2.発病

2-1

 始まりは三年前、ありふれた自動車事故だった。日曜日の夕方、ハイウェイでの玉突き事故。エステベス家の四人を乗せたセダンは、他の十六台と同じく後ろから追突され、前の車に衝突した。ただひとつ違うことがあった。前の車は資材を満載した四トントラックだった。直径が四分の一インチ、長さ約十二フィートの鋼材十五本を固定していたロープが、追突の衝撃で緩んだ。

 運転席にいたアーウィンは身を捻じらせるだけでよかった。しかし助手席にいたカミーラは逃げる余裕がなかった。内ノブを引き、ドアを半開きにするまでの間に、フロントガラスを突き破った鋼材は右胸を含む六箇所を串刺しにした。

 カミーラは即死を免れた。このため、家族は長く母親の苦悶の声を聞き続けることになった。救急車とレスキュー隊が到着するまでにそれは次第に衰えていき、弱々しい息だけになった。

 後部座席の子供たちにはワンテンポの猶予があった。母親の後ろ、助手席側にいた当時九歳の妹、マリアは状況を把握できず、身を凍らせた。その隣、運転席側にいた四つ年上の兄、マシューは判断を下さなければならなかった。追突、ほどけるロープ、フロントガラスへ押し寄せる鋼材の動き。それらを認識し、そして決断した。マシューは腰を浮かし、妹の身体をかばった。腕を伸ばし、マリアの肩をつかんで引き寄せようとした。誤ったのはその次の動作だった。フロントガラスの割れる音、そして母親の悲鳴。ふりむいたマシューの右眉の上、一インチの箇所に、鋼材が突き刺さった。

 引き抜くと大量出血の恐れがあるため、鋼材は業務用の大型カッターによって断ち切られた。カミーラは救急車で搬送される途中、息を引きとった。マシューは昏睡状態に陥った。鋼材は貫通こそしなかったものの、レントゲンを撮影すると脳まで達していることがわかった。右前頭葉で大量に出血しており、たとえ意識を取り戻しても、なんらかの障害が現れる可能性が極めて高かった。

 鋼材を取り除く手術は五時間にわたった。意識を取り戻したのは、さらに二日後だった。医師が質問すると、事故で体験したことを正しく答えた。母親が死亡したと知らされると、激しく嘆き悲しんだ。手足の痺れや違和感もなく、病室で再会した父と妹も、マシューの受け答えに疑問を覚えなかった。

 あれだけの大事故で、なんの障害もないことは奇跡です。医師は率直な感想を家族に告げた。マシューは涙をこぼしながら、すべて先生のおかげですと両腕を広げて抱きついた。

 そのとき、マリアだけがその光景にとまどった。兄がここまで感情を大胆に表現することなど、これまであっただろうか。その疑念はすぐに、母を喪って心が不安定なのだろうという解釈に呑みこまれた。

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