第五章 藍地メイン、神との出会い

第一話 異世界出前店アイチヤ誕生

 出前専門店の厨房で無心に包丁を研ぐ。

 ふと我に返り指を少し切った。


 なんで、こうなったっす。

 絶望にくれる俺、藍地あいちメイン、二十六歳。

 家業を継ぐのが嫌でサラリーマンやってたけど、会社を脱サラして貯金全部つぎ込んで居抜きで出前の店を始めた。

 料理が下手なのもあって店は流行らない。

 昨日なんて、注文がたった三件。もはや風前の灯っす。




 外はクリスマスイブ、町はネオンで飾り付けられ、行きかう人々の声は明るいっていうのに俺は何やっているっすかね。

 年末になったら、売掛金の集金が押しかけてくる。

 不味いっす。もうお金が無いっす。




 あの時、真剣に同僚の話に耳をかたむけていたら、こんな事にはならなかった。

 普段使ってない食堂に行き神棚を前にする。


「神様贅沢は言わないっす。人並に暮らせる売り上げが欲しいっす」


 俺は願いを口にして手をパンパン打って目を閉じて祈る。

 何も起こらない。やっぱり駄目みたいだ。

 ウィスキーでも持ってきてケーキをツマミに酒でも飲むっす。




『よろしいですわ。その願いエルシャーラが叶えましょう』

「誰っ!?」


 謎の人物の声が脳内に響きわたり、俺は驚きの声を洩らした。


 何時のまにか絶世の金髪美女が店の真ん中に立っている。

 椅子とテーブルが、美女を避けるように押しのけられていた。

 きっとさっき話掛けてきたのはこの人だろう。

 脳内に響いたと感じたのは気のせいっす。


 すごいプロポーション。

 着ている服もヒラヒラしていて、フリルも沢山、付いている。

 もしかしてモデルっすか。

 今は美女に会ってもナンパする気も起こらないっす。


「お客さん、勝手に入っては駄目っす。注文は電話でお願いします」

「客ではないわよ。発明の神エルシャーラですわ」


 俺の言葉に、人差し指を振って否定する美女。

 指振る仕草が悔しい事に似合ってるっす。


 エルシャーラさんと言うのか、良く見ても美人。でも頭のおかしいのはノーサンキューっす。


「笑えない冗談は面白くないっす」

「頭はおかしくないわ。証拠を見せるわね」


 俺の言葉に少しむっとして言葉を返すエルシャーラ。


 エルシャーラがフィンガースナップで指を鳴らすと、光り出した。

 もしかして本物っすか。

 失礼な事を思ったり言った気がする。まさか殺されたりはしないっすよね。


「これでわかったかしら。頼みがあるのよ。受け入れなさい」


 偉そうな態度で命令してくるエルシャーラ。

 心で思った事がばれてるっぽい。

 頼みを叶えればさっきの失言が帳消しになるっすか。


「何っすか? 自分の出来る事なら協力するっす」


 びくついた態度で首肯する俺。


「異世界に出前に行って欲しいのよ。アールバという世界で発明の神をやっているのだけど、世界が停滞して困っているのよ。刺激になるようにお客さんの注文を聞いて地球の品物をアールバに出前して欲しいのよ。ただし、生き物は駄目ね。商売だから料金を好きなように決めて交渉していいわ」


 エルシャーラは大して困った風でもない態度で頼みごとしてくる。


「もし生き物を持ち込んだらどうなるっすか?」

「生き物が死ぬわね」


 俺の質問にエルシャーラの目がぞっとする様な光を帯び答えた。

 怖い話だ。俺自身は大丈夫っすよね。でも、断れない。


「儲かるっすか?」

「絶対、儲かるわ」


 俺の疑問に胸をそらし自信ありそうに答えるエルシャーラ。


 良く考えるっす。胡散臭い感じもするけど、チャンスと言えなくも無いっす。

 借金地獄に落ちるのは嫌。店を畳むのはもっと嫌。決めたっす。


「ならやるっす」


 俺は決意を持って承諾した。



「それなら、今日からあなたは私の眷属ね。決まりね」

「それって、何か義務とかあるっすか?」


 エルシャーラは髪をかきあげ言葉を口にし、俺は不安に思いながら疑問を口にした。


「特に無いわ。好きにしてて良いわよ」

「安心したっす」


 エルシャーラは投げやりとも取れる口調で答え、俺は安堵を言葉にした。



「必要なスキルを付与するわね。まずは翻訳のスキルね」


「次は出前のスキルね。アールバに無いスキルだから創って付与するわ」


 エルシャーラが指を鳴らしながら、次々にスキルを俺に説明しながら与えた。

 俺の体は指を鳴らす度に光る。

 自由にスキル作れるのか、流石発明の神様。


「使い方はアールバの行きたい人物の名前を思い浮かべて出前行きますと言えば良いわ。ゲートが開くから荷物を好きなだけ持ち込めるわ。帰る時は出前帰還と言えば良いわ」


 エルシャーラの説明を聞いて、便利だと思った。

 配達の車とバイクが要らないなんて。


「同名の人は多いっすよね。どうなるっす?」

「注文受けた時の声の記憶でも探すから問題ないわ」


 俺の疑問にエルシャーラは何も問題ないとでも言うように話す。

 声を忘れたらどうなる。記憶の片隅からでも引っ張り出すような気がするっす。


「次は出前で行った先で危険な目に会わないように、攻撃無効、超健康のスキルを付けるわ。アールバのお金は地球では使えないから、両替のスキルも創るわ。地域によってレートを変えると面倒だから、銅貨一枚で十円、銀貨一枚で千円、金貨一枚で十万円で固定ね。お金を手に持って両替と言えば発動するわ」


 説明しながら、連続で指を鳴らすエルシャーラ。

 連続して俺の体が光る。

 両替スキルかぁ。確かに見たことも無いお金貰っても嬉しくないっす。


「出前行きます、超健康、翻訳のスキル以外は地球では発動しないから気をつけて」


 エルシャーラは注意を促し、俺はスキルについて考える。

 大きい病気はしたことないけど、病気で困る事は無いのは有り難いっす。

 出前スキルが地球でも使えればどこへでも無料で行けた。

 少し残念っす。


 俺はステータスの確認方法をエルシャーラに教わった。




「それとそこの電話に神術をかけたから、異世界から注文が受けれるわ。部屋にいない時は自動的に留守のメッセージが届くようにするわ」


 エルシャーラが指を鳴らし電話を指差し解説する。

 レトロな電話が光りを放つ。

 留守電みたいっす。神様も進んでるっすね。


「あの仕入れにお金が必要っす。二十万貸して欲しいっす」

「あげるわ。支度金よ」


 俺の頼みに答えエルシャーラが指を鳴らすと万札が空中からばら撒かれる。

 慌てて拾うとエルシャーラの居た所に光が溢れた。


「じゃあ行くから、何か問題があったら呼んでね」


 エルシャーラの言葉が光の中から聞こえた。

 ほぇー、消えていった。なんか運が向いてきた感じがする。

 まずは店の掃除。余った食材は調理して施設に差し入れするっす。

 スキルの確認も必要っす。


「ステータス・オープン」


――――――――――――――

名前:メイン・アイチ LV1

年齢:26

魔力:0


スキル:

翻訳

出前行きます

出前帰還

両替

攻撃無効

超健康

――――――――――――――


 凄い空中に板が浮いてる。

 ちゃんと貰ったスキルはあった。




 おっ、早速電話が掛かってきたっす。

 リリン、リリンと電話が鳴る。

 受話器を持ち上げ、俺は異世界に向かって言葉を発した。


「まいど、藍地屋っす」


「お名前を伺ってもいいっすか?」


「では御注文をどうぞ」



――――――――――

初期費用 二十万円

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