を教えてくれっす」

「あのね、領主様が代わって炊き出しが一切なくなったの」


 俺の問いに兄に代わり妹が答える。


「あんな奴、様をつける必要はない」

「でもお兄ちゃん悪口を言って捕まった人もいるよ」


 吐き捨てるように喋る兄に妹が宥める口調で話す。


「なるほど、ここはスラムっすか?」

「そうだよ、眷属のあんちゃん」


 俺は回りを見回しながら問いを発し、兄は頷いて答えた。


「呼び出しの方法はどうやって知ったっすか?」

「偏屈じいさんが羊皮紙を持ってきて、使い方を説明したんだ。運があれば助かるじゃろと言って置いてった」


 羊皮紙を見て俺は更なる問いを口にし、兄は説明した。

 俺はこんな状況で一生懸命生きる事が出来るだろうか。

 店が駄目になった時は結局神頼み。

 そして、エルシャーラ様が来なければ自棄酒していた。

 情けないっす。


「分かったっす。これからも銅貨一枚で食べ物を持ってくるっす。気軽に連絡するっす」

「これで本当に良いのかよ」


 俺の言葉を聞いて、パシタが確認しながら銅貨一枚を差し出してくる。


「ありあとーしったー! デマエキカン」


 一枚の銅貨の重みを感じながら帰還する為スキルを発動した。

 銅貨は今日の事を忘れない為にとっておくっす。




「エルシャーラ様、お待たせしたっす」

「今日来たのは褒美をあげようと思ったのよ」


 俺がエルシャーラ様に言葉を掛けると微笑みながら返してきた。


「なんでもくれるっすか?」

「ええ、無理な物もあるけど大抵は大丈夫」


 俺の問いにエルシャーラ様はやはり微笑みながら返答した。


 円滑に辞める方法を頼む。無理っすね。超健康が無くなれば死ぬ。

 出前をやめて研究機関に狙われても大丈夫なように無敵の攻撃力を望む。

 人殺しはしたくないっす。

 出前に行くのをやめて大金を頼んでも、狙われる未来しか想像出来ない。


 出前を辞めるのは出来ないから、くよくよ考えるのは辞めにする。

 こうなったら、金持ちになって豪遊するぐらいの気持ちでやってやる。


 忘れてたっす。異世界にも恵まれない子供がいる。それを助けるのは俺しか出来ない。

 よし、決めたっす。


「この世界でも使えるアイテムボックスが欲しいっす。時間停止が付いているとなお良しっす」

「分かったわ。ステータスで確認してみなさい」


 俺の言葉にエルシャーラ様は首肯して指を鳴らす。

 一度光った以外は何も変わったところは無い。早速確認してみるっす。


「ステータス・オープン」


 俺はステータスを見た。


――――――――――――――

名前:メイン・アイチ LV1

年齢:26

魔力:0


スキル:

翻訳

出前行きます

出前帰還

両替

攻撃無効

超健康

アルティメットボックス

――――――――――――――


 アルティメットボックスと言うのが追加されてるっす。


「アルティメットボックス」


 俺がスキルを発動すると黒い穴が出来る。

 ボールペンを入れてみると吸い込まれた。

 恐る恐る穴に手を入れると中に入っている物のリストとイメージが頭に浮かんでくる。

 便利っす。これで料理の練習しても出来た料理を無駄にしないで済むっす。

 稼いだ金で食材を買って料理の練習をする。そして、それを炊き出しに使う。

 一石二鳥っす。


「エルシャーラ様、ありがとうございました」


 本当は感謝したくなかったけど、俺はお辞儀して感謝の言葉を述べる。

 ふて腐れた態度なんか取ったら、エルシャーラ様は罰を平気で与えてきそうだ。


「帰るから」


 エルシャーラ様は一言、言って、指を鳴らして光と共に帰って行ったっす。


 さて料理の練習するっす。まずは玉子丼。ふあとろがどうしても出来ないっす。

 そして、秋刀魚定食っす。炭火で焼くと焦がしてしまうっす。

 この二つを極めるっす。



――――――――――――――――――――

商品名 数量 仕入れ   売値 購入元

おかゆ 六袋 七百二十円 十円 スーパー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る