巴市×カメオな日々 オバケどんぐりの怪

無人駅の怪異

 こちらは歌峰由子様の「巴市の日々」→ https://kakuyomu.jp/works/1177354054882867305 

とのコラボ作品になります。



「ほら、カメオ見てごらん。鯖雲だ。もう空は秋の気配がしているな」

「キュイ!」

 中年の男性がウォーキングだろうか、ときどきトレーニングウェアの胸のポケットに話掛けながら、アブラゼミの声が鳴り響く小さな神社の境内を歩いている。

「ああ……」

 男……前沢達也まえざわたつやは鎮守の森というには、あまりに木が少ない雑然とした神社の裏の、それでも近所の庭木よりは随分と大きなどんぐりの木の前で足を止めた。

「……これは……もう、ダメかもしれんな……」

 宮司のいない神社で水をやる者もいなかったせいか、今年の夏の酷暑の影響で枯れかけている。

「キュイ……」

 ポケットから這い出てきたカメレオンもどきを手のひらに乗せる。

「カメオが秋にどんぐりになりきって遊んでいた木なのに……」

 カメレオンもどき、カメオがつぶらな瞳で木を見上げた。

 秋になると家を抜け出しては落ち葉の下でどんぐりになっていた木。近所の小学生達にもすっかり毎年の秋の珍事として有名で『オバケどんぐり』、『捕まえるとかけっこで一等賞になれる』と噂になっている。

 カメオの身体が思い出したかのように、見る間に茶色の大きなどんぐりに変わる。くるりと巻いた尻尾をどんぐりの帽子に変えて

「キュイ!」

 カメオはどんぐりの木に向かって鳴いた。

 ざわざわざわざわ……。枯れかけた枝に残った、まだ緑味の残った木の葉が鳴る。二人に落ちる木陰が大きくゆらゆらと揺れ、蝉の声がピタリと止む。

 突然、どっと風が吹いてくる。夏の終わりのまだ暑さを含んだ風が、むせるような青い匂いをともなって達也とカメオにぶつかる。

「うわっ!!」

 達也はカメオを両手で包み込んで、抱え込むように胸に抱き、目を閉じた。

 風は一人と一匹を正面からぐいぐいと押すように吹く。息苦しいような圧迫感に顔を伏せる。ようやく止み、ジーワジーワと蝉が再び鳴き始めて、達也はほっと息をついた。

「カメオ、すごい風だったな。驚いただろう」

 そっと両手を開く。だが、手の中にカメオの姿が無い。

「そんな……。カメオっ!!」

 名前を呼ぶが、返事が返ってこない。

「カメオっ!! どこだっ!!」

 蝉の合唱の中、焦った声が響く。しかし、狭い境内の中、あの小さな姿はどこにいったのか、影もなく消えていた。



 かたとん……かたとん……。

 夏の昼下がりのローカル線の電車が眠たげな音を立てて、わずかばかりの乗客を運んでいく。

「……ったく、ちゃんと商売になれば良いが……」

 Vシネマの任侠映画に出てきそうなツンツンの金髪に、薄い色の入ったサングラスを掛けた青年が、所々しか埋まってない四人掛けのシートの一つにどかりと腰を掛けてぼやいている。その隣にはいくつもの荷物がシートを埋めていた。

 グラサンの青年の変わった色合いの瞳が、盆を終えてもまだまだ強い、夏の日差しに光る緑を映す。

 彼は個人営業の拝み屋、狩野怜路かりのりょうじ。いつもは契約している不動産屋で事故物件等の祓いをしている。その祓い師の彼が、いつ廃線になってもおかしくないローカルの線で移動しているのは、不動産屋の社長を通して、この先の無人駅を利用する三つの町の町内会から仕事を依頼された為だった。

 地方の典型的な、朝晩の通学通勤時間以外は数時間に一本しか止まらない無人駅。券売機すら無い小さな駅に時折『キュイ、キュイ』と何かの動物の鳴き声とともに緑の木の幻が広がるという。

「多分、子犬か子猫が入り込んでいるんだと思うけどな……」

 鳴き声の方は、まさに『声はするが姿は見えず』状態らしい。何人か親切な近所のお年寄りや学生達が保護しようと駅舎の中を探したが、生き物らしい影はない。にも関わらず、彼等が食べ物を置いておくと翌朝には綺麗に無くなっている。

「人に怯えてどこかに隠れていたのが、戻ってきて食ったんだろう」

 持ってきた荷物の中の小さな保冷バッグを叩く。その中には怪異が小動物だった場合の牛乳やキャットフード、ドックフードの試供品のパックが入っていた。勿論、捕獲した場合の連れ帰り用の猫用ケージも借りてある。

 しかし、木の幻というのは……。こちらも駅を利用する乗客に多数の目撃者が出ている。

 改札口をくぐると、いきなり緑の梢が目の前に広がる。思わぬ光景に驚くと、いつもの駅舎に戻る。

 奇妙な出来事の組み合わせに、もののけが駅舎に住み着いたのかも……と怪しい噂が三つの町の人々の間に立ち始め、駅を利用するのを嫌がる者がちらほらと出始めていた。

 それを町内会の役員の一人が知り合いだった社長に相談し、それならと怜路が紹介されたのだ。ちなみに報酬は三つの町内会で分け合って出すらしい。

「……ま、とにかく現場を見て、見積書を書いて、それから町内会と契約だな」

 既に各種書類の雛形の用意は出来ている。

 かたとん……かたとん……。電車のスピードが緩やかに落ちてくる。怜路は「ん?」と眉をひそめた。進行方向から何か力を感じる。

「どうやらマジの案件らしいな」

 シートの上の荷物一式を担ぐと彼は真剣な顔でドアへと向かった。



「うわっ!! いきなりかよ!!」

 荷物を抱え、狭いホームから降りる。針金で木枠の改札に括り付けられた乗車券入れに切符を入れて、駅舎に入ると、そこは木の梢の上だった。

 サラサラと心地よい音とともに、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「まるでVRだな」

 梢の向こうには古ぼけた小さな神社の社。どうやら視点は中空あたりにあるらしく、下を向くと木の影が大きく広がった地面が見える。木の幹そのものになっているのか、自分から伸びる枝がいくつも枝分かれして空に向かって伸び、木肌にはアリや甲虫等の虫が這っていた。

「臨兵闘者皆陣烈在前!」

 九字を切って己を保つ。目の前の緑の光景が消え、山沿いの田舎の駅によくある、コンクリート造り四角い駅舎の内部が現れた。

「……これはちょっとマズイな……」

 あまりにリアル過ぎる。よほど強い念が生み出したものらしい。

「心の弱い奴だと飲み込まれるぞ……」

 涼しげな風すら感じた頬を拭い、怜路はサングラスをずらした。

 コンクリートの打ちっ放しの壁に床。そこに木で出来たベンチが一つ壁につけて置かれ、照明用の裸電球が天井からぶら下がっている。

 ゆっくりと見回すとベンチの下に近所の人が持ってきたのだろう、縁の欠けた小皿がぽつん置かれていた。中には明らかに何モノかが食べた後のようなパンくずが散らばっている。

「……なるほど……そういうわけか……」

 ベンチの背もたれの後ろ、手が届きそうにない隙間に、茶色い小さい生き物が隠れている。力はそこから流れている。怜路はがりがりと金髪の頭を掻いた。

「……しかし、厄介だな」

 取り敢えず、木の幻の怪異はおいといて、鳴き声の怪異から何とかしよう。保冷バッグを開ける。

「猫でも犬でもなさそうだし……牛乳で良いか?」

 小皿に牛乳を入れる。後はこれを飲みにくるのを待つしかない。パックに残った牛乳にストローを突っ込んで飲もうとして、怜路はバッグの底から小振りなまんじゅうを取り出した。

 この駅は広域農道沿い、つまり田圃のど真ん中にある。一番近くのコンビニにも車で十分以上は掛かる。それを見越して怜路は弁当とちょっとしたおやつも持ってきていた。

「牛乳には甘いモン、だよな」

 結構甘いものもいける口の怜路がいそいそとまんじゅうの包装を剥く。そのとき

「キュイ!!」

 かん高い鳴き声がして、茶色の影が飛び、まんじゅうに食いついた。



「キュイ~!!」

 歓喜の声を上げて、ベンチに座った怜路の脇で、手のひらサイズのどんぐりもどきがまんじゅうを食べている。

「何だ? こりゃ?」

 取り敢えず、カシャ、カシャとスマホのカメラで写真を撮る。

「ちっこいトカゲ……いや、カメレオンか?」

 背中の背鰭のようなヒレや、くるくるとどんぐりの帽子に擬態した尻尾を見ると、カメレオンもどきというのが一番しっくりくるようだ。

「……しっかし、また、厄介なモン憑けてきやがったな……」

 かふかふかふ……。小さな口でみるまにカメレオンもどきがまんじゅうを食べ終える。ひょいとベンチから飛び降り、小皿の牛乳をこれまた美味しそうに飲む。

「キュイ~」

「おう、腹いっぱいになったか?」

「キュイ!」

 元気よく鳴いて答えたカメレオンもどきが、はっと我に返った。ビクリと身体が強ばる。ギギギギ……きしむ音を立てそうなぎこちない動きで、カメレオンもどきはおそるおそる怜路を見上げた。

「よっ! 甘いモンに釣られて出てきた、食いしん坊」

 からかうように手を挙げると瞬間、コテンと床に転がる。

「……逃げられたことはあるが、死んだふりとは珍しいな」

 かがみ込んで、怜路は小さな首を摘んで持ち上げた。

「キュイ~!!」

 じたばた、じたばた、必死で逃れようとするカメレオンもどきに

「落ち着け、暴れるな」

 指をビシっと突きつける。

「お前はともかく、憑いてる『ソレ』は危険だ。うちの家に来い」

「キュイ~!!」

 イヤだ、イヤだと言うかのようにカメレオンもどきは更に暴れる。

「……ったく、悪いようにはしねぇよ。保護してやるんだ」

 やれやれと息をつくと、怜路は保冷バッグの口を小さく開けた。

「おとなしくついてきたら、後でこれを分けてやる」

 ちらりと中のコンビニ弁当を見せる。

「キュイ」

 途端に動きを止まる。

「これで『無人駅の怪異』は解決だな」

 怜路はベンチに座り直し、バッグの上に書類を出して、早速、町内会に出す請求書を作り始めた。

「……基本料金に交通費に……後は……」

 カメレオンもどきは保冷バッグの前にしっかりとおすわりしている。

「……コイツの食費も請求しておくか……」

 しかし、木の幻の方はこれからだ。やれやれと肩を竦めると怜路はボールペンの尻で頭を掻いた。



「で、どうなった?」

 連絡を入れておいた、市役所の特殊自然災害係の職員、狩野家の下宿人でもある、宮澤美郷みやざわみさとが怜路のバイト先の鉄板焼き屋の席に着く。

 お冷やを出し、取り敢えず、宮仕え貧乏陰陽師注文のモヤシ焼きを作った後

「まあ、大体の詳細は解った」

 怜路は皿と自分のスマホを渡した。

「ペットの迷子捜索サイト?」

 迷子になったペットの飼い主と迷子のペットを保護した保護者が情報を登録し、やりとりするサイトだ。その『爬虫類』の情報提供依頼のページに例のカメレオンもどきが載っていた。

「へえ、カメオっていうんだ」

「まんまだな」

 ページには緑色の体色のカメオを上下左右から撮った写真が四枚掲載されている。住所は北陸。個人情報までは詳細に掲載されてないが、巴市とどっこいどっこいの田舎の家に飼われていたらしい。

「可愛いなぁ。『この色は平常のときです。好きなものになりきるのが大好きなので、色や形は若干変わっていることがあります』……なるほど『寄り代』としては最高なんだ」

「そういうこった」

 ふむふむとモヤシ焼きを頬張る美郷に、隣のテーブルの海鮮焼きを作り、皿を回すと怜路は渋い顔で頷いた。

「で、カメオくんに憑いてる方も解った?」

「連絡を取ったカメオの飼い主の、前沢さんって人の奥さんが写真を送ってくれた」

 次にメールを開く。怜路から連絡後、直ぐに写真を撮りにいったのだろう。少し赤みが差した夕刻の日差しの中、枯れかけたどんぐりの木が写っていた。

「これが?」

「前沢さんの話だと、十日前の日曜日、カメオを連れてウォーキングしていたら、そのどんぐりの木の前で消えたらしい」

「これ、神社の境内っぽいよね。それにかなり大きな木だ」

「鎮守の森とか、御神木とかいうのでは無いらしいが、境内で一番大きな木だと言っていた」

 美郷が黙り込む。ちらりと怜路が連れてきたカメオが、ご飯を食べた後、眠っているというスタッフルームの方を見て

「……木霊こだま?」

 声を潜めて訊く。

「ああ」

「木霊かぁ。それは厄介だな……」

 木霊というのは、文字どおり、木の精霊、魂のことだ。ただ、彼等は寿命が長い分、年を経ると『神』に近い存在になる。

「手が出せない代物ってヤツだ」

 『神』に近い木霊は扱いを一つ間違えると逆柱のような、非常に強力な荒魂あらみたまになる。

「で、どうする?」

「前沢さんには、しばらく預かると言っておいた。多分、枯れるの間際の心残りからカメオに憑いて、ゆかりの地にやってきたのだろう。こっちにいて満足すれば自然に戻ると思う」

「確かにそれを待つくらいしか出来ないしね」

 やれやれと美郷が息をついたとき

「きゃあ!!」

 スタッフルームの扉から女の人の声が聞こえてきた。

「部屋に木がっ!! 鳥がっ!!」

「スンマセン! 津田つだサン! それ俺のせい!! 見えるだけだから!!」

「もう!! 怜ちゃん!!」

「……つうわけで、カメオをうちに連れて帰ってくれ」

 それだけ、といえばそれだけだが、やはり一般人にまで幻が見えるのは困る。

「解った」

 これは戻るまで狩野家に置いておくのが一番だ。急いで焼きおにぎりを腹に納めると美郷は席を立った。


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