お正月
元旦配布の分厚い新聞をめくりながら俺は溜息をついた。
テレビからは、かしましいくらいのお笑い芸人達の笑い声と音楽が聞こえてくる。 『おめでとう~!!』の大合唱に、また一つ息をつく。
新聞は暗い見出しばかりだ。仕方が無いと言えば仕方が無い。
また、テレビから笑い声が流れる。これも、このどこか暗い正月を必死に明るく演出しようとしているのだろうか。
コタツの上に手が伸びて、籠のミカンを一つ攫っていく。
「起きて食べろ」
コタツ布団の向こうの黒い頭に注意をすると「はぁ~い」と面倒臭そうな返事が返って、寝転がって友人の年賀状を見ていた綾花が眠たそうな顔で、ミカンを持って起き上がった。
テレビに目をやりつつ、もたもたとミカンの皮を剥く。 ちらりと新聞を前に顔を顰めている俺を見ると小さく眉を潜めた。
……子供は子供なりに、いろいろあるらしい。
黙ってミカンを食べ始めた綾花を前に、新聞にまた目を落とすと、台所から声が飛んでくる。
「綾~!! そっちのミカンの籠にカメオがいない!?」
綾花が籠のミカンを全部ひっくり返す。一つ一つ丁寧にミカンを眺める綾花の後ろから、母さんが困った顔でリビングに入ってきた。
「カメオがいないのか?」
新聞を閉じ、コタツ布団を捲り上げながら聞くと母さんが頷く。
「そう。お菓子の棚にも冷蔵庫の野菜室にもいないし……本当にどこに行ったのかしら?」
カメオの癖は好きなものになりきって好きなものの中に紛れ込むことだ。コタツの中にいないことを確認した俺は、立ち上がって棚の脇のおかきの缶の中を探った。
「ミカンにはなってないよ」
綾花が答える。「さっきまでどこで何してたっけ……」振り返ると、コタツの上の醤油と海苔の欠片のついた空き皿が目に入った。
「俺と綾花といっしょに磯部餅を食べていたんだが……」
見事に醤油色に染まって海苔を巻いた餅そっくりになって「キュイ、キュイ」と鳴きながら、美味しそうに噛り付いていたのだが……。
……まさか……。
俺は綾花と顔を見合わせた。
「お母さん、もしかして……」
「残りの餅、どこにやった?」
母さんの顔がみるみる青くなる。
「カビが生えるといけないから、さっき冷凍庫に入れたんだけど……」
その答えに綾花が素早く立ち上がると台所に駆けていく。冷凍庫を開ける音とガサガサと何かを探る音の後、悲鳴が上がった。
「やっぱり、お餅の中にいた~!!」
うわぁ!! 固まっている!! お母さん、お湯お湯!! 大声で台所で喚き散らす綾花に母さんが駆けていく。
「おい!! いきなりお湯はダメだ。まずは手でゆっくり暖めろ!!」
俺も台所に駆けつけて注意すると、綾花が頷いて、大きく目を見開いて震えながら固まっているカメオの小さな身体を手で包む。
「母さん、まずはぬるま湯からだ。少しずつ温度を上げていくんだ」
母さんがお皿にお湯を入れる。
俺は洗面所に向かうと乾いたタオルを取り出し、それを持って再び台所に向かった。
「お母さん! それ熱過ぎるよ! もう少し水足して!!」
「これくらいかしら?」
「……キュイ……」
台所で繰り広げられる、真剣な……でもどこか呑気な我が家の『普通』の光景に思わず口端が緩む。
コタツの上では黒い見出しがいくつも陰鬱に踊っている灰色の紙が、元旦の午後の光を弾いている。
今年こそはこんな『普通』の家族達が『普通』に暮らせる『普通』な年だと良いな。と新しい光に願いながら俺は二人と一匹の元に歩み寄った。
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